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猟犬

中途半端な日にですが、完成したので投稿します。

今回は少しばかり汚いですが、ご了承下さいな。

タクラカサム地区での戦闘から1日、グラジオラスは蒼海蒼空の彼方の掃討を開始することを決定した。

機械化兵士は機密情報のため、表向きはテロリストの壊滅作戦となっている。

グラジオラスという国家を敵にした、勝ち目の無い戦いだ。


***


グラジオラス軍の新型の航空輸送機、『AC96』に、10名の機械化兵士が無言で座席に座っている。

全身を漆黒の防弾スーツで覆っているのはタクラカサム地区の機械化兵士と変わらないのだが、彼らはタクラカサムの機械化兵士ではない。グラジオラス軍の本隊から派遣された、機械化兵士のみで構成された特殊部隊、『猟犬(ハウンド)』だ。彼らは、他の機械化兵士との差別化を図るため、防弾スーツの背中には犬の髑髏(ハウンドスカル)がプリントされていたり、犬の髑髏を模したフェイスガードで顔面を保護している。


「しっかし……」

隊員の1人が口を開いたので、皆一斉にそこに顔を向ける。


「タクラカサムは何も無いところだねぇ……」

沈黙を破ったのは、猟犬ハウンドのムードメーカーであるアンズだった。

作戦行動中は猟犬の髑髏ハウンドスカルを装着する規定があるにも関わらず、1人だけそれを破る問題児で、猟犬(ハウンド)の隊員の手を焼かせている。ブロンドの髪をスポーツ刈りにした、兵器らしさが微塵も感じられない少年だ。


「工業特化地区だからね。仕方ないよ」

アンズの言葉に最初に反応したのは、女性隊員のカラーだ。

長い黒色のツインテールが自慢の美少女だが、猟犬の髑髏ハウンドスカルで顔面を保護しているため、不気味な見た目をしている。


「アンズ、黙れ。カラー、お前はまだその長い髪を切っていないのか?」

雑談を始めた2人を一喝したのは、猟犬ハウンドの部隊長であるカルミアだ。

猟犬ハウンド最年長である18歳で、猟犬ハウンドでトップクラスの戦闘技術を保有している。

低音のハスキーボイスは軍人でも怯む程の気迫がある。現に、アンズとカラーは1発で黙り込んだ。


「もう間も無く着陸する。雑談は着いてからにしろ」


***


AC96から降りると、外の熱気が猟犬ハウンド達を包み込んだ。

しかし、彼らは顔色1つ変えずに滑走路を横断し基地へと向かう。

雲1つない見事な快晴だ。蒼空とは、こういう空のことなのだろう。滑走路には、いかにも軍用といった航空機が何台も頓挫していて、それだけでも心強い気持ちになってくる。


「よぉ」

途中、猟犬(ハウンド)一味は横から声をかけられた。

皆がそれを無視するなか、カルミアは一応目を向ける。

声音からして、明らかに自分達に喧嘩を売ってきているのだろう。


「あんたらまだ子供だろ? ここはお子様が来るとこじゃないぜ」

周りから下衆な笑いが飛ぶ。

見ると、油を売ってきた男の他にも数名の兵士が猟犬(ハウンド)を取り囲んでいた。

男達はただの生身の兵士で、機械化兵士の存在など知っているわけがない。機械化兵士の存在を知るのは、一部の軍の幹部と皇帝、そして各政党のトップだけだ。


カルミアは、目の前の野郎共は自分達よりも格下で相手にする必要はないと判断し、無視を決め込んで先に進んだ。が、


「何無視してんだよ」

男に肩を捕まれ、強引に引き戻される。

カルミアを先頭に1列に並んで歩いていたため、後ろの機械化兵士とぶつかる。


「隊長」

アンズがカルミアの隣に立つ。

格闘戦ならば、アンズもカルミア程ではないにしろ非常に強い。

が、カルミアはアンズを手で制し、1歩前へ進み出る。


「邪魔だ。失せろ」

例のハスキーボイスで、目の前の男を威嚇する。

案の定、男は一瞬怯み1歩後ろへ下がったが、年下相手に喧嘩を売ったので後には引けなくなったのか、


「ああ? 聞こえねぇなぁ。小鳥でも鳴いたのか?」

と、カルミアの猟犬の髑髏ハウンドスカルに唾を吐いた。

超至近距離だったため、流石のカルミアも避けられずぐちゃり、と不快な音がなる。


それにはカルミアも我慢がならなかったのか、全力で男の顔面を殴った。

鈍い音が響き、男は鼻血を噴射しながら真後ろに倒れる。


「おい」

それでも気が済まないのか昏倒している男の胸ぐらを掴み、無理矢理立ち上がらせる。


「す……すまない……や、やめてくれ……」

虫の羽音のように小さな声で懇願するも、頭に血が上ったカルミアには聞こえない。かわりに、


「ああ? 聞こえねぇなぁ。小鳥でも鳴いたのか?」

と、男の台詞を真似て右フックを放った。

ごすり、と痛々しい打撃音が腹の底に響く。

それでようやく周りの男達も動きだし、カルミアに集団で襲いかかる。


「お前たち! 何をやっている!」

男達がカルミアに飛びかかろうとした直前に、その場にいた全員が怒声を浴びせられた。


「行くぞ」

だが、猟犬(ハウンド)達は、それを無視して基地へと再び歩きだす。


「いいんですか隊長。司令官を無視しても」

怒声を発したのはモンクシュッドだった。

セロシアが現在、本隊で作戦立案の会議に参加しているため、モンクシュッドが変わりに基地の司令官を務めている。

作戦立案の内容は当然、これから始まる侵略戦争についてであり、蒼海蒼空の彼方の掃討作戦についてではない。


「放っておけ。俺たちは皇帝陛下のご命令にしか従わない。時間の無駄だ」


「了解しました」


「おい。待ちなさい」

だが、モンクシュッドは彼らを引き留めた。

モンクシュッドは機械化兵士について当然知っており、彼らが自分よりも遥かに強く、そして自分の命令に従うわけがないことは重々承知している。

機械化兵士はグラジオラス軍の中で、最も扱いが悪い。初年兵のほうが態度が大きくとれるほどだ。

だが、猟犬(ハウンド)はグラジオラス軍の中でもトップクラスの強さを誇る精鋭で、全員が最低でも少尉以上の扱いを受けている。

その他に、猟犬(ハウンド)を独占し軍の幹部が反逆を企てるのを防止するため、皇帝の命令以外は従わないように教育されている。


だがそれ以外の機械化兵士は基本的に、出撃以外は地下の牢獄に近い空間で監禁されている。上官の命令は絶対で、逆らおうものならすぐに初期化(リセット)される。


初期化(リセット)とは、命令をきかなくなったり精神的な疾病を患った場合に行われる処置の1つだ。

通常の機械化兵士は、肉体以外はもとのままであり精神面は年相応だ。戦場で過剰なストレスを受けると、精神病に罹患することも多々ある。

もし、そうなった場合は、洗脳教育や薬物投与を施し機械化兵士の感情を欠落させる。

そうするとどうなるか? 完璧なる殺人兵器(キラーウェポン)へと変貌する。それはある意味、機械化兵士の究極形体。本当の軍神といえるだろう。

しかし、それには大きなリスクを伴う。

洗脳教育や薬物投与を行い感情を欠落させようとした場合、高確率で廃人と成り果てる。全ての機械化兵士に初期化(リセット)を行わないのは、リスクを恐れているためであり、使い物にならなくなった機械化兵士は都合の良い実験材料というわけだ。


猟犬(ハウンド)は階級こそモンクシュッドよりも下だが、彼らにとって階級はあって無いようなものだ。

彼らを引き留めるには、たとえ基地指令官だとしても、それなりの価値がないとできないのだ。


「尋問を頼みたい。頼まれてくれるか?」

猟犬(ハウンド)は、あらゆることに精通したエキスパートだ。尋問や拷問も心得ている。


「ああ? てめえの命令には従わねぇよ」

カルミアはモンクシュッドを一瞥し、歩きだす。

さっきから時間をとられてばかりだ。早く基地にはいり武器の点検をしたい。


「だが……、尋問するのは蒼海蒼空の彼方の構成員だぞ」

その言葉を聞いた瞬間、カルミアの目の色が変化した。

それもそのはず、猟犬(ハウンド)は蒼海蒼空の彼方の壊滅作戦の主力部隊としてタクラカサム地区に派遣されたのだ。

蒼海蒼空の彼方の拠点がわからないのにも関わらず、猟犬(ハウンド)を本隊から派遣したのは、タクラカサム地区の基地に蒼海蒼空の彼方の構成員が監禁されているからなのだ。


「すぐに行く。案内してくれ」


***


案内されたのは、基地の地下5階。営倉や拷問部屋があるフロアだった。

鋼鉄でできた強固な扉が薄暗い廊下に無数に取り付けられている。鉄の臭いがするのは血がここでは流されているからか。あるいは、扉のせいなのか。恐らく、両方だろう。何故ならば、廊下には所々に血痕があったからだ。


「捕らえた機械化兵士兵士は4体。女と男がそれぞれ2体ずつだ」

収用されている部屋に向かう途中、モンクシュッドからそう説明を受けた。

猟犬(ハウンド)の部下は全員、先に居住区画へ向かわせた。尋問を行うのは、カルミアだけだ。

薄暗く、肌寒い廊下に2つの軍靴の音が反響する。


「これまでの成果は?」


「誰も口を開こうとしない。機械化兵士の存在自体が秘密だからな。拷問を行えるのが幹部しかいないんだ」

無能共め。実戦もせずに出世したから尋問したこともないだけだろ。カルミアは心の中で毒づいた。

グラジオラス軍の幹部になるには、家柄が非常に重要になってくる。古くから軍の高官や政治家として名を挙げていないと幹部には絶対になれない。逆に言うと、家がそういった家系というだけで早く出世ができるのだ。

機械化兵士のカルミアには関係が無いが、グラジオラスはこの腐った制度を改革しないと、すぐに取り返しのつかないことになるだろう。


「……この部屋だ」

案内されたのは、最も奥の部屋だった。

鋼鉄でできた扉は他の部屋と同じなのだが、この扉は他の扉よりも数cmほど分厚く感じる。

常人離れした力を保有する兵器なのだから、万全を期して扉を頑丈な物にするのは当然の判断と言えるか。


「モンクシュッドだ。開けてくれ」

扉を平手で叩きながら、中の幹部を呼び出す。

錆びて立て付けが悪くなっているのだろう。金属同士が擦れ合う嫌な音を鳴り響かせながら控え目に開けられた。


「やっと来たか。俺は休憩させてもらうぞ」

中で尋問を行っていたのはウィットロッキアナだった。相変わらず、年齢からは想像できないほど張りのある声をしている。


「久しぶりだな。カルミア」

ウィットロッキアナは、カルミアを見ると懐かしそうに目を細めた。最後に会ったのが3年前だっただろうか?

3年前から何も変わっておらず、少し驚いた。


「まだ逝ってなかったか。邪魔くせぇ」

ウィットロッキアナの挨拶を罵倒で返し、さっさと室内に入る。

8畳程の殺風景な部屋に、1人の少女が拘束されている。

室内は、嗅いだことも無いような臭気で満ちていた。


「おい。この部屋、臭わないか?」

と、モンクシュッドに訴えた。

我慢できる臭いだが、長時間この場にいるのは苦痛だ。

モンクシュッドは眼鏡を利き手である左手で位置を直しながら、


「我慢しろ。それと、カルミアは少しデリカシーを持て」

と、一蹴された。

少女は鉄製の冷たそうな椅子に、両手両足を縛られ座らされている。栄養不足で死亡しないよう腕には注射針が刺され、点滴器具と繋がっている。顔は呼吸器で一部が隠れていて、全体を見ることはできないが、整った顔立ちだという印象をカルミアに与えた。兵器でなければ、今頃男達の欲望の捌け口にされていただろう。


「名前は?」


「本隊のデータベースにアクセスした。アリスだ」


「そうか」

そう言って、アリスの対面の座席に座る。

アリスとは、机を挟んでの会話になる。


「気分はどうだ?」

とりあえず、体調を訊こう。

十中八九、返事は返ってこないだろうが。


「……」

案の定、アリスは黙秘を通した。

まあ、そんなことはどうでもいい。

それよりも、


「酷い格好だな……」

機械化兵士の強力な力を抑えるため、アリスの両手両足は頑丈そうな鎖で幾重にも椅子と固定されていた。

呼吸器を装着しているのは、筋弛緩剤を投与されたからだろう。

筋弛緩剤は、骨格筋を弛ませて自力では動かせなくする劇薬で、機械化兵士を拘束するのに最適な薬だ。

但し、自力で呼吸もできなくなるため、こうして呼吸器を装着させないといけない。服はボロボロで、半裸といっても過言ではない。兵器とはいえ、これが少女にさせる格好か。


「ん……?」

長引くと思い、少し楽な体勢をとろうと足を前に出したら、何か水を踏んだかのような感触があった。

下を見ると、机の脚部が黄色い水で濡れている。視線を少し前に移すと、それはアリスの足下に溜まった水溜まりから流れたら液体だった。

それでようやく、この部屋の臭気が何かを理解した。


筋弛緩剤を投与されると、自力では動けなくなる。

定期的にトイレに連れていくが、筋弛緩剤のせいで動けない。幹部どもは、アリスをトイレまで抱えるのが面倒で、垂れ流しにさせているのだろう。


クソ、なにがデリカシーが足りない、だ。

兵器とはいえ、根本的には人間だ。こんなことが許されるのか?

自分が蒼海蒼空の彼方の構成員だったら、逆の場合だって十分にあり得るのだ。敵ではあるが、それ以前に同族だ。カルミアは激しい憤りを感じた。

皇帝陛下に歯向かう者は皆敵だ。

敵を駆逐するのが俺達の役目であり、そのために生み出されたのだ。だが、俺達はこんな人生で良いのか?

もっと、普通の子供として、もしかしたら学校やどこかで出会えたんじゃないだろうか? 軍の施設や戦場で、血にまみれて銃口を向け合わずに。


わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。


頭では、機械化兵士として使役される人生が正しいと考えていて、心がそれを否定している。

これ以上考えないよう、尋問を再開した。

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