不良少年、全力逃避①
ーーそこには『魔法使いがいる』と、まことしやかに囁かれている。
***
私立一ノ瀬学園。近隣屈指の進学校であり格式高い西洋の館のような校舎を持つこの学園は周囲からの羨望を集めていた。
通う学生たちもグレーの制服に威厳と誇りを纏い、新入生達もこれから始まる学園生活に期待に胸を膨らませ頬を上気させる様は初々しい。
早めに登校した学生が楽しそうに談笑しながら門をくぐっていく。
そこにひどく場違いな少年が現れた。
他の生徒と同じグレーのジャケットは前開きでその下に『喧嘩上等』と黄文字でプリントされた真っ赤なTシャツを着ている。鞄を肩に引っ提げ俯き加減であるため長い前髪が顔に影を作り、口元は不機嫌そうに弧を描いている。
そして何よりも目立つのがその髪だ。
春の柔らかな陽射しにきらめくそれは日本人にはありえない金色。
彼に気づいた生徒達が方々で小さな悲鳴を上げる。
『うわ、シノミヤだ!目を見るな!石にされるぞ!』
『えっ!?あいつメドューサだったの!?』
『喧嘩上等って書いてある!新年度そうそう喧嘩する気満々だ!』
『あれが一ノ瀬学園二大禁忌の一つか…。』
『二大禁忌?』
『先輩に聞いたんだけど、一ノ瀬学園には触れてはならない二大禁忌があるんだって』
『禁忌って人のことなの?』
『そう、禁忌は二人。一人は一ノ瀬学園理事長の姪。そしてもう一人があそこにいる金髪の柄の悪い人で名前は確か……。ヒッッィ…!』
新一年生らしき会話が聞こえた方へ視線を巡らせば噂話をしていた生徒達だけでなく周りにいた生徒も蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
(よしっ。今年も大丈夫だ!)
今日も皆から恐れられている。その事に安堵したそう介は意気揚々と新たなクラスに向かうのだった。
***
篠宮そう介はこの春高校二年生に進級した。
始業式。それはいつもと同じようで些細な変化を楽しむ日。
学年が上がりクラス替えが行われ一年の時とは違う顔ぶれに一喜一憂する日だ。
そう介にとっても特別な日であることに変わりなかった。
すでに一年の時に土台は整えた。後はいかにして積み上げてきたものを持続していくかが課題である。
そのため朝は早起きし、母お手製の朝食をしっかりと食べて、気合いを入れるために学ランの中に「喧嘩上等!」と黄文字でプリントされた真っ赤なTシャツを着た。最後に身だしなみをチェックして青いスニーカーの紐をきっちりと結ぶと「行ってきます!」と玄関を飛び出した。
家から学校まで徒歩で約一五分。その間に深呼吸を繰り返し、戦闘態勢を整える。 手提げ鞄を持った手を肩にかけ、もう片方の手をポケットに突っ込んで前傾姿勢をとれば完璧だ。
そう介は一ノ瀬学園で不良という地位を確実に築き上げていた。
ーーこの日までは。
***
「……じゃあ、次!篠宮くん、自己紹介を頼むよ」
異様な緊張をはらんだ空気の中、担任の声だけが場違いに明るい。
クラスメイト達が固唾を呑んで注目する中そう介はがたっと乱暴に椅子から立ち上がるとだんっと机に手をついた。その音に面白いぐらいに全員の肩がビクッとはねる。
「篠宮そう介。売られた喧嘩は全部買ってやる。俺が気にくわない奴は放課後屋上に来い。以上」
それだけ言うと腰を下ろし、腕を組んで目を瞑った。後は一切関わる気はないという意思表示だ。
「篠宮くんは元気ッ子だね。友達になりたい子は屋上に行くといいみたいだ。先生も行っちゃおうかな」
一人納得顔でうんうんと頷く原先生にそう介が怖くて誰も突っ込めない。今年新任の原政司先生は肝が座っているのか天然なのかそう介の牽制を斜め上に捉えてさくさくと続ける。
「次はっと、一ノ瀬さんお願いね」
「はい」と可憐な声で答え静かに立ち上がる様はまさしく牡丹か芍薬か。
そう介と原先生によって作られた微妙な空気を払拭する。クラス全員がそう介とは違う意味で注目した。
「一ノ瀬ゆかりです。趣味は研究。特技は実験。好きな科目は化学です。苦手科目はあえて言うなら現代文です」
自然に前で組まれた指がゆかりの上品さを語る。クラス、主に男子が内容などは右から左に聞き流し、ゆかりの容姿と声にうっとりとため息をつく。
「それと今年の目標は篠宮くんとお友達になって魔法使いさんか確かめることです」
そう言ってにっこり笑うとゆかりは立ったときと同様静かに着席した。
さすがのそう介も演技など忘れ隣の席に座るゆかりを唖然として振り返ればとても良い笑顔とぶつかった。
空耳だろうか。ゆかりの口から自分の名前が出てきた気が。その上友達になりたいだとか…。
いや、まさかとゆかりを凝視したまま自問自答を繰り返す。しかしクラス中の視線がゆかりとそう介をいったり来たりしているため答えは明白だ。
とどめのとどめにゆかりはそう介に向かって「これからよろしくね」とのたまった。
『お友達になりたい』が『モルモットにしたい』に聞こえる女とどう友達になればいいのだろう。そんなどうでもいいことを思うそう介だった。




