⑴ ちょとキンチョウ?
9月15日、セ祭当日の午後1時少し前、LFO の3人はホール裏手の楽屋前に集合した。
彼女たちの学校のホールは時々外部に貸し出してコンサートを開催したりする事もあるため、小さいながらも楽屋が3つある。今回そのうち二つは演劇系の準備室として使用され、残る一番小さな部屋が音楽系出演者用に割り当てられている。
しかし楽屋を利用しているのは事前にチューニングが必要な楽器を使う出演者達で、LFO のように機材が全てステージ上に置かれている者にとっては少々居づらい空間だ。
フミカたちは楽屋前の通路に置かれた椅子に座って時間を潰す事にした。通路の先からは出演中のバンドの演奏が『ド~~ン、グヮ~ン』と、残響だけの空気になって小さく響き渡って来る。
「いよいよですわね。楽しみですが、ちょっと緊張してしまいます。」
「そうだねえ、私もピアノの発表会以来だから人前で演奏するのは結構久しぶりかも...」
オミとフミカが話しをしているのにリサは黙っていた。
「あれ? お~い、リサちゃんどしたの?」
フミカがリサの目の前で手を2~3回振ると、リサは我に返ったように、
「あ、ゴメンゴメン、ちょっと緊張しちゃって... へへへ...」
あの勢いのあるリサらしからぬ発言だ。
「え? 大丈夫だよ。リハもバッチリだったしさ。」
「ウンウン、ダ、ダイジョビダイジョビ。」
なんとなく声が上ずっているのが分かった。フミカとオミがリサの顔をのぞき込むと、
「い、いや、あのさ、人前で話すのも楽器を鳴らすのも初めてだから、なんか頭がボ~っとしちゃったりして...」
考えてみればフミカやオミの方が、ピアノの発表会などでステージに慣れているのだ。初ステージに緊張するリサの様子を見て、フミカは悪いと思ったがちょっと可笑しくなってしまった。
「心配しなくても大丈夫ですわ。私も初めてステージで歌った時、開演前は大変緊張したんです。ですが不思議なもので、いざステージに立ってしまうと『今日はどんな風に歌おうかしら?』と余裕が出てしまいましたの。」
「あるある。私も最初の頃はステージの袖から舞台の真ん中のピアノを見ると、すごい緊張しちゃうのね。でも一歩でも舞台に歩き出すと急に緊張を忘れちゃってるの。それで演奏が終わる頃には『もっとやっても良いのに!』とか『あそこはああ弾けば良かったかな?』って思ったりするんだ。だから最近じゃ『どうせ本番になったら緊張しないって分かってるんなら緊張するだけ損だから普通にしてよ!』って思うようになって... そうすると本当に緊張が気にならなくなるんだよ。」
二人が緊張回避法を話すとリサは少し落ち着いたのか、
「そ、そんなもんかな、そんだったらいいけど... ちょっと深呼吸でもして...」
と息を吸いこみながらむせったので、3人は大笑いした。
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リサの緊張をほぐす意味も含めて雑談を続けていた3人にサエコが足早に近づいて来た。
サエコは腕時計を確認しながら、
「そろそろ本番15分前だからステージサイドで待機しててくれる?」
と言いながらリサを見て、
「あれ? なんだリサ緊張してんの? なんだよなあ、いつも一番元気なのに! 大丈夫だって!」
「そうなんですよ~! サエ師匠! 緊張して大変なんです~!」
リサはサエコに抱きつきながら、
「あ、緊張したらチッチ行きたくなったった!」
と言った。サエコは笑いながら、
「なんだよ、そんな元気なら平気だって。ステージ出たら忘れちゃって、気がついたら終わってて『アレ? 私、今なにしてたんだっけ?』って思うよ。」
サエコのステージ体験もフミカたちと同じようだ。
3人が楽屋横の階段から通路を抜けると、ステージからは、
「それじゃあ、次が最後の曲で... 」
と言っている声が聞こえ、演奏が始まった。少し早めの進行のようなので、LFO の機材準備は、ちょっと余裕を持てそうだ。3人は足早にステージサイドに向かった。
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ステージサイドに到着したフミカはカーテンの隙間から薄暗い会場を見た。目を細めながら確認すると PA 卓のレイナのすぐ後ろにオミパパが座っているのを発見した。
オミパパは何やら手元でゴソゴソやっている。どうやら今度こそ娘の勇姿を撮影すべくビデオカメラを準備しているらしい。
時々、腕を上げてカメラを構えてはそれを右に回したり左に回したり傾けたり... カメラアングルのチェックに余念がないようだ。
前のバンドの演奏は盛り上がりながら、次第にエンディングに近づいていった...




