不良少年、全力逃避②
残酷描写ありにした内容となります。
そう介には誰にも言えない秘密がある。
どうせなら宇宙人に改造された超人的な能力を持つスーパーヒーローとか闇夜を華麗に舞う魅惑の大怪盗とか、そっちの方が良かったと思っていたのは中二まで。
さすがに今ではそんな秘密自体抱えたくなかったと思っている。
そう介は屋上で一人流れる雲を眺めながら長い長いため息を溢した。
おもむろに宙にかざした指をくるりと回せば、小さなつむじ風がそう介の前髪を揺らす。
金色の前髪の下から現れたのは春の空を写し取ったような淡い青色の瞳だった。
そう介には誰にも言えない秘密がある。
それはそう介が正真正銘魔法使いであるということだった。
なんの比喩でも誇張でもなく言葉のまんま魔法使い。女なら魔女だとかファンタジー用語で言えばヴィザードだったりする。もっと平たく言えばそう介は魔法が使えるということだ。
この現代日本において『俺、魔法使いなんだ』と言えば残念な人に思われるか、笑顔で精神科を薦められる。まだ身近である幽霊や超能力でさえ本気で話題にすれば白んだ目で見られる世間で、しかし現実魔法使いであるそう介は絶対にばれないよう必死で隠していた。
「あいつ、なんであんなこと言ったんだろ」
なのに、だ。一ノ瀬ゆかりはそう介が魔法使いか確かめると言った。普通に考えて魔法使いが実在するなんて思う方がおかしい。そう介だって自分がそうでなければ鼻で笑っていたことだろう。けれど望もうが望むまいがそう介が魔法使いであるという事実は変わらず、ゆかりにはそう言うだけの何かしらの根拠があるということだ。そう介は自分のそれまでの行動を振り返ってみても思い当たる節はなかった。
今となっては不良として一ノ瀬学園の生徒達に恐れられ、近づいて来るものはかなり稀だし、そのため人間関係に煩わされることもない。周りに人がいなければぼろの出しようもないはずで。
こうした今の環境は中二のあの時から始まった努力と根性の賜物だった。
中二の『あの時』までそう介はいじめられていた。
そう介はもともと素直で明るい活発的な子供だった。普通の子供であったなら多くの友人を囲っていただろう。ごくごく幼いうちはまさしくそうであった。
世界がなんたるかを理解していなかった子供達はそう介が気紛れに起こす現象になんの疑問も持たなかった。
そう介が笑えば木々は笑い花は踊り、手を振り上げれば風が木の葉を舞い上げる。
その中を大はしゃぎで走り回る子供達の瞳には美しい世界が広がっていた。
ただただ当たり前であった彼らの世界に容赦ない『現実』が牙を剥く。
子供達がその日の出来事を親に話せば、初めは笑って聞いていた親たちが「たまたまに決まってるじゃない」「そんなことあるわけないでしょ」「作り話はやめなさい」と叱責する。
子供達にとって信じるべきものは目の前の真実ではなく親の言葉だった。
そして彼らは理解するそう介は『違う』のだと
自分達と違うということは異端だ。断罪すべき対象。
子供は成長するにつれてその事を理解する。
断罪はいじめという言葉でそう介に喰らいつく。
そう介は始め、なぜ友達が離れていくのか分からなかった。
昨日まで一緒に遊んでた筈なのに厳しい目をした親に手をひかれ一人また一人とそう介の元から去っていく。
理由を聞きたくても誰も口を効いてくれなかった。ひとり取り残されたそう介は悲しくて悲しくて母に尋ねた。どうして皆自分から離れて行ってしまったの。何か悪いことをしてしまったの。と。
母は言った。
『いいえ。そう介はなんにも悪くない。でも、あなたはちょっとだけ他の人と違うかもしれないわね。ママはね、魔女さんの血を引いているの。ママのおばあちゃん、そう介のひいおばあちゃんはとってもすごい魔女さんだったのよ。そう介はひいおばあちゃんに似たのね。髪も瞳もその魔法も。でもね…』
その日からそう介は人と違うことを隠すことにした。
魔法使いといっても魔法を使わなければ良い。 そうすれば他の人と変わらない自分でいられる。拒絶されず輪の中に入れると信じていた。
しかし学校に通うようになってから隠し事をしたまま人と普通に付き合えるほど自分が器用ではないことを思い知った。
なにかふとした拍子にぼろを出してしまうんじゃないか。そう思うと思うと気が気ではなかった。
隠し事のせいで性格はどんどん暗くなり後ろめたそうなそう介に友達が出来るはずもなく更に孤独に陥った。
それだけなら教室の片隅で俯いているだけで良かったのに。
人と違うのは何も魔法が使えるというだけではなかった。
曾祖母の血は別の場所にも作用した。
魔女だったらしい曾祖母はもともと北欧出身だったらしい。
彼女の遺伝子を濃く受け継いだそう介は、父と母が日本人特有の黒髪黒目であるのに関わらず生まれつき金の髪と青い瞳をしていた。
おまけに日本人にしては目鼻立ちがくっきりとして肌が白かったため容姿だけは女子からの評判が良かった。
その事が男子から妬みを買うこととなる
そうなれば結果は火を見るより明らかだろう。
無視されるだけならまだ良かった。
挫けそうになる心をごまかしながら他人とは違うんだから仕方ないと自分に言い聞かせることができた。
妬みはいじめへと発展し陰口が直接の悪口となり私物を隠され、時には壊され最終的には手や足が出るようになる。
そして『あの時』は訪れる。
浴びせられる理不尽な暴言にそう介は俯きながらぐっと我慢していた。
「…おいっ!なんとか言ったらどうなんだよ!?」
学校の帰り道、待ち伏せしていた五人組にそう介は捕まった。人気のない公園に引きずり込まれる。
小学校からそのまま持ち上がりで進むため長年に渡りこの五人に執拗にいじめられてきた。
五人と言っても一人をのぞいて入れ替わり立ち替わりよってたかって絡んでくるため正式な人数は分からないがリーダーは変わらない。
小瀬凌馬。家が近所でうんと幼い頃はよく遊んでいたはずだった。
例に漏れずそう介の元から離れていき嫌悪と侮蔑の目を向けるようになった幼なじみ。
前髪を引っ張られ上を向かせられる。痛みに顔をひきつらせれば凌馬の顔は悦楽に歪んだ。
「え、なに?人間じゃないのに痛いの?バケモノなんだから痛みなんて感じないだろ ?」
ぶちっという音と共に地面に投げ飛ばされる。とっさにかばった手と頭がじんじんする。凌馬の手を見れば金色の糸が握りしめられていた。
あ、抜けた。
そんなことを思って見ていただけなのに「なんだよ、その目。お前生意気なんだよ!」
と、顔を蹴られそうになる。
「ああ、ばっちい。見ろよこれ。おかしくね?これで日本人とかほざいてるんだぜ?しかもその生意気な目。薄気味わりぃ色。……おい、押さえろ」
凌馬が引き抜いた髪を「ああ、ばっちい」と振り落とすのと同時に取り巻きの二人が背後から腕をがっちりと掴み残りの二人に足を捕まれそう介は完全に身動きがとれなくなった。
この時はまだそう介も甘く見ていた。
せいぜい顔か胴を殴られる程度だと。
しかし、凌馬がポケットを探り、取り出したものに硬直した。
そう介の耳にも届くように嫌にゆっくりとカチチとスライドさせる。
凌馬が手にしたのはカッターナイフだった。
「俺は優しいからさ、お前を人間に近づけてやろうと思うんだ」
普段はついぞ聞かない猫なで声に鳥肌が立つ。
逃げようとしても八本の腕がそう介に絡み付いて離さない。
「その髪全部引っこ抜いて、目玉をくり出せば俺たちに近づける。嬉しいだろう?」
そう介を押さえ込む四人もこれから起こることが分かっているはずだ。
それでもニヤニヤと卑しい笑みを浮かべ事の成り行きを面白がっている。
「さあ、まずはどっちがいい?右?左?おい、そんなに動くなよ。顔が切れちまうぞ」
そう介は必死に抵抗していたがこの人数には勝てない。
こいつら、本気だ。本気でそう介の髪を引き抜き、目玉をえぐり出すつもりだ。
そして、大人達にこういうのだろう。
俺たちは止めようとしたけどそう介が、と。
恐怖に全身がおののく。
どちらがバケモノか。他人とは異なる力と容姿を持ったそう介か平気で人を傷つけようとする目の前の少年たちか。
「決ーめた!右からだ」
凌馬は嬉々としてそう介の目にカッターナイフを突きつける。
近づく刃にそう介の恐怖が頂点に達したその時だった。
そう介を中心にして突風が吹き凌馬たちを振りほどく。
「うわ、なんだ!?」
訳がわからないとそう介を押さえていた四人は首を捻る。
そんな中、凌馬だけが憎々しげにそう介を睨んでいた。
「バケモノが…!」
吐き捨てるように言うと、凌馬はいち早く立ち上がる。
「おい!こいつはバケモノだ。退治しないと皆が不幸になる。俺たちで世界を救おうぜ。バケモノ退治だ」
突然の出来事は理解できなくても、凌馬の簡潔な言葉にギラギラとした目をそう介に向ける。
殺される、そう思った。
思った後にはすべてが終わっていた。
そう介の周りで五人が苦しみに悶えている。どこから延びたのか蔦が五人を締め上げ、いばらが子供の柔な肌に食い込み血を滴らせる。その血を吸い上げ蔦の先に真っ赤な薔薇を咲かせていた。
そう介は呆然とその様子を見つめる。
どうしてこんな……。
痛みに喚く五人の声がやけに近くで聞こえた。そして一つの単語を拾う。
『バケモノ』と。
ああ、そっか。これ俺がやったんだ。
自覚すると共に胃の奥からなにかがせりあがってくる。
そして、吐いた。
違う。こんなことをしたいんじゃない。
止めようとしてもどうすればいいのかわからない。
蔦は延び続け、五人を絞め殺そうとしている。
その前に出血多量で死んでしまうかもしれない。
なのに蔦はそう介の意思なんか構いもせずにギリッギリッと締め付けを強くし、棘が更に食い込んでいく。
これじゃあ俺、本物のバケモノだ
そう介は怖かった。この力が。己自身が。
「誰かっ……助けて!」
悲痛な叫びは誰にも届かずそう介は気を失った。




