8章
意識が朦朧とする。
誰かの悲鳴と誰かの怒号が聞こえる……
頭が上手く回らない、何が起きているのだろう?
悲鳴は嗚咽に変わり、怒号は罵倒に変わる。
あぁ、きっとここは地獄なんだ。
鬼が人を拷問にかけている最中なのだ。
”だってアレが人であるものか”
もうあの人は、私の知ってる人(将大)ではない。
何かが壊れてしまって、人では無くなってしまったのだ。
辺りが急に静かになる。
その間は永遠か刹那か、私には分からない。
鬼(将大)が私に近づいてくる。
「次は、お前の番だ。」
朦朧とした頭でも一つだけ分かる。
私に逃げる手段はなく、先ほどと同じ目に合うのだと……
「助けて、葉月……」
目的地に着いたオレは、日織の携帯を鳴らした。
「着いたぞ。」
電話相手にそう短く伝えて通話を切った。
しばらくすると、中から将大が出てきた。
「一人で来たんだろうな?」
「そうだ。 日織はどこだ?」
なるべる怒りを抑え、将大に尋ねる。
本当なら、今すぐにでも殴り倒した所だ。
「中にいるぜ? 着いて来いよ。」
「……」
明らかに罠だ。 分かっていても着いて行く以外道はない。
オレは無言で後ろを着いて行く。
中は迷路のように入り組んでいた。
何度も分かれ道があり、一人でたどり着くのは至難の業だ。
明かりが携帯のライトと月明りのみのため、壁に手を当てながら慎重に進む。
―――
――
―
しばらくすると開けた場所に出た。
月明りに照らされて二人の人影が映りだされている。
一人が間違いなく日織。
もう一人は――おそらく主の妹の東子だ。
その姿は無残で、衣服は引き裂かれ、どのような行為が行われたか容易に想像できた。
一方の日織はまだ縛られたままで、何もされていないのが分かる。
不謹慎ながら、オレはその事に安堵してしまった。
「葉月……」
今にも消え入りそうな日織の声。
「待ってろ、今助けてやる。」
「おいおい、このまま返すと思うか?」
そう言い出すことくらい分かっている。
どうせ理由は……
『助けて欲しかったら俺のモノになれ』
オレと将大のセリフが重なる。
「単純すぎるんだよ、お前。 誰がなるかよ!」
場所さえ分かれば後は関係ない、こいつを……ぶちのめす!
言葉と同時にオレは渾身の拳を奴の右頬にぶち込む。
面白いくらいに、将大は地面に倒れ転がっていった。
「なんだよ、それで終わりか?」
将大はぴくりとも動かない。
鍛えているとはいえ、所詮は女の拳だ。
何か企んでいるのかもしれない。
「おい将大!」
転がっている将大の腹に、一発蹴りを入れる。
「どういうつもりだよ!」
「……くくっ」
こいつ――
「あっははははぁ!」
笑ってやがる。
「嘘だろおい! なんだよその非力なパンチと蹴りはよう!」
「くっ……!?」
しまった、足を掴まれた。
そのまま凄い力で足を引っ張られ、地面に倒される。
「形成逆転だな?」
将大はそのまま、オレに覆い被さった。
「くそっ!」
どんなに押し返そうとしてもびくともしない。
くそ、またなのか……
またオレは――
「葉月!」
オレがここで折れたら、日織まで!
「お前には雌の良さを教え込んでやるよ!」
「くそが!」
多少自由に動く足で、思い切り急所を蹴ってやった。
「ひぎっ!」
将大は醜い悲鳴を上げて床を転げまわる。
「ざまぁみろ! 日織、動けるか?」
「な、なんとか……」
「二人で東子を運べばなんとかなるだろ。」
カラン……
乾いた音が部屋に響く。
「逃がさねぇ!」
そこには鉄パイプを握った将大が立っていた。
「いい加減しつこすぎるぞ。」
ガリガリと鉄パイプを引きずりながら、ゆっくりとこっちに近づいてくる。
「誰一人、ここから逃がさねぇよ。」
――おせぇよ
一瞬で決着はついた。
いや、最初から決まっていた。
「が……」
将大が倒れこむ。
「助けに来たぞ。」
そこに現れたのは主だった。
この話は1時間前に遡る。
―――
――
―
「俺と日織は互いの立場を入れ替えてる、つまり俺は女で日織は男なんだ。」
「なっ!」
驚くのも無理はないだろう。
「だから警察には連絡できない。 自分達で解決したいんだ。」
主はしばらく考え込むと、それでも協力しようと言ってくれた。
「ただし、この件が片付いたら3人でしっかり話し合うからな。」
本当に、こいつがセンコーで良かったと思えた。
初めて、センコーがかっこよく見えたんだ。
静かだ……
主に家の近くまで車で送って貰ったオレと日織は、二人で夜道を歩いていた。
「お前が無事で良かったよ。」
オレの不手際で、日織まで迷惑をかけてしまった。
守るっていう約束なのに、オレは何をやっているんだろうか。
「ねぇ葉月、聞いて欲しいの。」
「なんだ?」
日織は立ち止まり、オレの方に向き直った。
「私ね、このままじゃダメだと思うんだ。」
「……」
「隠してても、いつかバレてしまうものだと思う。」
そうか、日織も同じ悩みを持ってたんだな。
「だからね、私は女になりたい。 戸籍も、体も、誰にも文句を言われないように!」
「日織……」
「葉月は?」
「オレか? 俺は……」
俺は空の月を見上げる。
うん、俺も決めた――
「俺もさ、やりたい事が見つかったんだ。」




