後悔
お久しぶりです。
本編を投稿するのは1ヶ月振りくらいですね。
今後もこんな感じになりそうです。
ではでは
『1人? ……そっか。ねえ、私と一緒に来ない?少なくとも、君1人でいるよりもずっと生き残れる確率は上がるよ』
モノクロームの景色の中、1人の少女が1人の少年に話しかけていた。
『そっか、決まりだね。私の名前はアリス。君の名前は?』
少年は、弱々しく首を横に振った。
『えっ、名前、無いの?』
今度は縦に振った。
『じゃあ私がつけてあげる。これからは一緒に行動するんだから、名前がないと色々不便でしょ。……そうだねえ』
アリスは、キョロキョロと辺りを見回す。何か閃きを求めているのだろう。
『女の子に相応しい名前を……って、君男の子なの?! 随分と可愛らしいねえ』
少年はそう言われると、リスのように頬を膨らませた。さっきからずっと無表情だから心配だったのだが、きちんと感情表現はできるみたいだ。
『じゃあ、これにしよう!』
アリスは足下に落ちていた、鋼鉄の歯車を拾い、少年の前につきだした。
『ギア。格好いい名前でしょ?』
こくりと少年、否、ギアは頷いた。
それを見て満足げにアリスは笑い、すっと右手を差し出してきた。
『よろしくね、相棒!』
***
「アリスッ!」
そこでギアの意識が覚醒した。
隠れ家の食堂。現在はテーブルや椅子は全て取り払われ、応急処置室として使用されている。
「起きたか」
覚醒したギアを見て、ヒズミは一安心した。
「ここは?」
ギアの周囲には、一緒に出撃した仲間が横たわっていた。
呻き声や泣き声が所々で上がり、凄惨な光景だ。
「隠れ家の食堂」
「そうですか」
ギアの身体にも、傷口に薬が塗られていたり、包帯が巻かれたりして、満身創痍という表現がピッタリだが、それでも周りと比べたら軽傷の部類に入る。
「先の出撃で軍用車両は4台全て大破。4名が捕虜になった。怪我人も大勢出てる。死者も出た」
ヒズミは淡々と被害報告を始めた。それが何を意味しているのか、ギアは痛いほど分かっている。
「全部……僕の責任です」
ヒズミの撤退命令を無視し、作戦を継続した。その結果がこれだ。
「そうだ。お前が原因だ」
「捕虜になったのは誰ですか?」
やはりそれを訊くか。
「お前が知る必要はない」
言っておきながら、自分でも無理な事を言っているな、とヒズミは顔には出さず、心のなかで笑った。部隊長に"知る必要はない"なんて、無理じゃないか。
「何故です? 僕は部隊長ですよ。それに、今回の被害の原因を作ったのは僕です。捕虜になった仲間を知らなければ」
本当の事を言ったら、目の前の少年は単独ででもタクラカサム地区の基地に乗り込みに行くだろう。そんなことはさせてはならない。だから、教えてはならない。だが、教えなければならない。
「……アリスが見つからないんだ。恐らく……」
迷った末に、ヒズミは後者を選んだ。教えなければ、捕まった仲間達にあまりにも酷だ。まるで、最初からいなかったような扱いになってしまうのだから。
「え……」
「私より、イリヤに訊いたほうがいい。アリスと最後に会話をしたのはイリヤなんだ。もうじき戻ってくる。……それから、私は少しの間留守にする」
「え?」
「他の反政府組織から連携の誘いが入ったんだ。我々はこんな運命を強いた大人達に復讐し、真の自由を手に入れる。向こうは圧政を打破し、全ての民が平等に暮らせる社会を作る……最終目的は違えど、敵は同じだ。協力に値するかどうか見極めてくる。ああ、勿論、自分達が兵器だとは言わない。信じてくれないだろうし。留守中はイリヤが指揮官になる」
それだけ言うと、ヒズミは他の隊員に声をかけに歩いていった。おそらく、護衛に付かせるのだろう。
「あああああああああああああああ」
壊れた玩具のように呻き声を上げ、頭を抱える。
ヒズミが立ち去った瞬間に、己の勝手な行動に対する自責の念が襲いかかり、蹂躙する。
あの時、ちゃんと逃げの作戦を立てていれば……。
血が滲むほど強く、自分の唇を噛み締めた。
ギアという個体は、最前線での作戦立案に特化されていて、他の機械化兵士とは一線を画している。
ギアに搭載されている特殊装備は、"IPAPエンジン"。
これは、衛生でのデメリットを踏まえ、"あえて高価な装備を少数の機械化兵士に搭載させる"という考えの下に開発された装備だ。ギアの他にも何体か実装されている。
IPAPエンジンは、情報処理能力を爆発的に高める補助装置で、これも脳に埋め込むタイプの物だ。脳は、五感で得た情報を別々の場所で処理し、情報を纏めている。IPAPエンジンは、処理と纏めの補助を担っていて、脳のありとあらゆる場所に埋め込まれている。蒼海蒼空の彼方の中で、最も機械に近い存在だ。
高次での情報処理能力。一見すると、攻撃的な方向で多用されると思われがちだが、むしろ防御的な方面でこそ真髄を発揮する。
作戦を継続できずやむなく撤退する場合に、仲間を最も安全で効率の良い方法を考えさせてこその力なのだ。
この能力は、グラジオラス軍の受ける被害を最小限に抑えるために与えられた、防御システム。矛ではなく、盾。
「……行かなきゃ」
仲間を、助ける。
それが本当の力なのだから。
「IPAPエンジンを起動」
と短く低い声で呟くと、耳の奥で電子音が鳴り始める。
実際には鳴っていないのだが、一次聴覚野と呼ばれる、聴覚を司る部位に埋め込まれているIPAPエンジンが原因で、鳴っているかのような錯覚になるのだ。戦闘には直接関わらないし、意識しなければ気にならない程度の音だ。しかし、集中しているときだと、中々にこの音は辛かったりする。
「身体の損傷を数値化。直前の戦闘を解析」
ギアの視界が、数字の海に沈む。
ヒズミ達第一世代の衛生の応用技術だ。
「単機で乗り込んだ場合の作戦成功率を計算。……3パーセント、か。……これを基に、最も安全かつ効率的な作戦を立案」
――目の奥が熱い。頭痛もする。
ギアは苦痛に顔を歪めた。覚醒してからすぐにIPAPエンジンを起動するのは、脳にかなりの負担がかかる。ましてや、思考超加速を少し前に使用していたのだから、尚更だ。
「……構築完了。日付が変わったら出発しよう」
装備を用意しなければと、立ち上がろうとした。
が、
「――ッ!」
そこでようやく、自分が両足を手錠で拘束されている事に気付く。
それも機械化兵士用の物だ。無理矢理引き裂こうとすると、強力な電流が身体に流れる。特に、脳内にIPAPエンジンを搭載しているギアには電流は危険だ。過剰な電流が流れるとIPAPエンジンが故障する可能性がある。脳と深く関わっているため、故障すれば命に直結する。一応安全装置は用意されているが、特殊な装置がないとメンテナンスも行えないような代物だ。正常に安全装置が作動するとは思えない。
「クソっ!」
拳を思い切り床に打ち付ける。
本気の拳は、食堂の床がめり込むほどの威力があった。
手は骨折することもなく、ただ痛いだけだった。普通なら床などめり込まないし、そんなことをすれば骨折するに決まっている。しかし、肉体を改造されれば簡単にはそんなことは起きない。
「っ、うぁぁぁ……」
それが悲しくて、何で自分達だけがこんな思いをしなければならないのかと悔しくて、ギアは肩を抱きながら泣いた。
「どうした?」
泣いているギアに声をかけたのは、レノだった。
「主任……さん?」
愛用の白衣は血やオイルで汚れ、金髪はボサボサになっていた。目の下には大きな隈ができていて、疲れきっているのは誰が見てもわかるほどだ。
「隣、座るぞ」
返事を待たずにギアの隣に座るレノ。ふぅー、と深い溜め息を吐いてから、
「まあ、どうしてお前が泣いてるのかなんて言わなくても分かるさ。……あんまり泣くな、後で腫れて折角の可愛い顔が台無しになるぞ」
人差し指を丸めて、ギアの目元に溜まった雫を拭う。
「また性別を間違えてる……」
「アリスを助けに行きたいんだろ?」
急に、真面目な顔になった。
「うん」
こくり、と力強く頷くギア。
もしかしたら、レノは協力してくれるかもしれない。
銃の点検、装備品の管理は全て装開班が行っている。勿論、鍵もヒズミの他にはレノが持っている。もしかしたら……。
だが、レノの反応は違った。
「……止めろ」
唸るかのような声音で、レノはギアを睨み付けた。
「え……」
「これ以上戦力を減らせない。今、お前が出撃してもアリスは助けられない。死ににいくような真似は絶対にさせない」
「それじゃあッ!」
「会長が救出作戦を考えている。大丈夫だ、俺達は軍隊じゃない。仲間を見棄てたりはしない」
そう言って、ギアを抱き締めた。
「えっ! ちょっと何を……!」
突然の事に、ギアは撹乱する。
とうとう見境なく襲うようになったか。アリス以外にこんなことはさせない。と、必死になって抵抗したら、レノが耳元で、
「落ち着け。お前、監視されているんだぞ」
「ッ!」
「そんな中で解錠できるか……ほれ」
素早く、白衣のポケットから手錠の鍵を出し、布団の中に押し込んだ。
「23時30分。車庫に来い」
「うん」
「絶対に連れ戻してこい」
力強く、レノは言った。
「お前がやろうとしていることは、限りなく不可能な事だ。だがな、大好きな奴の為なら、不可能だって乗り越えられる。捕虜になった他の3人も引き連れて、戻ってこい」
じゃあな、と言って立ち上がった。
「待って」
その裾を、ギアは握った。
「どうした? 忙しいから手短にな」
「どうして……」
これだけは聞いておかねば。
「言わなくても分かるよ」
ふっ、とレノが柔らかい笑みを浮かべる。
「俺は昔、ダチを助けられなかったんだ。死ぬほど後悔してる。丁度、今のお前みたいな感じだった。だから、お前にはそんな思いを引き摺ってほしくない。それだけだ」
今度こそ立ち去っていった。
「……ありがとう」
その背中に、ギアは精一杯の感謝を伝えた。