不良少年、全力逃避③
あの時の出来事は怪事件として世間には忘れ去られる事となる。
意識が戻ったとき、六人は病院のベッドに横たわっていた。
大人たちが入れ替わり立ち替わりそう介たちに事情を聞きに来たがあまりの衝撃に四人は覚えていないらしい。
凌馬だけは覚えていたようだが頑として口を開かなかった。
そう介も凌馬に習い何も言わなかった。
五人は何らかの理由で血塗れのまま公園に倒れ、たまたま通りかかったそう介がそこに遭遇。
助けを求めるもあまりの惨状に失神し近隣住民によって発見された。
これだけの形骸化された結果だけが地方紙の片隅に乗ることとなる。
子供たちがなぜ血塗れだったのか。あらゆる線を調べたが結論は出ず子供たちが何も覚えていないため結局迷宮入りとなった。
あれ以来いじめはぴたりと止まった。
主犯格であった凌馬を始め取り巻きの五人が次々と転校したためとこんな噂が流れたからだ。
『そう介は正真正銘のバケモノだ』と
そして、そう介は理解する。
俺はバケモノなんだ。なら、バケモノはバケモノですと主張しなくちゃならない。最初から危険だと判っていれば誰も近づいて来ないのだから。
そう介は分かりやすく『不良』という形を取ることにした。
『不良』は髪を染めるらしい。ならこの髪は好都合だ。
瞳の色も前髪を伸ばして隠せば問題ない。
後は立ち居振舞いだけ。その辺はテレビや漫画の知識を総動員して体裁は整えた。
そう介の通う三船中学校の大半が、すぐそばに立つ三船高校に進学する。
いじめてきた生徒たちとまた三年間過ごすことはそう介にとってもさすがに酷だった。
そのため比較的近場だが、三船高校よりずっと偏差値の高い一ノ瀬学園への進学を決意する。
近隣屈指の一ノ瀬学園を希望することに教師は最初あまりいい顔をしなかった。
勉強があまり得意とは言えないそう介は合格から程遠かったのだ。
しかしそう介は難関に見事合格し、晴れて一ノ瀬学園への進学を果たす。
そう介を知る者はほとんどいなくなり、『バケモノ』という噂と不良の容姿が人を遠ざけてくれる。
そして一年の時点で不良として全校生徒から恐れられるようになる。
ここまではすべて順調だった。
一ノ瀬ゆかりと出会うまでは。
また、深いため息が出る。
人と関わらないためにここまで努力してきた。もう誰もそう介に近づかないように、バケモノの餌食にならないように。
しかし一ノ瀬ゆかりはなんと言っただろう。
そう介と友達になりたいと言った。
そう介が魔法使いかどうか確かめたいと言った。
恐らく前者が手段で後者が目的なのだろう。
どちらにしてもこの後を考えれば憂鬱でしかたなかった。
気付けば夕日が地平線にだいぶ近づいていた。外の運動部も帰り支度を始めている。
「そろそろ帰るか…」
口をついただけの独り言に返るはずのない声が答えってきた。
「もう帰ってしまうの?」
ばっと後ろを振り向けばため息の原因一ノ瀬ゆかりがそこにいた。
くねくねとうねって腰まで伸びる髪をサイドで二つに結び前髪を大きなクリップで留め、制服の上に白衣を着た姿で屋上の唯一の入口に立っている。
「いつからそこに!?」
「えーと、化学室に行こうと思ったら篠宮くんが屋上に登って行くのが見えたからついてきたの」
そう言ってにっこり笑うゆかりにそう介は脱力する。
それはつまり最初からってことだろ…。
物思いに耽りながら繰り出されたであろう独り言を聞かれたかと思うと羞恥にのたうち回りたくなるがぐっとこらえて意識してどすの効いた声を出す。
「お前、ここに来たってことは俺と喧嘩しにきたって事だよな。覚悟は出来てるんだろうな?」
「けんか?お友だちになりたい人は屋上にって言ってなかった?」
「それは、頭にお花畑乗っけたあの担任が俺が言ったことをねじくりまわした言葉だろ!?お前の耳は都合のいい言葉しか拾わないのか!?」
思わず突っ込めば、くすくすと楽しそうな笑いが夕空に映える。
「ふふふっ。篠宮くんって面白いね。それにいい人。わたしと三言以上話してくれる人あんまりいないの」
さらっと重い言葉を聞いた気がするがここはスルーする。こいつと深く関わってはいけないと本能が告げていた。
「…喧嘩しに来たんじゃないなら俺、帰るわ」
だからそこをどけ、という前にゆかりは一本の試験管を取り出した。
中には緑色のドロッとした液体が入っている。
気のせいか火もないのに沸騰したようにぽこぽこと泡が浮いては消えているように見える。
そう介がそれはなんだと言う前にゆかりが口を開く。
「あのね、わたし友達っていうものが出来たことなくて。どうすれば友達になれるかなって考えたの。それでこの薬を作ってみたんだけど…飲んでくれる?」
首を傾げて上目使いで見られれば大抵の男は「はい、喜んで!」と二つ返事で飲み干すだろう。
何てったってゆかりは学園一の美少女だ。
しかしそう介はそんなものに騙されない。
「嫌だ!」
はっきりきっぱり拒絶したのにゆかりは不思議そうに目をぱちくりさせながらどうしてと訪ねてくる。
「どうしてって、こっちが聞きたいんだけど。そもそもなんで俺と友達になりたいとか言うわけ?てか、友だちになる前に殺す気だろう!?」
あの液体からは殺意を感じる。まかり間違っても『友達の出来るくすり』なんて可愛らしいものではない。断じてない。
というかなぜ試験管のまま俺に飲ませようとする?
その思考回路が理解できなかった
一ノ瀬ゆかり。一ノ瀬学園学園長の姪であり、学園きっての天才であり、誰もが認める美少女であり、馬鹿がつくほどの化学オタク。
彼女こそがそう介と並び称される二大禁忌の一人だった。
そう介は、逃げた。
「じゃあ、どうしたら友達になれるの?」と聞かれ
「……友達になってくれって言えばいいんじゃないか?」と恐らく一般論を返したところにっこり笑って
「お友だちになってください」
と言われたので
「断る!」
と即答したら緑の液体を飲まされそうになったため、一時撤退を余儀なくされたのだ。
そう介は、逃げた。
全速力で。
まさか学園一の美少女から逃げる日がくるなんて。なんというかちょっと、いやかなりカッコ悪いが身の安全のためには致し方ない。
校内を全力で走っても、生徒とはすれ違わない。
部活に属していない生徒はすでに帰宅しており、運動部は外や体育館、文化部の部室は別棟にあるため教室棟は閑散としていた。
情けない姿を誰にも見られなくて良かったと内心ほっとする。
こんなところで今までの努力を無駄にしたくはなかった。
後ろにゆかりがいないことを確かめ歩調を緩める。
廊下から教室ごしに窓の外を見れば、夕日は地平線に達し、世界を赤く染めていた。
昼間だってそう介にとって教室は敵地だ。
それなのに夕日はここはお前のいる場所ではないと急き立てる。
帰れと言われてるようでそう介は顔をしかめ「ああ、帰るよ」と呟いた。
今度こそは誰もその声には答えなかった。
とても単純な事実に今更ながらに気づく。
チャイムぎりぎりに教室に入って席につけば隣から「おはよう、篠宮くん」と挨拶される。
なんで名前を呼ばれるんだ?と首を傾げ横を見れば、まぶしい程の笑顔がそう介に向けられていた。
そうだ。これから一年こいつと席、隣同士になるんだ。
遠い目をしたそう介に「欠席とりますよー」と今日も元気な原先生の言葉は届かなかった。




