⑵ 怪しい場所で瞑想状態
山手通りを曲がって少し行くと目指すクラブは地下にあるようだった。
リサはエレベーターの中で、
「ちょっと秘密クラブな雰囲気? シスターのお説教部屋系?」
と、ふざけていたのだが、いざドアが開くとエレベーターの中に、いきなりタバコの煙が侵入してきた。目の前には薄暗く不健康そうなスペースが広がっていて、とてもリサが主張したカルチャークラブの外観のようには見えない。
”これがリサちゃんの言うカルチャークラブ?”
場違いレベル感は急上昇、しかし3人はエレベーターを降りてしまったので引くにも引けず、入り口で料金を払ってしまった。3人はスタッフに、再入場の際の確認用にと、手首に巻く番号入りのテープを渡された。
“ここでシンセの話をしているの? もしかして違う建物に入っちゃったとか?”
フミカは不安になり、
「ネエネエ、ここであってるの? それになんかさ、今の受付の人って目がトロ〜ンとかしてなかった?」
と、こっそり聞くと、リサも、
「う~ん、大丈夫だと思うんだけど〜... 受付の人はカルチャーし過ぎて寝不足? とか〜...」
と不安気だ。オミは、
「パタパタ...」
と、独り言を言って目が泳いでいる。
フミカはさらに
「なんかさ、この手に巻く番号入りテープって、囚人っぽくない?」
と、コソコソ言うと、リサは
「囚人っていうか、死体安置所の死体の足についてるタグ?」
と、どうにも笑えないフレーズを力無く言ったので、フミカは益々心配になりながら通路を先に進んだ。
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イベントスペースに入ると、少し目が慣れて周囲が見えてきた。天井が高くて薄暗いが、結構な人数が会場に座っている。奥のカウンターでお酒を出しているのを見たフミカは、怒り顔で手招きするシスターの幻影が見えた気がした。
3人は着席して前方ステージを見た。そこでは二人の男性がシンセの話しをしている。彼らの後方には手元を映すスクリーンがあり、そこにシンセらしき物が映って見えている。
フミカがボソッと、
「やれやれ少なくとも会場はあってたみたい...」
と言うと、リサも、
「だねえ...」
と小声で答えた。
ステージの二人は、どうやら手元のシンセの歴史について話しているらしいのだが、シンセ初心者の上に途中入場したフミカには話の内容が全然見えない。
数分たって3人がようやく会場の雰囲気に慣れてきた時、司会者らしき男性が、
「それじゃ、そろそろ DJ コータのプレイ行きましょう。」
と告げると、帽子をかぶった男性二人組がステージ上に登場した。会場からは拍手が起こるので、とりあえずフミカ達も拍手をしてみた。
ほどなく謎の効果音のような音が出始める、どうやらシンセの音らしい...
『⚡ グァァァァァァ~、ゴヮンゴヮンゴヮン ⚡』
とでもいうような音が左右スピーカーの間をゆっくりと移動する。音は徐々に大きくなり、すぐにフミカ達には耐えられないほどの大音量に達した。
3人は思わず耳をふさぎながら周囲を見回したが、みんな特に臆する様子もなく、
「イェーーー!」
と声援を送ったりして盛り上がっている。
フミカは段々不安になって来たが、着席したばかりで逃げ出すのもなんだし、とりあえず我慢して耐えしのんだ。それに、もしかしたらこれからが面白いのかもしれないし...
しかし、変換フォーマットを間違えた音楽ファイルのような雑音は容赦なくフミカたちの周囲を躍り狂う。
.
.
.
それから5分ほどは経っただろうか? すでに時間感覚の曖昧になったフミカは頭がクラクラして来た。
”みんな大丈夫なの?”
と心配になりオミの顔を覗くと、暗闇の中、彼女の目は死んだ魚のようになっている... その隣のリサも瞑想状態に入っておられるようだ。
”どうしよう、どうしよう?! この状態が続いたらどうしよう...”
フミカの不安感が最高潮に達した時、突然重低音の、
『✳️ ドッドッドッ ✳️』
という音が鳴り始めた。1ドッ毎にお尻の下から蹴り上げられ、体が勝手に揺れてしまう。執拗に繰り返される重低音の中、フミカの心は徐々に宙に浮いていった。
重低音が2~3分続くと、今度は2小節ほどの、
『☺️ グニョ〜グニョ〜 ☺️』
というようなパターンの繰り返しが始まり、リピートされながら徐々に音色が変化して行く。
具合が悪くなる中、正面の画面には DJ コータともう一人の手元が映し出された。しかしそれはツマミをいじっているだけにしか見えない。
”これが演奏?”
誰かに聞こうにも音が大き過ぎて何もできない。まあ話そうにもリサもオミも瞑想中だし...
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:3人の聞いたのはこんなのか?>
https://youtu.be/r6gAI75mDTo
それが10分も続いただろうか? ステージも会場もノリノリだが、フミカには耐えられなくなって来た。出がけ前に家で食べた太さ 1.5mm のスパゲッティの一本一本が、ウゾウゾと喉元まで逆流して、口の中が酸っぱくなって来たような気がする...
フミカは、わずかに残る理性を総動員し、リサの耳元に、ありたっけの声で叫びかけた。
「ウ・ル・サ・イ・ネ~❗️」
瞑想中のリサは少し覚醒し、フミカの耳元で、怒鳴った。
「ス・ル・メ・イ・カ❓」
“って何を言ってるんだ~! そうじゃなくて~!”
フミカはもう一度、
「ウ・ル・サ・イ・ネ~〜~‼️」
と、リサの耳元で怒鳴った。リサは再びフミカの耳元で、
「カ・マ・イ・タ・チ?⛄」
“ち~が~う~!”
「ウ・ル・サ・イ・ネ❣️」
「カ・キ・ノ・タ・ネ⁉️」
“伝言ゲームじゃないんだから〜! リサちゃんってば実は正気でウケを狙ってるのでは?”
と、今度はジェスチャーでステージを指差して両手で耳をふさぎ、口を大きく開けて、
「 ウ 」
「 ル 」
「 サ 」
「 イ 」
と見せた。リサはようやく理解したようだ。指で OK サインを出すと、出口を指差して3文字の口まねをした。恐らく、
「 で 」、「 よ 」、「 う 」
だろう。フミカは大きくうなずいてオミを見たが彼女はほぼ気絶していた。
フミカはオミの片腕を自分の腕に抱え込むと目でリサに合図した。リサもオミの反対側の腕を抱え込みながら座席から立ち上がる。
逮捕した犯人を護送する警官のようにオミを両側から抱え、3人は大慌てで会場から逃げ出した。




