⑴ 譜面探しの旅
夏休みに入ると、みんな毎日顔を合わすわけにいかないし、お盆休みも入ってしまうので、3人は各々の担当パートを決めて作業に専念する事にした。
リサはとにかくシンセを完成させる、フミカとオミは曲の譜面を作ってキーボードの練習をする。計画通り進めないとセ祭でのライブに支障が出てしまうから、みんな真剣だ。
そんな中、7月29日夕方にリサから『シンセが一部分できたから見に来て!』と連絡があったので、翌30日午後、フミカはオミと学校に向かいながら、ここ数日の譜面作りの事を思い出していた。
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二人は最初、ネット通販でシンセの譜面を探そうとしたが、内容が見られないので買うべきかどうか判断ができなかった。そこで暑い中、銀座、御茶ノ水、新宿などの楽器屋をウロついたのだが、どのショップのシンセ本もクラブ↑系音楽の解説ばかりで、LFO で演奏したい曲の譜面は発見できなかった。
二人とも疲れ切った足を引きずるようにして喫茶店に入るとソファにドッカリと深く座り、運ばれて来たばかりのアイスコーヒーをガブ飲みしながらボヤいた。
「楽しようとして市販の譜面探したけど甘かった! 冷静に考えて、キーボード二人にドラム一人なんて変則編成の譜面なんてあるわけないよね〜!」
「そうですわねえ。シンセの本はクラブ↑向けが主流のようですし、譜面は自分たちで作るしかなさそうですね...」
「リサちゃんも自家製シンセ作って、私たちも自家製譜面を作り! LFO ってば電子機材で音を出すわりには思いっきり手作り色満載なグループだよねえ。なんか大変そう...」
「『困難よ来たれり、喜び勇め!』ですね!」
「ああ、あったね聖書のフレーズ。ま、一応聴音は得意だったからなんとかなるかな? オミちゃん聴音は?」
「声楽の練習の時に少しは...」
(作者注:『聴音』は、読んで字のごとく、音を聞いてその音程を当てたり譜面にしたりするクイズのような練習。
音楽を習うと、先生がついでに教えてくれたりする)
「良かった! じゃ二人して CD の音聞きながら譜面作るとするか! 聴音って全然できない人もいるからねえ...」
「そうですねえ、聞いた音程が全く取れない方って、いらっしゃいますよね。」
「うん、あれ不思議なんだけど、音程が取れない人からすると私たちの方が不思議らしいね。」
「自分が簡単にできる事を人ができないと、不思議に思うものですよね。私は逆上がりができないのを皆さんに不思議がられます。」
「あ、私も私も! いいじゃんねえ! 逆上がりくらいできなくたって人生困らないのにさ!」
「フミカさんもですか! 良かった! でも、聴音はできなくて当然という顔をされるのに、逆上がりができないと変な目で見られますよねえ。」
「分かる分かる! 可哀想な子を見る目で見られてもねえ!」
と、なんだか関係ない方に話が行く二人だった。
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フミカがそんな事を思い出しながら歩いていると、オミが言った。
「まだ LFO がスタートして一ヶ月ほどなんですねえ。」
「そう言えば、最初に電子工作部に連れてかれた次の日もオミちゃんと登校したんだよね。まさかこんなに盛り上がるとは思わなかったよ! 凄い面白いし、こんなにワクワクするのって初めてだよ!」
「いえ、私たちこそフミカさんが参加してくださってとてもラッキーでしたわ! 今まではリサさんが音の出る基板を作ってもピーピー鳴らして終わり。せいぜい2~3日喜んで、あとは基板から部品を外してまた別な物を作るという事の繰り返しでしたから、リサさんも『ちょっと虚しいよね、コレ』とおっしゃってたんです。
ですから私も今はとても充実しています。セ祭のステージは是非素晴らしいものにして、レイナさんにも認めていただかないといけませんよね!」
そう、軽音部長レイナとの和解のためにも、LFO は成功する必要があるのだ。そう考えると日々の作業にはますます力が入る。




