⑶ ドーナツ屋さんにて
「鍵盤は出来てきたけどさ...」
ドーナッツをかじりながらフミカが切り出した。
「私、根本的な事に気づいちゃった気がして... 今作ってるシンセってモノフォニックでしょ?」
「ウン。」
「それでモノフォニーの演奏したらグレゴリオ聖歌みたいになっちゃって、みんな寝ちゃうんじゃない? 入学式の私たちみたいに... それって面白いのかなって思って... で、昔のシンセはモノフォニックって言ってたでしょ? って事はさ、昔のシンセ音楽ってみんなグレゴリオ聖歌みたいだったって事? 聞いたら寝ちゃう... みたいな...」
リサは頷きながら、
「確かに。でも普通はバンドでピアノとかと一緒にシンセを弾いたんじゃない?」
「あ~、なるほどね。でもさ、LFOはどうするの? 私がシンセを弾いて、オミちゃんもちょっと弾くでしょ? リサちゃんは?」
「んじゃあ、私はボリューム調整係!」
冗談まじりのリサの発言だったが、オミはいたって真面目に、
「ボリューム調整係なんて科学者のようで素敵ですわ! それで私とフミカさんが1台ずつモノフォニックシンセを使えばグレゴリオ聖歌とバッハの演奏でイエス様のように聞いた方々を癒してさしあげられますね!」
フミカは悪いと思ったが、それをちょっと聞こえないフリをしながら、
「でもそれって眠くなりそうだよね。聞く人、怒っちゃわない? ま、シスターのウケは良いだろうけどさ...」
「そうだねえポリフォニーじゃなくて、え~と、なにフォニーだっけ、エットエット...」
リサが迷っているとオミが、
「リサさんホモですわ、ホ. モ. !」
丁度店内 BGM が途切れ、静かになった瞬間に言ってしまったのでオミの言葉は店中に響き渡り、店内の人がギョッとして3人の方を見た。
フミカが小声で、
「ホ、ホモはまずいよね、この場で...」
と言うとオミはキョトンと、
「え? ホモが?」
とまた大きな声で言ってしまった。リサが慌ててオミの口を押さえながら、
「ホモって別な意味の... ほら、あの...」
と言うとオミはリサの手をどけながら、
「あ! そのホモ!」
と指差し確認して言ったので、フミカとリサは居たたまれず下を向いてしまった。
とりあえず何か話さないと周囲からの視線が痛いので、フミカは周りに聞こえる大声で、
「と、とにかくさ、グレゴリオ聖歌とバッハはできそうだけど他の曲もね... バンドみたいには出来ないし、どうしよ? まさかエアシンセってわけにもいかないし...」
と言うとリサが笑いながら、
「エアシンセいいかも、まだ誰もやってないから紅白狙えそう。」
オミは感動しながら
「まあ! 演奏しないでステージなんて、まるで魔法使いのようですわ! そういえば、昔、お父様が武道館で見た有名なバンドも双眼鏡で確認したところシンセの電源が入っていなかったそうでした。どうやって音楽を作られているのでしょうね?」
なんとなくギョウカイ的にマズそうな話だ。
「武道館くらい広かったらバレないだろうけどさ、目の前の演奏がインチキだったら石のひとつも投げたくなるよね。」
「うんうん、ちょっと怒っちゃうよね、そんなのだったら。」
「バンドは無理でも今のシンセの他にもう一台くらいキーボードがあれば良いんだけどねえ。」
リサの言葉にフミカはちょっと閃いた。
「そういえばピアノ部室のすみっこに、一度も使ってなさそうな電子オルガンがあったけど、あれ貸してもらえるか顧問の先生に聞いてみようか?」
「いいねいいね! 和音の出る楽器があれば色んな曲できそうだし。」
「ホモフォニーですわね!」
今度はオミも小さな声でコッソリと言ったのだった。




