⑶ ゲーセンボタンでチャルメラを
放課後フミカは急ぎ足で電子工作部に向かっていた。
“リサちゃんの言ってたシカケってなんだろ?”
そう考え部屋に入るとリサが、
「来た来た! これ見て! ほら、簡易鍵盤付けてみたんだ! 弾いてみてみて!」
とはしゃいでいる。
昨日の基板からは何本かのケーブルが延び別の基板に。その基板には、丸く大きなボタンが5個取り付けられていた。
そのボタンは丁度ゲームセンターの... そう格闘ゲームで波動拳を繰り出したり、シューティングゲームでミサイルを発射するのに使うボタンそのものだった。
「これゲームセンターの押しボタン?」
「そそそ! ゲーセンのボタン! これが鍵盤代わり! さささ、弾いて弾いて!」
リサのマシンガントークが始まった。
“そういえば、昨日はこの勢いに押されてリサちゃんと仲良くなっちゃったんだっけ”
と思い出しながらボタンを押すと、
『♪ピ〜〜』
っと音が鳴った。
「あ、昨日のちっちゃいボタンより簡単!」
思わず叫ぶフミカにリサはすかさず、
「順番にボタン押してみて! 違う音程が鳴るようになってるのだ!」
と教えてくれた。
ボタンを順番に押すと、
『♪ド〜レ〜ミ〜ファ〜ソ〜』
と音階が鳴る。
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:ドからソまで弾いてみた>
https://youtu.be/2DPVsgrwYBs
フミカは思わず
「オ~! ドからソまで鳴った! 昨日より楽器っぽいかも!」
と感激してしまった。
「ささ、姫。なにかお弾きくだされ!」
急かすリサにフミカは、
「じゃ、ご存知、キラキラ星 by モーツァルト〜!」
とメロディを弾き始めた。
(作者注:フミカは勘違いしている。正確にはモーツァルト作曲ではない)
『♪ド、ド、ソ、ソ』...
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:キラキラ星を途中まで>
https://youtu.be/w46gHUYHqXA
「あ! 『ラ』がないから続きが弾けないや!」
気を取り直し、
「じゃこれ! 誰でも知ってるベートーヴェンの運命!」
と言いながら、
『♪ソソソ』
と弾いて気がついた。
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:)運命の頭だけ>
https://youtu.be/SKRstzQMN68
「そうだ、『ドレミファソ』しか無いから、『ミのフラット』が出なくてダメだ〜! じゃ、これならどだ! ラーメン屋さんのチャルメラ!」
『♪ドレミ~~レド、ドレミレドレ~~』
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:チャルメラ>
https://youtu.be/jwQaIX0CsS0
「今度は弾けた! でも喜んでいいのこれ?」
半ばヤケクソに弾いたのに、リサとオミは拍手を送ってくれた。
「感動しましたわ! 私達のシンセで音楽が奏でられるなんて! 素敵、素敵!!!」
「うん、これはイケそうだ! ライブ演奏も夢じゃありませんぞ〜!」
フミカは、
“いやいやいや、でも今のラーメン屋さんなんですけど〜”
と思ったのだが水をさすのもなんだし...
するとオミが、
「今の演奏をもう一度お願いします。ささ、リサさん司会を!」
とスマホを構えた。
リサは、
「それではご紹介いたしましょう! 私達の作ったシンセサイザーが素晴らしい音楽をかなでます!」
とマジックショーの司会者よろしくフミカの方に手先を向けた。
フミカも調子に乗って、クラシックのピアニストの如く仰々しくお辞儀をすると、手を高く上げ、一息おいて一気にボタンまで手を振り降ろし、チャルメラをクラシック風に演奏した。
『♪ド〜レミ〜〜〜レド...ド〜レミレドレ〜〜〜』
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:チャルメラをクラシック風(?)に>
https://youtu.be/0mAlPJA0lsI
最初は思い切り気を持たせたルバートぎみに、後半はスピードを上げてアッチェレランドで一気にエンディングへ駆け抜ける。
(ルバートとアッチェレランドは音楽用語。『ルバート=自由なテンポで』『アッチェレランド=徐々に早く』の意味)
演奏が終わり、ゆっくりお辞儀するフミカにリサが拍手...
一瞬の静寂の後、3人は笑い出した。
リサは目から涙を流し、ハイソなオミも体を捻じって大笑い、フミカも笑い過ぎてお腹が痛い。
ひとしきり大笑した3人だったが、しばらくすると冷静さが戻って来た。
最初に正気に返ったのはフミカだった。
「これって、押しボタンのわりに結構弾けるね。ま、チャルメラだから弾けたんでショパンは無理だよね。」
フミカはチャルメラと言った所でまた笑いそうになってしまい、必死にこらえながら、
「でも昨日の今日で、よく押しボタンなんて付けたもんだ。」
と、感心した。
「そりゃ気合いで早起きして作ったからね!」
「え? これって今朝作ったの?」
「そそそ、6時半に来て作ったのだ。体育会系の朝練!」
「もしかして、今朝のホームルームで悲鳴あげながら教室に駆け込んだのってこれ作ってたから?」
「そそそ、聞こえてた? そ~なんですよ。夢中でハンダ付けしてて気付いたら誰もいなくて、周り静まり返っててさ! 慌てて教室に飛び込んだってわけ!」
「はぁー、リサちゃんってば凄い集中力っていうか、我が道を行くっていうか、真剣っていうか、周囲の目は気にしないっていうか〜〜... 電子工作部の人って結構そういう人多いよねえ。さっきもね...」
フミカはそう言うと、先ほどの教室での事を思い出し、ちょっと口ごもってしまった。
「さっきも? なに?」
「いや、さっきも教室で電子工作部の話をしたら、みんなにマッドサイエンティストとか、電波出してるとか、ほら、ねえ...」
フミカがちょっと困りながら言うと、
「ま、電子工作部に所属してると、みんな大概その手の評価を受けるんだよね〜! 理系と文系の埋めきれない溝って言うんですかあ?」
リサは全く気にしていない様子。
「そういう時には『悪口を言う者に祝福を、侮辱する者のために祈れ』ですわ」
「それって聖書の言葉だよね? オミちゃん深いね〜!」
「みんなからの白い眼に耐えられるようになってこそ電子工作道の免許皆伝ですぞ!」
「ハァ〜!なるほどね〜、悟ってるねえ。人生勉強になります。」
二人の会話を聞いていると、他人からアレコレ言われても平気でいられそう。
少し気が楽になるフミカだった。