⑷ オミパパ、シンセ音楽について語り入る
丘の上のテラスから居間に入ると、そこからは広い窓ガラスごしに眼下の駅と街並みが見える。フミカは街に向かって『この愚民どもめが!』と叫びたい衝動にかられながら3人と一緒にソファに腰かけた。
居間は広さ20畳はありそう... 見上げると天井にはシャンデリアと間接照明があり、広い天井全体がどこからか明るく照らされている。
ほとんど何も置かれていない部屋の壁際には、横幅2〜3メートルはありそうな巨大テレビが置かれ、その両側には鉛筆の芯を下に立てたような高さ1メートルほどの銀色の物体が立っている。どうやらこれがスピーカーらしい。
「それじゃ、僕の女子高生向けシンセの勝手なセレクションね。昔のシンセの音楽について10代に語れる日が来るとはなあ...」
オミパパは少し嬉しそうにリモコンを操作した。
「さっき言ってた『スイッチド・オン・バッハ』がこれ。」
♬〜 鉛筆型のスピーカーから音が流れ出した 〜♬
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:スイッチド・オン・バッハ風に演奏されているインベンション>
https://youtu.be/BzcFsmI9RtU
「あ、この曲はバッハだと最初に習うインベンションだね、私も弾いた事ある!」
「ポリフォニーの曲ですね。」
「そうそう、これとか『主よ、人の望みの喜びよ』なんかなら誰でも知ってるし、ライブでやってもシスターに目をつけられたりしないんじゃない?」
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』>
https://youtu.be/UMNof7QZuGo
「喫茶店の BGM でも時々かかりますよね。これなら私とオミちゃんが手分けして弾けば演奏できそうだよね?」
フミカがオミの方を見ると、
「ええ、簡単なパートでしたら私にも弾けますね、シンセの音色はどうかしら?」
今度はオミがリサを見た。
「こういう音色ってシンセで作るの多分簡単だと思いますぞ!」
シンセの方もなんとかなりそうで、良い感じになってきた。
「じゃあ次は幻想的なやつ。」
オミパパがリモコンを操作すると、浮遊感のあるスペースサウンドが流れた。
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:タンジェリンドリームのヒット作『ルビコン』>
https://youtu.be/jd6XL_IOS3I
「ドイツのタンジェリンドリームっていうんだけど、電子音で幻想的っていうと、みんなこの辺のサウンドを連想するんじゃない?」
「ヒーリング系のサウンドかしら?」
「うんうん、このまま寝ちゃいそうだよね。」
「エコーをう〜〜〜んと深くして、白玉の音を鳴らしながら、黒鍵だけで5音音階をゆ〜っくり弾くと、こんな感じになるんだよね。時間稼ぎって説もあるけど...」
「白玉? 5音音階?」
「白玉はロングトーンで、音をず〜っと弾き伸ばす事。長い音符は楽譜に白い丸を書くから白玉。あとピアノの黒鍵って1オクターブに5個あるでしょ? これだけ弾くと民族音楽みたいになるんだけど、これが5音音階ね。即興で演奏しててネタに詰まったら平静をよそおって、これをやると逃げ切れるんだ。」
(作者注:左手で黒鍵を2つ押さえて弾き伸ばし(=白玉)、右手で黒鍵を適当に弾くとインスタント民族音楽ができます)
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<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:インチキ民族音楽を作ってみる>
https://youtu.be/dL9K_tBgYBg
「随分詳しいですねえ、音楽の先生みたい。」
「僕たちの世代だと、タモリの音楽ギャグでインチキ民族音楽とか流行ったんで、みんなそれで学んだんだよ。普通にテレビとかラジオで流れてたんだよね。ジャズの曲でも『レ』と『ラ』を抜いて弾くと、いきなり沖縄民謡風になったりとか、あと白鍵だけを弾いて最近のジャズ風にするってのもあるね。」
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:ジャズの曲からレとラを抜いて沖縄民謡にする by タモリ>
https://youtu.be/oe64hKYuIlQ?t=3m53s
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:同じくタモリの音楽ギャグのネタで、白鍵だけ使ってチックコリア(有名なジャズ/フュージョンピアニスト)を弾く方法>
https://youtu.be/c6ZWEBIVbKg
「へ〜、今度やってみよ!」
話が横道にそれつつ、再びタンジェリンドリームを聞いていると、鳴っている曲が変化し始めた。
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:タンジェリンドリームのルビコンの途中、リズムが入ってくる>
https://youtu.be/jd6XL_IOS3I?t=7m40s
「ベースのパターンが繰り返し始めたけど、この辺が今のトランスの元祖かもね。」
「なるほど〜! 感じ似てますねえ!」
「この繰り返しをシーケンサーでやってるんだ。スマホの自動演奏アプリでもあるでしょ? あれの元祖だね。この時代のは8つの音くらいしか記憶させられなかったけど...」
「8つしか演奏させないで曲になるんですか?」
「でも、トランスも8音くらいの繰り返しだったでしょ? 今はスマホでも何万音も演奏させられるシーケンサーが出てるけどさ。単純な繰り返しなら音の数が少ない方がカッコイイ事が多いんだよ。」
「あ、確かにそうですね!」
機械の話になるとリサが盛り上がった。
「シーケンサーっと... メモメモ... 面白そうだから自作してみよ!」
「なんだか巨大なシンセになりそうだよね?」
「ウンウン、でも巨大になれば、ランプとかツマミとか沢山付けられそうだから、幸せ〜! シーケンサーは絶対に作りますぞ〜! フミカも機械に囲まれて演奏だよ!」
「ウン! そんなランプがイッパイついてる機械に囲まれてライブをやったら、カッコ良さそうだね!」
「タンジェリンドリームは、ランプチカチカで、ヨーロッパの教会をライブツアーしたらしいから、LFO もその路線でやるとマニアが付くかもしれないよ。」
「マニア?」
「う〜ん、その筋のジャンルの好きな偏った人というか。」
「なんかアキバ臭ただよう話〜?」
「新宿3丁目あたりという説も...」
「新宿3丁目? オシャレな街になったと話題ですわよ?」
「イヤイヤ、一部の新宿は、アキバよりずぅ〜とディープかも...」
「なんか、いつもその辺の濃い系に話が帰結しませんか?」
「シンセが濃い系なんだから、フミカもそろそろ観念しないとね。」
フミカはリサに突っ込まれてしまった。
”ウッ”
「次もドイツで、クラフトワーク。彼らはドラムとかも全部シンセでやってて、クラブ↑系の源流かな? 『自分たちはロボットだ』って設定で音楽を作ってて...」
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:2011年のクラフトワークのライブ>
https://youtu.be/U6vwPQmob_c
「これが彼らの大ヒット『アウトバーン』って曲。ほとんど情熱的なとこがない、機械的な曲でしょ?」
「ロボットだからですか?」
「そうそう、ロボットならこんな演奏をする、みたいな... これもベースの繰り返しはシーケンサーだと思うんだ。元は4つの音のリピートで、それにエコーをかけて複雑にする技。」
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:4つの繰り返しのベースにエコーを付けて聞いてると...>
https://youtu.be/03Y13bpcSrk
「なるほど〜、たった4つの音の繰り返しでも面白い感じになるんですねえ!」
フミカが感心すると、オミパパはさらに続けた。
「次はギリシャのヴァンゲリスって人。『炎のランナー』って映画のテーマ曲ね。ピアノがメインの曲だから、フーちゃんが弾けば LFO でもできそうでしょ?」
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:映画『炎のランナー』のテーマ/ヴァンゲリス>
https://youtu.be/CSav51fVlKU
「ギリシャは経済破綻したけど、この人にコンサートやってもらったら収益で国が持ち直すんじゃない? ってくらい有名だったよ。」
「でも、この曲のピアノなら問題なく弾けそう。」
「私は背景で鳴っているシンセを弾けばいいですね。大丈夫そうですわ!」
「このパターンを刻んでるのは?」
「これもシーケンサーだね。8つの音を繰り返してるでしょ?」
「1、2、3、4、5、6、7、8... あ、ほんとだ8つを繰り返してますね。」
「なるほど〜、8つくらいの繰り返しでも結構面白い事ができるんだねえ。こりゃ早急にシーケンサーの回路図見つけにゃいかんな!」
オミパパはまたリモコンを操作した。
「あと日本が世界に誇る冨田勲がこれ!」
「初音ミクのライブやった人だよね?」
「以前、タモリの番組でシンセの解説をしてらした方ですね!」
「のだめカンタービレで、のだめがストラビンスキーの曲とゴッチャにしちゃう曲を書いた人!」
「そうだね。でも昔、日本人がまだアメリカで賞を取るなんて夢みたいだった頃に、グラミー賞にノミネートされちゃった凄い人なんだ!」
「これ、ドビュッシーの『雪が踊っている』だね! ピアノ部でも練習してる子がいるよ! 私もちょっと弾いてみたけど、アルペジオを弾きながら親指でメロディーを弾くのが難しいんだよね。」
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:冨田勲版の『雪が踊っている』>
https://youtu.be/oz3wNCT4JAc
「これは美しいですわ!」
「グラミー賞にノミネートされるのも分かる気がするね!」
「『ライオンキング』を作曲した人も『冨田ファンです!』って公言しちゃうくらい凄い人なんだよ! 日本で最初に大型のシンセを輸入した人でもあるんだ。最初は誰もシンセの詳しい使い方が分からなかったんだって。レコーディングしてると、時々ピッチが下がるんで故障かと思ってたら、マンションのエレベーターが動くと電圧が下がって、それが原因で音程が下がってたのが分かったなんてのは結構有名なエピソードだったな。」
「へえ、先駆者ならではの苦労ですねえ!」
「タモリ倶楽部でシンセの解説してるどころではありませんわ!」
オミパパはさらに次の曲を再生した。
「この曲は、女子高生向けだと思うよ! 1970年代前半、世界的にヒットした『ポップコーン』」
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:『ポップコーン』>
https://youtu.be/YfdLh0MHqKw
「この曲可愛い!」
「良いですわね!」
「楽しいねえ!!!」
「この曲って、吉本の番組のオープニングにも使われてるらしいから関西でウケるかもね。」
「素敵ですわ! 私たち吉本のゲストに呼ばれるかもしれません!」
「目指せヨシモトだね!」
「ホントに〜? また方向性混乱してない〜?」
フミカが心配すると、
「大丈夫、まだシンセすら出来てないんだし。」
とオミパパに言われ、
「確かに! まだシンセもないし、私たち演奏もした事もないんだったよねえ!」
と我に返った。みんなで話していると嬉しくなって妄想に走ってしまう自分がちょっと可笑しい。
「よし、目標決定! 目指すは吉本でライブ!」
リサの言葉にみんな笑ってしまった。その後も色々な曲を聞き、三人の心の中には LFO でやりたい音楽の青写真が完成してきた。
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帰り道、リサは、
「♪ピコピコピコピッ、ポコポコ跳ねる、ポップコーンはとってもオイシイね!」
とポップコーンに勝手に歌詞を付けて口ずさんだ。その歌詞はなんだか妙にツボにはまったような気がして、いつの間にかフミカも一緒にユニゾンしていた。
「♪ピコピコピコピッ、ポコポコ跳ねる、ポップコーンはとってもオイシイね!」




