⑴ アニメっぽいクラシック
夏休みも終わりに近づいた8月29日、3人は電子工作部室でリハーサルをすべく集合した。
これまでの練習のおかげで、演奏の方はなんとかなりそうだ。ただ、左右の手で別なキーボードを弾いたり、ステージ上でシンセの音色を変えながらの演奏なんてやってみなけりゃ分からない...
リサのシンセ製作は順調のようで、今日は Midi キーボードから鳴らせるシンセが2つになった。9月最初までに残り1つのシンセとシーケンサーが完成予定だから、来月15日のセ祭本番には充分間に合うはず...
基板が全部できたら、こないだ苦労して作ったケースに入れて...きっと、見た目もメカメカしくなるだろうし、リサが狂気する様子が目に浮かんで思わず微笑んでしまう。
とりあえず今日の機材はボタンシンセ1台、電子オルガン1台、シンセ2つ入りシンセユニットの構成だ。
フミカはピアノ部に鍵盤数の多い Midi キーボードがある事を密かに確認していたので、本番で弾くピアノソロをみんなに聞いてもらいつつ、内緒で1日だけこれを持ち出すことを画策した。
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「ステージでキーボードの向きを変える時さ、この曲弾いてみようと思うんだけど、聞いてくれる?」
フミカはそう言うとピアノに向かいプーランクという作曲家の『無窮動』という曲を弾き始めた。繰り返す左手の伴奏に軽快なおどけたメロディーが特徴的な曲だ。短い曲なので、場面転換にもピッタリな雰囲気。
演奏が終わると、オミたちが言った。
「面白い! これアニメのサントラじゃないの?」
「そうですわね! なんだかクラシックではないみたいです!」
「そうなんだよね。この人フランスの音楽家なんだけど、ちょっとオシャレな曲が多くってさ。これ絶対アニメのサントラのネタに使われてるよね?」
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:プーランクの無窮動。ほとんどアニメのドタバタ劇伴ですね!>
https://youtu.be/8SbuIYfb8Z8
「ウンウン、この楽しい雰囲気の後ろで私たちはキーボードの向き変えの力仕事をするってわけだ!」
「そう。二人とも頑張ってね! 曲は2回繰り返してエンディングなんだけど、作業が終わるまで何度でも繰り返して弾くから... ま、あんまり繰り返したら笑われちゃうけど。」
「軽音部の方も手伝って下さるでしょうから、上手く行くと思いますわ!」
「そだね。んじゃ、そろそろ Midi キーボードを拝借するとしますかね。オミ、ちょっと廊下とか人がいないかどうか確認してちょ!」
「なんだか、泥棒みたいですねえ...」
そう言いながら、オミはドアを開けコッソリと廊下を見渡した。
「大丈夫ですわ! 誰もいません、今のうちに持ち出してしまいましょう!」
3人は急いで Midi キーボードを持ち上げると、素早く廊下に持ち出した。
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「嘘はいけないよねえ...」
何食わぬ顔でキーボードを運ぶフミカがボソッと言った。
「でもキーボード貸してって言って断られたらまた面倒だし... それに練習終わったらすぐ返すわけだしさ!」
「大丈夫ですわ! 聖書の時間でも、ちゃんとイエス様が許してくださっています!」
「え? なんてなんて?」
「先日、電子工作部の机に穴を開けてしまった時、リサさんが言ったお祈りの言葉を、私なりに検討してみたんです。あの言葉は『我らが人に許す如く、我らの罪を許したまえ』なわけですから...」
オミが画期的で強引な聖書解釈を始めた。
「聖書によると『人を許せば許される』わけですよね? フミカさんは部室の鍵を嘘をついて借りた、これはフミカさんの罪です。そこで、私とリサさんがそれを許すんです。」
「ふんふん。」
「次に私とリサさんが無断でキーボードを持ち出すと、私とリサさんの罪ですよね。」
「そうだね。」
「ここでフミカさんは私とリサさんの罪を許すわけです。すると全員が人を許しているわけですから私たち全員は神様から許される、という理論が成立するわけなんです。」
どうも都合よくだまされているような気もするが、リサとフミカは
「なるほど〜!」
「そっかそっか! 聖書の時間の睡魔との戦いも無駄じゃなかったんだねえ!」
と、調子よく納得しながらキーボードを電子工作部室に運び込んだのだった。もちろん部室で3人がお互いを許したので、もしバレてもシスターに怒られる事もない(はずだ)。




