父親からの痛恨の一撃
「私は絶対アイドルになるからね」
そう言ったのは娘の雪絵。
今は夕食後の家族会議の真っ最中。議題は『娘の上京』、学校の帰りにスカウトされたらしい。娘はすっかりその気になって必至に父親を説得中である。
テーブルを挟んで父と娘が向かい合い、まさに一対一の真剣勝負である。母親は中立を装うため表情を変えずに夕食の食器をせっせと運んでいる。
「そんなの駄目に決まってるだろう」
父の一言が娘の気迫を押し返す。
父親として一人娘を手の届かない都会へと送るのは抵抗がある。もう一つ大手企業の課長という肩書きも、娘の願いを退けていた。娘がアイドルに憧れる気持ちは解るが、人生経験から非常に険しい道であることも知っていたのだ。
普通の会社員なら課長にでもなれば、人並み以上の生活水準は得られる。しかしアイドルとして生活していくことは、社員全員が社長を目指す中で取締役以上になるようなものだ。
しかも取締役で何とか生活できるレベル、社長でやっと人並みの給料なのだ。
親バカかもしれないが、娘は人並みよりかわいいと思う。特に笑うときの目尻の垂れ具合が男性の萌え心とやらを刺激する。
しかしそれはアイドルとしてスタートラインに立ったに過ぎない。アイドルにはそれ以上の武器が必要になる。娘の全てを知っているわけではないが、熾烈な競争を勝ち上がって来れるようには思えなかった。
「私が言い出したんじゃ無いのよ。向こうからスカウトしてきたんだから」
私にはアイドルになる資格があるそう言いたいのであろう。
「スカウトされたからと言ってアイドルになれるとは決まってないだろう。第一怪しい事務所じゃないのか?」
「怪しくないわよ。新田美里やYUKINAを育てたって言ってたんだから」
育てただと?
父親は表情を険しくさせ、おでこと髪の毛の境目を爪で引っかく。考え事をするときの父親の癖であった。
そんなあやふやな表現を使うスカウトマンはますます怪しい。しかし雪絵にスカウトマンの怪しさを追及しても引き下がらないだろう。
もし事務所やスカウトマンを本格的に調べて、本物だったとしたら娘はさらに意思を硬くするかもしれない。
こんどは困った表情でおでこを爪で引っかく。
「雪絵、お前は騙されているんだよ」
冷静な話し合いを望むためか、父は感情を出さずに言い渡した。しかしその言い方はさらに雪絵の感情を高ぶらせたようである。
「騙されてないわよ。ちゃんと事務所も調べてスカウトマンの確認も取ったわ」
「私、お父さんが思ってるほどバカじゃないのよ」
雪絵はバンッと机を叩き身を乗り出した。父親にも食ってかかりそうな勢いである。
負けじと父も声を荒げた。
「18年しか生きていない小娘が何を言ってるんだ。都会じゃ食い物にされるだけだろ」
「私は父さんが考えてるほどお人よしではないわ」
「お前みたいな小娘騙すのなんか簡単なんだよ」
そう言って父は頭の上のものをつかみ、雪絵に投げつけた。
「わしがカツラだと言う事に18年間も気付けないようじゃあ駄目だな」
さすがにこの出来事には娘は唖然とするばかりである。
「母さん何か言ってやりなさい」
とどめの一撃は食後のビールを持ってきた母親に譲ったようである。
「そうよお父さんですら私の豊胸手術に25年間も気付けてないのよ」