⑵ さあ、リハーサル!
「それじゃ LFO のメンバーの方、ステージへお願いします。」
レイナが PA 卓の横に置かれたハンドマイクで呼びかけた。
フミカたちは舞台袖から機材を運びながらステージへ進む...
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舞台から、スタッフしかいないガランとした客席を見るのは不思議な感覚だ。
フミカは一瞬、自分だけが宇宙の真ん中に放り出されてしまったような気がしてフッと意識が遠のいたが、軽音のメンバーに手伝ってもらってシンセを並べているうちに『その宇宙を自由に出来るのが自分だ』というような感覚を覚え、気分が高揚して行った。
楽器のセットが終わるとレイナがマイクで聞いた。
「何からやりますか?」
「まずリスト一曲目のオープニングからやってみます。」
「これは幕が上がり出したらすぐに演奏スタートね。リバーブは深め... と。幕が上がるタイミングは舞台袖のスタッフから合図を出すようにしましょう。本番では、その合図で音を出し始めてください。とりあえず今は幕が上がり始めたという想定で演奏を始めてみましょう。」
さすがに場慣れしている。こちらが出したステージ進行表の希望欄も理解してくれているようだ。
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早速オミが最初の重低音を鳴らし始めた。
徐々に音が増えはじめ、1分半たってシーケンサーがスタートする頃、ホールは幻想的なサウンドに包まれた。
照明スタッフも面白がっているのか、途中でライトが色々なカラーに切り替ったり明滅を繰り返したりし始めた。
あまりにも他の出し物と毛色が違うため、ホールロビーで受け付け準備をしていた生徒まで中に入って来て点滅するシーケンサーの LED を不思議そうに眺めている。
シンセを演奏すると、PA で再生される足元のモニター音と客席に向いたスピーカーから跳ね返って来る音がミックスされ、自分の弾いた音が不思議な位相ずれを起こした。
最初はそのずれに違和感を覚えたが、それはほどなく心地良い音の広がりと感じられるようになった。
"これはイケルのでは?!"
フミカはそう思った。
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オープニングの演奏が終わるとリサが言った。
「1曲目はこんな感じです。」
「これは面白いね。リバーブうんと増やして、ディレイもかけるようにしときます。じゃあ順次行って下さい。」
レイナも LFO の演奏に興味を持ってくれたようだ。リサが手際よくリハの手順を話す。
「それじゃ次は3曲目のポップコーンをやります。2曲目が終わってシンセのセッティングを変えますが、私は電子オルガンの横に移動します。この曲はドラムを使わずに電子オルガンに付いているリズムボックスを使います。なので私はしゃべりながらステージ上を移動します。」
「了解です。じゃあ、その間はハンドマイクの音量を上げっぱなしにしときますね。『それとスタッフの人、移動を考慮してハンドマイクは下手側からケーブルをまわすようにセットしてね。』それじゃどうぞ。」
レイナはマイクのケーブルが足元で絡まらないようにスタッフにテキパキと指示を出す。
リサはタンバリンを片手に電子オルガンの横に移動し、3人はシンセのセッティングを変えていく。既に何回も練習しているので、図を見なくとも大体のセッティングは出来るくらいにまで慣れてきている。セッティングを終えると、リサは手元のスマホのストップウォッチを見ながら言った。
「移動して、セット変更に1分半、大体予想通り。それじゃやろうか。」
古いリズムボックスのチャカポコいう独特のサウンドに続き、ピコピコと短い音のメロディーを弾き始める。
考えてみればパート練習ばかりで、全員が正式な音を出したのは今日が初めてだった。しかし演奏は上手く行き、曲は終わり、再びリサが解説した。
「この曲の後で向かって左側のメンバーがギターを弾きますからマイクスタンドのセットをお願いします。その間にシンセサイザーのセッティングも変更してしまいます。それで『テキーラ』を演奏した後はナレーション無しですぐにピアノソロの『無窮動』~『炎のランナー』とメドレーで演奏してしまいます。」
「了解してます。テキーラは、今やってみますか?」
「いえ、今日は時間がないんで5曲目のピアノソロから6曲目に行くところでキーボードの向きを変えるのをチェックさせて下さい。」
「分かりました。『本番は下手側のスタッフの人、マイクスタンドのセットよろしく。』キーボードの向き変更はこちらでも手伝いますか?」
「はい、お願いします。」
「『それじゃサエちゃん、彼女たちを手伝ってあげて。』『それから照明さん、セッティング変更中はピアノにスポット当てで周囲のライトは落として下さいね。』」
レイナがマイク越しにそう言うと、照明担当らしき人の声がスピーカーから流れた。
「了解してます。ピアノは真上からのピンスポットのみになります、あとは全部切って真っ暗になりますから、必要な方はペンライトで足元を照らして作業願います。」
照明の件を確認するかのようにうなずきながら、ステージサイドからサエコたちが出て来た。
フミカがホールの方に向かって、
「キーボードの向きを変えている間、私がピアノソロをやります。短い曲なんですが、作業が終わるまで繰り返して演奏します。」
と言うと、スピーカーから別な声で、
「そのピアノが終わったらスクリーンに映像で良いですよね?」
と聞こえて来た。さっきの放送部のメンバーの声だ。
「はい、それでお願いします。何周弾くかは状況次第ですけど、その辺は演奏が終わったら適宜映像を出すのをお願いします。今は2周弾きますね。」
「分かりました。本番はこっちで聞いて判断します。」
「じゃあ、テキーラが終わったって事にして、ピアノソロやるね。」
フミカは周りの状況を確認すると、グランドピアノを弾き始めた。
後ろではすぐにガタガタとキーボードの向き変え作業が始まったようだ。作業の状況は譜面台に置いた鏡から確認出来る。
向きを変え終わるとサエコはすぐにその場を離れ、リサとオミが手早くシンセのセッティングを変えている。
丁度ピアノソロを2周弾いた辺りでセッティングが完了したらしく、鏡に向かって大きく OK のポーズを取るリサの姿が見えた。
"予定通りだな"
フミカはそう思いながら、ピアノソロを2周で切り上げエンディングを演奏した。
フミカが最後の音を丁寧に弾き終え、鍵盤から手を離すと数秒して背景スクリーンに映像が流れ始めた。良いタイミングだ。フミカは思わず放送部のいる映写室に向かって OK のサインを出した。
映像は炎のランナーの主人公たちがスローモーションで走るシーンを編集でつなげているようだ。
オミがスタートさせたシーケンサーに乗ってピアノを演奏するフミカ。リサのパーカッションによる盛り上げもあり、申し分ない雰囲気で行けそうだ。
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曲がエンディングを迎える... 全員の音が消えて行くのと一緒に背景スクリーンに映されていた映像もゆっくりとフェイドアウトして行った。
演奏が終わるとリサは、
「うん、大体こんな感じです。トータルタイムで22~23分になると思うんで、明後日はよろしくお願いします!」
と言った。ちょっとファンタジーな世界に入っていたフミカは我に返ってホール入口側にある時計を見ると丁度持ち時間一杯の30分になっていた。
「こちらこそ明後日はよろしく。それじゃあ次のリハのグループの人、準備を始めて下さい。」
レイナがマイクで呼びかけると、余韻に浸る間もなく次の出演者がステージサイドから入って来た。LFO の3人はレイナに軽く会釈しながらステージを後にする...
さあ、本番まであと少しだ!




