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ビスクの鎚  作者: 俄雨
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閑話

彼女は常に完璧だった。彼女の芯はいつもぶれる事なく、自分はこうあるべきなのだとがっちり固まった理想の淑女像を、常に鎧のように纏っている。纏っていると表現するのも正しくはないのかも知れない。彼女は常に淑女である。


彼女には好きなものがある。美しい花、甘い卵菓子、レースを編む事。正に淑女のお手本の如く、彼女はそれらを愛している。けれど、それが本心からなのかどうか、私には知る由もない。


彼女はいつも鑑賞され、賞賛された。彼女の為に恋に狂った男達が文を出し、邸に押しかけてくる者もちらほら見かけられた。彼女は申し訳なさそうにした。わたくしのせいで仕事が増えるわね、迷惑をかけているわ、と、家族を始め、周りの者に頭を下げた。けれど彼女は一度も、押しかけた者達を表立って嫌悪するような事はなかった。何かの折に顔を合わせた際、「ご遠慮下さいましね」とにっこり、無邪気に美しく微笑んでみせるのみであった。そうして自然と疎遠になるよう、その者が顔を出す会には出席する頻度を減らしていった。何故近頃はあまりおいでにならないのかと誰かに問われれば必ず、明確に理由を説明した。以前に我が家においでになった際、こちらにお迎えする支度が整っておりませんでしたので、合わせる顔がないのです。けれど、事前にお知らせ頂いていたならば、そのような非礼を働く事もありませんでしたのに。残念なことでございます。困ったように微笑んで、柔らかい口調で拒絶の意思を示していた。当然の結果として、彼女のために様々な集まりから不埒者が遠ざけられていった。


彼女はそういった、正しくない事に対して非常に容赦がなかった。物事の判断に個人の情を絡めるという事がなかった。やり過ぎるという事もなかった。一人で推し進め過ぎる事もなかった。時には周りに相談し、多様な意見を取り入れ、常に最善の落とし所を選択してみせた。きっと、何にも興味がなかったのだ。自分が焦がれられている事にも、他人が焦がれているという事実にも。もしかしたら諦めていたのかも知れない。自分が原因になる事も、仕方のない事だと思っていたのかも知れなかった。その、比類のない美しさ故に。


彼女はいつも超然としているように見えた。齢十八にして、全てを受け入れ、全てを諦めているのではないかと思っていた。けれど、彼女の完璧な淑女であろうとする意志だけは、まるで鋼のようだった。何度となく身体を壊しながら、それを嘆く素振りすら見せなかった。いたわしいと思う事すら不敬であると感じるほど、それが自然体であった。常に己の最善を尽くし、己に厳しくあった。けれど他人の度量に関しては、他人に迷惑のかからない限り、いっそ関心が無いと言えるほど寛容であった。私には彼女が分からなかった。彼女は己と、己の理想以外の何も必要としていないように見えた。


彼女はまるで陶器の人形のようだった。私は彼女に人間味を感じた事がない。花を愛でて微笑む姿も、レースの出来栄えに満足した笑顔も、いついかなる時も絶妙に計算され尽くした芸術品のごとく美しい。けれど彼女が、誰かから向けられる感情に大きく心を動かした所を、声を荒げる所を、私が側についてからは一度も見たことがなかった。もしかすると、身体の弱さが原因かも知れなかったが。


彼女が感情豊かになったなら、どれほど愛らしいのだろう。きっと、彼女の父も母も兄も、愛する彼女が淑女でなくなるのを望んでいるのだ。いつもゆったりと微笑んでいる彼女の心が、本当の意味で自由になれるように祈っている。勿論、私も。

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