6章
痛い……
体中が痛い。
頭、胸、腕、足……
拒否反応を示すように全身が警告を発している。
イタイ……
心が痛い。
無力な自分が心を抉る。
いつまで耐えればいい?
この悪夢はいつ終わる?
願ってもそれは敵わず。
ただ無力感だけが募る。
どうしたらいい?
私はどうすれば良かった?
誰か助けて……
私を助けてくれ……
そしてどうか――
――夢なら覚めて
―――
――
―
目を覚ましても、やはりそこは悪夢の中だった。
横から寝息が聞こえてくる。
裸の将大がひどい寝相で寝ている。
そして自分も裸……
言うまでもなく、さっきまでの事は夢じゃないって事だ。
全く、吐き気がする……
今はすぐにでもここから離れたい。
「ん……」
下半身の痛みが酷い。
シーツにはその証明の血がついている。
とりあえず見てない事にして、無理に起き上がる。
周りを見渡すが、どうやらラブホのようだった。
記憶が曖昧だが、おそらくそんなに遠くには来てないはずだ。
将大にバレないように、ゆっくりとベットから抜け出して着替える。
汗まみれでシャワーを浴びたい衝動に駆られるが我慢。
着替え終わり、荷物を持って足早に部屋から退参した。
外は雨だった。
当然傘も無いので、濡れるのも構わずにそのまま歩き出した。
雨の冷たさがむしろ心地よいくらいだ。
雫が頬を撫でる。
あぁ、私は……
もう戻れないかもしれない――
「ただいま。」
玄関を開けると電気は消えたままだった。
電気をつけ、濡れた服を脱衣所のカゴに放り投げた。
下着1枚と、胸に巻いたサラシだけの状態になったが、気にせず階段を上る。
そのまま自分の部屋に入り鍵を閉めた。
まだ日織が帰ってくる前でよかった。
こんな姿は見せられない。
心身共に疲弊したこんな姿を見られたら何を言われるか。
ぼふん――
自分のベットに倒れこむ。
今は黙って眠りたい……
プルルル……プルルル……
急に電話が鳴りだした。
無視してそのまま眠ろうとするが、なかなか鳴り止まない。
代わりに出てもらおうにも、まだ日織は帰ってきてないし……
――仕方ないか。
重い体を無理矢理起こす。
プルルル……
気怠そうに受話器を取る――
「もしもし、俺だ、将大だ。」
電話の主は最悪の相手だった。
”好きです、先輩”
先ほどの東子の言葉が脳内で反復する。
もちろんワタシが男とは知らない。
女性として女性を好きだという歪な関係。
逆にワタシが実は男だと知ったら喜ぶのだろうか?
それとも幻滅するのだろうか?
ワカラナイ
彼女はどうして私を……
それに、兄さんには、絶対渡さないからというのはどういう意味だろうか?
言葉の意味のまま捉えるとしたら……
ワタシはどうすればいいんだろうか。
――うん。 彼女の事は好きだ。
でもそれはloveではなくlikeの方だ。
友達として好き。
でも彼女の好きはどちらだろうか?
明らかに前者ではないのか?
ダメだ、考えれば考えるほどハマっていく。
ワタシは悩みながらバスに揺られ続けた。
「もしもし、俺だ、将大だ。」
電話の主は最悪の相手だった。
いっそこのまま電話を切ってしまおうか?
「さっきは悪かった……」
最初に発した言葉は謝罪だった。
あまりにも予想外だったためか、電話を切るタイミングを逃してしまった。
「お前の事は誰にも言わない、絶対だ。」
「それで?」
「だからさ、俺と付き合ってくれないか……?」
「……」
そうか、そうなるよな……
少しでも希望を持ったオレがダメだった。
そんな都合のいい事なんてない。
結局、こいつはそういうのにしか眼中に無いんだ。
「ダメか?」
「死んでも嫌だ。」
こんな奴に秘密を握られて手籠めにされるくらいなら死んだ方がいい。
男のままで死にたい……
「なんでだよ!」
「……」
明らかに電話の向こうから感じる焦り。
何でもかんでもお前の思った通りにいくと思うなよ。
「じゃあ、バラされてもいいっていうんだな?」
「やっぱり脅す事しか出来ない、小さい男なんだな。」
「お前!」
将大は声を荒げた。
おそらく痛い所を突かれたのだろう。
「調子に乗るなよ! お前は黙って俺の女になればいいだよ!」
「本性がでたな。」
初めて見る将大の本性。
何故か少し恐怖を覚えた。
それは女性としての性なのだろうか……
「お前も! お前の妹も! どうなんても知らねぇぞ!」
「日織に手を出すっていうなら、オレはお前を許さないからな。」
強がっていても、明らかにオレの声は震えていた。
先ほど刻み込まれた、女性としての性がオレを弱気にさせる。
「そうかよ、楽しみにしとけよ。」
プッ……
電話は一方的に切られた。
奥に溜まっていた物ごと、深く息を吐く。
「どうしようか……」
つい、独り言が口から零れる。
このままだと日織まで……
どうすればいいのか。
どうすれば守れる?
一瞬、自分が犠牲になるという選択も考えるが頭を振って掻き消す。
もっと根本的にどうにかしないと……
上原 主
あいつならもしかしたら……
センコーに頼るという自分らしくない考えだ。
でも今は、日織の身を守らなければ。
そのままベッドに倒れこむように横になる。
「明日、学校いくか……」
将大がいるデメリットもあるが、行くしかない。
オレは覚悟を決めて、そのまま瞼を閉じた。
学校に向かっている途中は、お互い無言だった。
オレは将大の登場を警戒していたが、日織は何かあったのだろうか?
―――
――
―
「それと、今日中川は休みだ。」
HRで主はそう言った。
てっきり学校に現れるものだと思っていたが、少し拍子抜けだ。
そう思いつつも安心したのも事実だった。
「おい、葉月。」
「ひっ!?」
間近で急に声がして、奇声をあげてしまった。
「どうした、変な声をあげて。」
「な、なんでもねぇよ!」
「それよりお前、中川の事知らないか?」
質問の意図が良く分からない。
「それ、どういう意味です?」
「お前も知らないのか、実は中川と連絡がつかなくてな。」
連絡がつかない?
言いようの無い不安が心を締め付ける。
なんだろうか、この胸騒ぎは。
「お前も知らないとはな、まぁアイツの事だから明日にでも学校に出てくるだろう。」
「そ、そうだな。」
「どうした? 顔色が悪いぞ?」
意味も無くそういう行動はしないはずだ。
これは何かあるかもしれない……
「大丈夫だって、次の授業があるからさっさといけよ。
シッシッっと、手を振って主を追い払う。
「……無理するなよ。」
そう言って主は教室を出て行った。
今日は東子と二人で屋上での昼食を楽しんでいた。
しかし、昨日の事もあり純粋には楽しめていなかった。
「先輩?」
「ん?」
「箸、止まってますよ。」
そう言われて自分がぼーっとしていた事に気づいた。
「やっぱり、昨日の事を考えてたんですね。」
「それは……」
図星の解答に返答できない。
「実はね、家に呼べって言ったのは兄さんなんだよ?」
「え?」
何も返答の無い状況で、彼女は急に語り出した。
「兄さんたらね、先生なのにあなたの事が気になってるのよ?」
そう言って東子はワタシの顔に近づいてきた。
「兄さんって不器用だから、愛情表現が下手くそなのよ。」
更に近づいて耳元に口を近づける。
「でも、私も先輩が好き。」
耳に当たる息が身体にソワソワ来る。
「それって……本当なの?」
「ん、兄さんの事?」
こくん、と頷いて答える。
さっきの話で疑問は確信に変わり始めていた。
「気になるなら、直接聞いてみるといいよ。」
そう言って東子は笑顔のまま離れた。
解放された事にほっと息をついた。
「実際に聞いてみて、それからまた答えを聞くね。」
”好きです、先輩”
再び、東子はその言葉を囁いた。
やはり直接主先生に話してみるしかないか……
特にいつもと変わらない放課後だった。
いつも通り先輩と過ごした1日。
今日もとても楽しかった。
あぁ、こんな毎日が続けばいいのに……
彼女は気づいていなかった、背後の影に。
自分の危機に……
獲物を背後から追う。
目的の相手ではないが、餌としては使えるはずだ。
むしろこうしないと葉月の奴が目を光らせている事だろう。
都合よく、女は人気の無い路地に曲がった。
チャンスとばかりに互いの距離を縮める……
ガシッ!
っと背後からしがみついた。
そのまま用意していたハンカチを口元に当てる。
しばらく女は暴れていたが、やがて動かなくなった。
俺はそのまま女を抱きかかえて、用意していた車に向かった。
「待ってろよ、葉月。」




