猟犬2
「はぁ……」
あの後5時間程度尋問を続けたが、一向に口を開けようとはしなかった。
自白剤を使う手もあるが、それは最後の手段で使いたい。これ以上傷をつけたく無いのだ。
口を割らないアリスに、これ以上の時間を費やすのは無駄と判断し、今日の活動を終了した。
明日は別の隊員を尋問する予定だ。
猟犬は全員同じの大部屋をあてがわれている。必要以上の一般兵士との接触を避けるためだろう。
20畳程の広さで、普段は幹部のラウンジとして利用されている。
寝泊まりするだけの部屋のため、急遽容易されたことが丸分かりの簡易ベッドが10個、乱雑に設置されている。
部屋にいるのは男5人。皆、雑談をしたり読書をしたりと思い思いの時間を過ごしている。女性隊員がいないのは、現在入浴をしているからだ。軍の基地とはいえ、全員が男というわけではない。入浴施設だって勿論ある。ただ、直接戦闘に関係が無いため、最も適当に造られている施設の1つと言えるだろう。
コスト削減のため、風呂場は男女が共用(勿論時間をずらしている)となっている。
入浴時間も、他の隊員との接触を避けるためにずらしている。現在一般の兵士は屋外での訓練中で、非戦闘員以外は全員出払っている。
「隊長? どうしたんです?」
部屋着くなり溜息を吐くカルミアを少し心配に思い、アンズが声をかけてきた。
騒がしい奴だが、人1倍気の利くこの部下を、カルミアはとても可愛がっている。
「……いや、なんでもない」
グラジオラス軍最強の特殊部隊の部隊長なのだからと、カルミアは部下に弱い面を見せないようにと、これまで努力してきた。
だが、カルミアとて同族と戦う事に抵抗はある。
敵だが、自分達は身内だ。仲間ではないが、それでも痛めつけられている姿を見るのは辛い。
「例の捕虜達ですか?」
まあ、悩みの種といったらそれしかないか。
「……ああ」
今回ばかりはしょうがない。アンズに相談相手になってもらおう。そうしなければ、この先ずっと悩み続けてしまうだろうから。カルミアは、直感的にそう感じた。
「珍しいですね。隊長が困りごとを隊員に漏らすなんて」
「困ってる訳じゃ無い。ただ……」
「ただ?」
「悩んでいるんだ」
カルミアは、尋問中自分が考えたこと、感じたことなどを全て、アンズに打ち明けた。
隊長失格だな。そう思ったのは、洗いざらい話終えた後だった。
「まあ隊長が悩んじゃう気持ちもわからなくは無いですよ」
アンズは、一言一句考えながらゆっくりと話始める。
「同族殺しなんて初めての事ですもんね」
「ああ。俺達は人間じゃない、兵器だ。それは蒼海蒼空の彼方も同じだ。人を葬るのは馴れているが、同族を殺したこは無い。兵器がそういったことに躊躇いを持つのはタブーだが……」
「隊長はそれに拒絶反応が起きる、ですか」
「根は人間なんだ。人でもなく、兵器にもなり損ねた。どっち付かずの出来損ないだ」
誰にも聞き取れない程小さな嘆息を洩らした。
こんな事で悩むのは俺ぐらいだろうな……。
「僕はその現場に立ち会ってないから何とも言えませんが。隊長はーー」
と言った直後に
「あ~。良いお湯だった~」
カラー達女性隊員が風呂から帰還してきた。
パジャマを着た彼女らは、普段着ている防弾スーツとのギャップもあって扇情的だ。
「あ、珍しい組み合わせだ」
カラーと一緒に歩いていたジニアが、物珍しげな物を見たとでも言いたげな顔をする。
確かにカルミアとアンズの組み合わせは珍しいかもしれない。
カルミアは普段、1人で読書をすることが多く、アンズは誰かしらと喋っていることが多い。
そんな2人が会話をしているのはかなり珍しい。
「まあ、ちょっとね。……じゃあ隊長」
「ん?」
「ここで話すのもなんですし、ちょっと外に行きましょう」
***
「えぇ? ここの機械化兵士と面会したい?」
アンズとカルミアは現在、指令室にいる。
勿論モンクシュッドが目当てだ。
「ああ。蒼海蒼空の彼方の掃討作戦で、最悪ここの機械化兵士との連携をとるかもだからな。意志疎通は大切だ」
アンズはそう言って、地下の機械化兵士が収用されている部屋の解錠……正確には、機械化兵士の収用されている部屋への唯一の移動方法である、エレベーターのロックを解除するように要求してきた。
機械化兵士は、出撃以外は地下施設で待機している。
カルミアは、突然機械化兵士と面会をするということの意図が読めず、完全に置いてきぼりだった。
「いや……しかしな……」
モンクシュッドは違和を感じた。
猟犬は、僅か10人しかいないがグラジオラス最強の特殊部隊だ。
目の前の少年達は、実力に見合う高いプライドを持っている。万が一の事があってもここの機械化兵士に頼るような真似はしないはずだ。
「いいだろ? 別にどうしようって訳じゃ無いんだ」
モンクシュッドは逡巡した。目の前にいるのは兵器であり、人間じゃない。つまり、我々人間の考え方とは異なり、いつ何をしでかすかわからないのだ。そんな奴等を火薬庫に妄りに近付けて良いものか?
「……いいだろう。ただし、俺も同行する。それと、時間は5分に限定する」
数分間の空白の後、モンクシュッドは渋々折れた。
目的はわからないが、大したことはしないだろう。ヘソを曲げられても困る。大人しく許可しておいたほうが吉だ。
それに、モンクシュッドが許可しなくても、アンズは別の幹部を脅すだろう。
舌打ちをしたモンクシュッドを見て、アンズは満足した笑みを浮かべ、
「オーケー、交渉成立だな」
と言った。
***
「ところで」
地下へと向かうエレベーターの中で、ずっと疑問に思っていた事を解消しようとアンズに話しかける。
「なんです?」
「挨拶をしに行くなんて嘘だろ? 猟犬だけで充分だっていうのは皆思ってる」
アンズはニッと笑い、小さく溜息を吐いた。
「ええ。逆に質問、いいですか?」
「ああ」
「隊長は、最初から猟犬に配属される事を前提に造られましたよね?」
「そうだが」
「ありがとうございます。……ここですね」
チン、と軽快な音と同時にエレベーターの両扉が左右にスライドする。
「これは……!」
目前に広がる光景に、カルミアは息を呑んだ。
鋼鉄の鉄格子が左右に組み込まれ、その中にカルミアやアンズとさほど年の離れていない少年少女が座り込んでいた。中には10歳前後の子もいる。
「鉄格子には触れないほうがいいですよ」
無意識のうちに、カルミアは鉄格子に手を伸ばしていた。
「逃走防止のために、鉄格子には高圧電流を流してあります。機械化兵士と言えど、触れたらただじゃすみませんよ」
そう言われ、慌てて手を引っ込める。
「知ってましたか? 僕らみたいな特殊部隊が、いかに優遇されているか」
檻の中の兵士達の目は、皆濁りきっていた。
――知らなかった。
自分達猟犬が、普通よりも優遇されていることは前から知っていた。
特殊部隊以外の機械化兵士の扱いが酷いとはいえ、ここまでの扱いをうけているとは微塵も思いもよらなかった。
「隊長。貴方は確かに強く、リーダーとしての器もある……ですが」
と、アンズはここで一旦言葉を区切り、カルミアの前に立つ。
口の端を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべる。
しかし、目は据わっておりカルミアを蔑んでいるようだ。
「貴方は優しすぎる」
その言葉は、カルミアの心臓を鷲掴みにした。
「な……なんだって……」
「室内でのお話もそうでしたが、貴方は機械化兵士としての自覚が足りません。同族? 関係ないですよ。貴方の敵は何ですか? 我々の存在意義は、皇帝陛下のご命令に従い、与えられた任務を確実にこなすことです。同情なんて、兵器には一切合切不要な感情です」
そしてまた一旦言葉を区切り、鉄格子に向かって唾を吐いた。
それは見事に命中し、バチバチッ、と小さなスパークを発生させ小さな黒煙を上げる。
「これ以上傷付けたくない? 何をバカな事を。彼らよりもずっと良い扱いをうけている以上、我が儘言ってる暇なんてないんですよ?」
「で……でもお前、さっきわからなくもないって……」
「ええ。確かに言いましたね。けど、本当は呆れてましたよ」
「アンズ……お前は肉親ですら殺せるのかッ?!」
「できますよ。それが国の為になるのなら、今ここで証明しましょうか?」
と、腰の鞘から大型のコンバットナイフを取り出してきた。
薄暗い電球の下で、ナイフの刃が黒光りしている。
よくみると、柄の部分にはバイクのブレーキのようなトリガーが取り付けられている。アンズがナイフを持つ右手に力を込めると、刃が僅かにだが振動している。機械化兵士であるカルミアだからこそ聞き取れる、超音波じみた高音域の音も刃から発生している。
――改良型HFOブレード。
従来のHFOブレードは、技術的な観点から常時振動が発生してしまう欠点があった。振動発生装置に制御機構を取り付けると、大型になってしまい実戦では使えないからだ。
そのため、HFOブレードは鞘に納めることが出来なかった。鞘を切断してしまうからだ。
改良型HFOブレードは、振動発生装置の小型化に成功し、制御機構を従来のコンバットナイフに組み込めたのだ。
トリガーを引いている時だけ振動を発生させ、離すと振動が止まる。従来のHFOブレードと比較すると非常に使いやすくなっていて好評だ。
ただし量産には不向きで、本隊を中心に特殊部隊や、海兵隊。本隊の陸軍で少しずつ配備されている。タクラカサム地区は本隊から遠く、また工業特化地区であるが大量の機械化兵士が配備されているため、改良型HFOブレードの支給はまだまだ先の話となっている。
「時間だ!戻るぞ!」
殺し合いに発展しかけたところで、モンクシュッドが大きな声で2人を制止した。彼の怒声は抑制効果が強く、不意を突かれて叫ばれると機械化兵士でも一瞬怯む程だ。
それで我に返ったのか、アンズはハッと息を呑み、
「すみません……」
とか細い声で謝ってきた。
「い……いや……」
カルミアも、どこか上の空で感情の入っていない空虚な返事をするので精一杯だった。
「ごめんなさい……血が昇って……営倉にぶちこんでください」
「いい。気にするな……戻ろう、な」
カルミアはそう答えるので精一杯だった。
アンズが豹変した理由がわからない。
俺のこの感情は間違っているのか? 時には同族をも切り捨てなければいけないのか?
カルミアは、深い闇の中に堕ちていくかのような錯覚を感じた。