4章
見慣れない風景が広がっている。
身に覚えの無い家族達。
見たこともない建物。
恐らくいつもの夢だろうと思い、考える事をやめた。
この世界でのオレは、多くの人に好かれ、仕事も完璧な人間だ。
当然の如く、女性達にも人気である。
しかし……
ここでもオレは女性なのだ。
せめて夢の中でくらい、男性だっていいじゃないかと思う。
でも、夢も現実も辛い。
それがまるで逃れられない運命かのように――
見慣れない風景が広がっている。
身に覚えの無い家族達。
見たこともない建物。
恐らくいつもの夢だろうと思い、考える事をやめた。
この世界でのワタシは、内気だが意思が強く、大事な方にお仕えする身だ。
挙句、帝にも目を付けられる始末だ。
しかし……
ここでもワタシは男性なのだ。
せめて夢の中では女性でいたいのに……
でも、夢も現実も辛い。
それがまるで逃れられない運命かのように――
体が怠い……
分かっていても避けられない体調不良。
――っ!
唐突に込み上げてくるくる嘔吐感。
オレは急いでベットから起き上がり、トイレへと走った。
「おぇぇぇ……」
胃液だけが吐き出され、少し便器を汚す。
最悪だ、本当に。
コンコン――
トイレの扉をノックする音が聞こえた。
「葉月、大丈夫?」
どうやら心配して来てくれたようだ。
「いつもの……、今日は学校休む。」
「――分かった。」
日織も今の説明で納得してくれたようだった。
どうせ子供なんていらないのに、無くなってしまえばいい……
トイレを出て1階に降りると、日織が朝食を用意してくれていた。
「ありがと」
短く答えて席に座る。
テーブルには白ご飯に卵焼、ほうれん草のお浸しが置かれていた。
「今日は学校休むでしょ?」
「うん」
オレは呟くように答えた。
吐き気は落ち着いたが頭痛は相変わらずだ。
「ねぇ葉月、ちょっと相談があるんだけど。」
「なんだ?」
薬の準備をしながら葉月が聞いてきた。
「えっとね、久しぶりに清治おじさんの所に顔出したいなぁーって。」
「あぁ、あの爺さんか、そういえば最近言ってねぇな。」
吉野 清治
オレ達の住んでいるマンションの隣にひっそりと立つ一軒家。
そこに住んでいる爺さんだ。
このマンションの持ち主でもある。
そういえば、あの爺さんとも色々あったなぁ……
―――
――
―
ピンポーン
部屋の片づけをしてる最中に呼び鈴が響いた。
「誰だよ、この糞忙しい時に!」
「私が行ってくるよ。」
そう言って日織が玄関に向かっていった。
全く、引っ越し早々から誰だよ……
「やぁ、こんにちわ。」
それが初めての出会いだった。
爺さんはニコニコと笑いながら部屋に入ってきた。
「誰だよお前!」
「初対面にお前は無いだろうに。」
「葉月、ここの大家さんだそうだよ。」
「そ、それはすんません……」
大家だったのかよ……
流石に頭が上がらない。
しかし、話している間も爺さんはずっとニコニコしたままだ。
そもそもなんでここに来たんだ?
「仲が良さそうでなによりだ。」
特に何かするわけでも、爺さんニコニコ笑ってこっちを見ていた。
「所で、何か御用でしょうか?」
「ちょっと顔が見たくてね。 それにしても……」
爺さんは日織の事をじっと見つめている。
今度はなんだ?
「な、なんでしょうか?」
「――君、男だね。」
ドクン!
爺さんの言葉に息が止まる。
恐らく日織も同じだろう。
「で、口の悪い君は女だ。」
「……」
初めてだった。
今まで一度たりともバレた事は無かった。
日織は既に泣きそうな顔になっている。
「だからなんだっていうだよ?」
コイツを泣かす奴は誰であろうと許さない。
昔にそう約束したから……
「何も無いが?」
意図の分からない爺さんの行動にだんだん腹が立ってくる。
相変わらずニコニコ笑う姿勢を崩さない。
それが一層オレのイライラを加速させた。
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「馬鹿にはしてないさ、ただアドバイスでもしてやろうと思ってね。」
「それ、どういう意味だよ。」
オレは爺さんを睨みながらも話を聞いてやる事にした。
「君達二人はまだ子供だ、社会の恐ろしさを何も知らない。」
「それで?」
「何かあった時の相談相手が欲しいだろ? しかも秘密厳守してくれるね。」
「……」
――ふーん、確かに正論ではある。 しかしだ……
「なんだって赤の他人であるあんたが、そんな事を言い出すんだ?」
「ただの気まぐれだよ、たまたまここの大家だっていう縁での話。」
後ろを振り向くと、泣き止んだ日織がずっとオレを見ていた。
”もうやめよう”
そう語っているかのように……
「――気が向いたらな。」
「楽しみにしておくよ。」
そう言って爺さんは部屋から出て行った。
”とりかえばや物語”というタイトルの本を置いて……
「葉月……?」
現実に意識を戻すと、日織が心配そうにオレを見つめていた。
「ちょっと考え事してた、大丈夫だよ。」
「それならいいんだけど……」
確かに最近顔を出していなかったし、たまにはいいか。
どうせ今日・明日の学校は休みだ。
「そうだな、明日行くか。」
「ありがと!」
葉月の笑顔は本当に可愛いと思う。
多くの男性をこの笑顔で虜にしてしまうのだろう。
体の事さえなければ彼氏だっていたはずだ……
そもそも日織がここまで引っ込み思案になった原因がそうだ。
歯車は最初からずれていたのだ。
もちろんそれは私にも言える事である。
「また考え事してる?」
「あぁ、ごめん。」
「今日はゆっくり休んでなきゃダメだよ? 学校には私が連絡しておくから。」
「ありがとな。」
「ちーっす。」
葉月は鍵が掛かっていない引き戸を開け堂々と家の中に入った。
見知った相手の家とはいえ、さすがにどうかと思う。
リビングまで入ると椅子に座った清治さんが新聞を読んでいた。
「なんだ、お前達か。」
そう言うと老眼鏡を外してこちらに向き直った。
「お久しぶりです。」
「暇だから来てやったぞ。」
「お前達学校は……あぁ、そういう事か。」
納得したように清治さんは頷いた。
「で、今日はどうした?」
「特に用事ってわけでは無いんですけどね。」
「ふーむ。」
顎に手を当てじっくりとワタシと葉月を見てくる。
こうして考え事をしている清治さんは不思議なオーラを纏っている。
神秘的というか、何か近寄り難い神々しさというか……
「なるほどな……」
自己完結したようでそう言って頷いた。
「何があったかは聞かない。 ただ、これだけは言っておく。」
そう言って清治さんは目を瞑った。
「考える前に行動してみろだ。」
『は?』
ワタシと葉月の声が重なった。
「わしからは以上だ。」
もういいだろう、という用にシッシッと手を振る仕草をしている。
こうなったら何を言っても無駄だ。
考える前に行動してみろかぁ……
”なら、今度家に遊びに来て下さいね♪”
あの時の東子の言葉を思い出す。
今まで人と接する事が苦手なワタシだけど、今が転機なのかもしれない。
悩むよりもまず行動してみよう。
「日織、気は済んだか?」
「うん、ありがとね。」




