友達の定義、不良少年の憂鬱
「美味しそうだね。そう介くんが作ったの?」
にっこり微笑むゆかりとは対照的にそう介は脱力する。ゆかり特有の斜め上発言は今日も健在だ。
ぶすくれたそう介の前に向かい合わせで座っているのは常に微笑む白衣の魔女こと一ノ瀬ゆかり。
窓を背にしたそう介は外に視線を逃がす訳にもいかず机に肘をついて黒板を親の敵とでもいうように睨み付けている。
そう介に怯えたクラスメイトは教室の一ヶ所に集まり縮こまりながらも好奇心を隠そうともせずにそう介とゆかりの様子を窺っていた。
昨日、失意の中午後の授業を乗りきったが家に帰ってふて寝した。
早く寝過ぎたため朝日が昇る前に目が覚めてしまい、いやいやながら今後のことを考えることにした。
ゆかりはどこまで知っていてそう介を魔法使いと言うのか。ばれたのか本当はばれていないのか。しかし確かめるの怖い。
もう、幼いままの自分ではないのだと。独りが嫌いな弱い自分ではないのだと思っていなければ覚悟した全てが崩れてしまう気がした。
なら、友達というのを口実にして一ノ瀬ゆかりを見張るのはどうだろう。そう介にとって都合の悪いことを言われる前に側にいて口を塞げばいい。魔法だって気を抜かなければ使ってしまうことはない。
常に平常心を保てば大丈夫だ。きっとうまくいく。決意も新たに登校したそう介に最初の難関が待ち構えていた。
向かい合わせにくっついた机。その上に広げられたお弁当の包み。なぜそう介とゆかりが対面して座っているのかというと。
そう、今は昼休みだ。
いつもと同じように屋上で昼を食べようとしたところゆかりから誘いがかかった。セリフはもちろん「そう介くん。お昼ごはん一緒に食べよう」だ。
前のように逃げる訳にもいかず渋々昼を共にすることにした。
“篠宮くん”から“そう介くん”呼びにレベルアップだかなんだか、より親しげなゆかりに突っ込むことも出来ず空腹にも勝てずにおとなしく弁当箱の蓋を開けた。
よりによって今日は手作り弁当だ。母の、ではなくそう介の。
何を隠そう料理はそう介の数少ない趣味の一つだ。スポーツは基本相手がいないと出来ないし暑い中体を動かして良い汗かいたと思えるほど爽やかな性格はしていない。アウトドアよりインドア派。根暗と言われれば終わりだ。しかし極めれば極めるほど面白く美味しいのが料理だ。手伝いの延長が趣味に発展し最近は素材にもこだわっている。
これもばれたら憤死ものだが自己申告しない限り大丈夫だろう。
今日のメニューは定番の詰め合わせだ。かりっと揚げた唐揚げに甘く仕上げた玉子焼き。アスパラのベーコン巻きとほうれん草のお浸しに、彩りに添えたプチトマト。
仕切りのついたもう半分には白いご飯が縁一杯に盛られている。
ちなみに母と父の分も用意してテーブルの上に置いてきた。
二人とも昼は基本家にいるが、そうちゃんだけずるいと駄々をこねるので自分で作るときは家族分をまとめて作る。
ここまでは蛇足だ。普通男子高校生が自分で昼の弁当を作ってくるなんて思わない。全員が全員そうではないが大抵が料理はおろか包丁は学校の調理実習でしか握ったことはありませんというのが実態だと思われる。
ゆかりはそう介が広げた弁当を見て一言。
「美味しそうだね。そう介君が作ったの?」
騒然とするクラス。当然だ。こんな家庭的な弁当を男子ましてや学園きっての不良が製作したなどと誰が予想できるだろう。
「……そ、そんな訳ないだろ!か、母さんが作ったに決まってるじゃないか!!」
「…………」
静まりかえるクラス。
おかしい。この位置からだとクラス全体が見渡せるためなんだか妙に生暖かい眼差しが感じられる。
「そう?でも、とっても美味しそう。わたしのお弁当はこれ」
クラスの変化なんてお構いなしにどこまでもマイペースなゆかりが取り出したのは。出るわ出るわ机から溢れそうなお菓子の山が築かれていく。
「……おい。なんだそれは」
「チョコレートとグミとクッキーと、」
「じゃなくてっ!菓子がお前の弁当なのかって聞いてるんだよ!」
「うん」
「……もしかして毎日?」
なんでそんなこと聞くんだろうと不思議そうに瞬きながらもゆかりは首肯で返す。
「うん、じゃない!そんなんじゃ体もたないだろ!主食を食べろ、野菜を採れ、肉を食え!!ほら、俺の弁当やるから」
あまりの惨状に菓子の山を脇に避け自分の弁当を差し出す。ケースから箸を取りだしゆかりに持たせると「食え!」と睨みを利かせた。
ゆかりは差し出された弁当を見つめて「いただきます」と手を合わせると玉子焼きに箸を伸ばす。
小さくに切り分けてぱくりと一口。
ほわんと緩むような笑顔を浮かべまた弁当に箸を伸ばして今度は唐揚げを丸々掴む。
美味しいとは言わないけれどその表情が何よりも雄弁でそう介も知らず口角が上がる。
料理は好きだが自分で作ったものを美味しそうに食べてくれるのだって嫌いじゃない。
そうでなかったら泣きつかれようが両親の分まで作らない。
他人に食べてもらう機会は今までなかったがゆかりの様子を見てこれも悪くないと思った。が、
「きゃーーーっ!!」
いきなりあがった悲鳴に我に返る。
教室どころか他のクラスから廊下にまで押し掛けてきて覗いていた女子達までもが顔を真っ赤にしてキャアキャアと喚いている。
そう介が半眼を向ければ誰もがさっと視線を反らす。けれど人垣が崩れることもなく、と思っていたら教室に入ってくる人物が一人。周りより飛び抜けて背が高いため嫌でも目につくその人物はあろうことかそう介とゆかりのもとにやって来た。
「やあ、篠宮くん。昨日ぶりだね。なんだかやつれて見えたけど元気になったかい?」
当然のように話しかけてきたのはこの騒動のにっくき元凶の一人優木瑞穂だった。
「……なんの用だ」
「そんなつれないこと言うなよ。僕たち大親友じゃないか」
「そんなものになった覚えはない!」
「まさか忘れてしまったのかい!あの固く友情を誓い合った日を!!」
「昨日会ったばかりのやつとなんで友情誓わなきゃいけないんだよ。そもそもお前が勝手に言ってるだけだろうが」
またクラスがざわつき始めたがいちいち気にしていられない。そっちは無視して優木を追い出すべく威嚇に専念することにした。ゆかりは相変わらず黙々と箸を動かしている。優木はちらりとゆかりを見るとそう介に顔を近づけてきた。
「あのさ……」
「断る」
「まだ何も言ってないじゃないか!」
「ろくでもないこと言うに決まってる」
とりつく島もなくそう介はぞんざいにあしらう。優木はそんなあと肩を落としつつ覚悟を決めたのかゆかりに向き直る。
「い、一ノ瀬さん!僕は篠宮くんの大親友の優木瑞穂。お昼をご一緒してもいいかな?」
ゆかりは箸と口を止めることなく優木を一目見てこくりと頷く。今度はほうれん草のお浸しを嬉しそうに食べている。
俺を抜きにして二人で友情を育んでくれればいいのにと思っても現状ゆかりから目を離すことは出来ないため仕方なく見守るしかない。
「あ、ありがとう!もし良かったら僕と……」
もじもじとする優木の後ろに何となく違和感を覚えた。
「そう言えば他の奴らはどうしたんだ?」
昨日はずっと優木を先頭に十数人が集まっていた。抜け駆け禁止の一蓮托生かと思ったが今は優木しかいない。かなりの割合でどうでもいいが頭を過ったためにぽろっと口から出てしまった。結果的に優木の言葉を遮ってしまったのは仕方ないだろう。
「僕の同士かい?彼らは一ノ瀬さんファンクラブの足留めをしてるんだ」
「一ノ瀬ファンクラブ?お前らもそうじゃないのか?」
「まさか!あんな卑怯なやつらと一緒にしないでくれ!」
あり得ないと憤慨しつつ優木はおもむろに他から椅子を持ってきて二人の横に座り持参の弁当の包みを机の空いているスペースに広げた。
なんで腰落ち着けてるんだよ!
そう介は顔をしかめたが優木は気にした様子もなく文句を言う暇を与えずに一ノ瀬ファンクラブとやらの愚痴を続ける。
「一ノ瀬さんファンクラブは人の迷惑を省みない馬鹿な奴等なんだ。自分達の行動が一ノ瀬さんの格を落としかねないと気づいていない」
背は高いが人に威圧感を与えない柔和な顔をした優木が眉をひそめるとは余程のことなのだろう。そこで原点に立ち返るならば優木たちは何なのか。ファンクラブじゃないと言ってもゆかりに対する執着を感じられる。
「じゃあ、お前らは何なんだ?」
「正式な名称はないけれど……そうだな。あえて言うなら一ノ瀬さんと友情を築く会ってところかな」
優木は困ったようにゆかりを見る。変わらずもきゅもきゅと弁当を食べるゆかりは自分を話題にした会話が聞こえないはずもないのに関心を向ける様子もない。
「……この話は長くなるからはまた今度にしよう。僕らは純粋に一ノ瀬さんの友人になりたいだけだよ。さあ、僕らも弁当を食べようじゃないか!」
そう言って優木も嬉しそうに弁当を食べ始める。そう介は釈然とはしないものの朝の決意を思いだし、ゆかりが広げた菓子の包みに手を伸ばすのだった。
次は番外編です。