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夜明けの咆哮

「こんなものかな」

通常分解されたHG01のバレル内部にこびりついたガスのカスや鉛の汚れを、拾い集めた新聞紙で丁寧に取り除き、ガンオイルを塗り直しもう一度組み立て直す時には、日が傾きかけていた。


「あ、やばい」

アリスが既に全員に連絡を行き渡らせただろう。

作戦開始直前に、隊長(ギア)がブリーフィングをすることが規則となっている。

隠れ家(シェルター)に『会議室』が設けられていて、そこで各班、各部隊は会議を行っている。


隠れ家(シェルター)(はじめ)、これらの設備を調えたのも全て、蒼海蒼空の彼方(あおのかなた)後方支援(バックアップ)の、『装備開発班』ーー通称『裝開班』の仕事だ。

50名で構成されているこの部隊は、前線部隊の個人携行火器の整備や、全隊員の身体検査メディカルチェック、車輌の点検も行っている、前線部隊の次に大規模な班である。


もともと裝開班は、グラジオラス軍の装備開発部門に配属する予定で製造された機械化兵士で、戦闘面では機械化兵士の中では断トツで弱いのだ。

そういう点もあり、裝開班は基本的には戦場へ出撃しない。

もし彼らが出撃するとしたら、それは拠点防衛の時のみである。


その裝開班に、点検済みの車輌数の確認もとらねばならない。

ヒズミが出す出撃命令は突発的に下されるので非常に忙しくなる。

確認を終えたら今度は、前線部隊員が会議室に集まっているだろうから、作戦概要を説明した後に部隊の編成をしなければならない。

出発が午前3時だから、今日は一睡もできないかもしれない。


機械化兵士として改造してあるため、睡眠は1週間に1度とれば充分活動できるようになっている。

イルカの睡眠方法である『半球睡眠』を応用した技術で、脳の片方だけを交互に休める事で、目を閉じ横にならなくても睡眠を行えるよう調整されている。

グラジオラス軍が、いかに機械化兵士を兵器としてしか見ていないことがうかがい知れる。


一応人並みの睡眠もとれるが、彼らにとっては娯楽の1つとしてしか見ていない。楽しみの少ない彼らにとって、睡眠は貴重な癒しの時間だ。


「もしもし、主任さん」

銃のメンテナンス用品が散乱した机の上に置いてある、小型のトランシーバーを起動する。

小さな雑音が走った後、もしもし。という返事が返ってきた。


「ギアです」


《おお、ギアちゃんか》

相手は裝開班の責任者である、レノだ。

浅黒い肌。身長も高く、髪を金色に染めているその姿は、いわゆる『チャラ男』という言葉を体現したかのような男だ。

武器、車輌、設備の現場監督兼指揮官をしており、皆から『主任』と呼ばれている。


「"ちゃん"付けは止めてください。それより……」


《ああ、軍用車輌(ハンヴィー)ね。点検が完了しているのは5台、残りは前回の戦闘で酷く痛めつけられたから当分は使えないよ》

ギアがレノに連絡をよこす時は、ほとんど車輌関連だ。

それを分かっていて、レノもすぐに使える軍用車輌(ハンヴィー)の台数を教えてくれる。


蒼海蒼空の彼方(あおのかなた)が保有している輸送機は、この軍用車輌(ハンヴィー)のみで、13台という数少ない台数でどうにか戦場へ兵員を送り届けている。今回のように、前回の戦闘の被害を受けたまま出撃することも多く、全台数を投入したことは1度もない。


「わかりました。ありがとうございます」

そう言うと、一方的に通信をを切断した。

ギアが何度も、「自分は男だ」と言っているのにも関わらず、しつこく口説きにかかってくる。今回も、用件が済んだらさっさと切らないとしつこく誘ってくるだろう。


車輌の確認が済むと、今度はベッドの隣に鎮座している、大きめのクローゼットの扉を開く。

僅かながらホコリの臭いがギアの鼻腔をくすぐる。

中には、黒色の学ランがところ狭しとハンガーに掛けられていた。


蒼海蒼空の彼方の戦闘服は、女子がセーラー。男子が学ランと決められている。これもまた、ヒズミが好きなアニメの影響だ。

ただ、学ランとセーラー服は迷彩効果が絶望的に無く、市街地や荒野に限定されているが。


汗で湿ったシャツを脱ぎ捨て、素肌の上に学ランを着る。動きやすいよう素材には配慮されているが、夏場に学ランを着るというのは流石に機械化兵士でも堪える。

半ズボンも脱ぎ、学ランとセットのスラックスを履き、HG01に合わせたサイズのホルスターを装着する。

秘匿性を高めるために、学ランの裾は長めに縫製されているが、ギアにとって、これはただ単に動きにくいだけだ。

メンテナンスしたてのHG01をそのホルスターに納め、弾丸を装填しおえたマガジン3つを上着のポケットの中に突っ込み、会議室へ行くために部屋を出る。


***


「あー、めんどくさいー!」

ギアが準備を整えていた同時刻、アリスは前線部隊に出撃が決まったことを伝えに走っていた。

この時間帯だと、浜辺で近接戦闘の訓練中だろう。

軍用車輌(ハンヴィー)に限りがあるため、部隊の全員が一斉に出撃するわけではないのだが、こうして全員を捜して回っている。……腰にトランシーバーを提げていることに全く気付かぬまま。


「もう! ギアだって誰を出撃させるのかくらい考えてるんだから、その人達だけ集めさせればいいじゃん!」

グラジオラス軍時代に部隊で従事していたから分かるのだが、彼は少し真面目過ぎる節がある。

どんなに過酷な環境下でも、与えられた任務を無理してでもこなそうとし、救急治療室にも何度も担ぎ込まれていた。

ヒズミに助けられてからは、その真面目さが日に日に悪化しているように思える。恩人に報いたいという気持ちは分かるが、ギアは異常な程それに固執している……と、アリスの目には映っている。


「あ、アリスさん!」


「ん?」

そんな事を考えながら浜辺を捜し回っていたら、背後から声をかけられた。


「ああ、リッカ」

声の主はリッカ。食糧班所属でアリスの相部屋人でもある。


「どうかされましたか?」

同い年だが、リッカは誰にでも敬語を使って話してくる。おまけに身長も低く幼児体型で、くりっとした愛嬌のある瞳やボブカットに調えた銀色の髪が愛らしく、誰にでも懐くリッカを最初に見たとき、アリスは彼女から仔犬のような印象を与えられた。


「それが、前線部隊の皆が見つからなくてね……。リッカは何か知っている?」

話しやすく、口も固いリッカとは気兼ねなく相談ができる。困ったことがあったときはいつもリッカに相談している。


「そういえばですね、さっきまでここで徒手格闘の練習をしてましたよ」


「本当?!」


「はい。で、その後釣りをしに行こうって事になりまして、皆で釣り場に向ってましたよ」


「うっそ……」

がっくりと、アリスは項垂れる。

訓練を終えた後、前線部隊の皆で釣りをしに行くのが恒例となっている。ここからその釣り場までそこそこの距離があり、今から行くのは面倒臭い。


「あ、」

ここでやっと腰ぶら下がったトランシーバーに気が付いた。

すぐさま起動し、前線部隊共通の周波数に合わせる。


「こちらアリスですー。誰か返事をー」


《アリス! お前何で訓練サボってんだよ!》

直後に返事が返ってきた。

装開班特製のトランシーバーは、戦場はもちろん隠れ家(シェルターでも必要不可欠な道具だ。


「ひえっ」

そのがなり声はリッカにも届いたようで、首をすくめてびくりと小さく震えた。


「いや、あのー……ギアを捜してまして」


《それはヒズミ会長から訊いている。問題は、なんでお前がその後訓練に参加してないかだ!》


「う……」

まさかサボってギアと遊んでいたなんて死んでも言えない。

会話の相手は、前線部隊で訓練指導を行っているケイティーー通称『鬼教官』だ。

黒いストレートの長髪と、つり上がった瞳。おまけに眼鏡を掛けていて、厳しい教官を体現したかのような女性だ。

よく見ると物凄い美人なのだがそれよりも恐怖が勝ってしまい、どうにも恋愛対象として見られていない。

立場が上のギアですら、彼女には敬語で話しかける程だ。


「あ! それよりも、ギアが至急全員会議室に来いと!」

ここは強引にでも話を切り替えなければならない。後で尋問されてその後地獄の罰則が課されるからだ。


《会議室にィ?》


「はい。何でも、急に出撃が決まったようなので、そのブリーフィングを行うそうです」


《……わかった。すぐに向かわせる》

ぷつりと、それっきり通信が途絶した。

ほっとアリスは胸を撫で下ろす。多分訓練に参加しなかったことはもう聞かれないだろう。


「あの、アリスさん?」

リッカが、服の裾をちょい、と摘まんできた。


「ん? なあに?」


「出撃……するんですか?」

少し瞳が潤んできている。リッカはもともと、争いを嫌う心優しい少女なのだ。蒼海蒼空の彼方の中では、もっとも軍人としての適性がない。それでも兵器として戦場へ出されてしまった、哀れな犠牲者の1人だ。

だから彼女は、最も戦場とは無縁の食料班に配属されている。


「そ、明日の午前3時にね」


「大丈夫ですか?」

ぽろりと、大粒の雫が頬を流れる。

ーー心配してくれるのは凄く嬉しい。帰りを待ってくれている人がいるなんて凄く嬉しい。戦いたくない貴女のためにも、私が銃を握るんだ。


慰めるように、優しくリッカを抱きしめた。

甘い、キャラメルのような匂いが鼻腔をくすぐる。


「心配しないで。絶対に帰ってくるから」

耳元に話しかける。

普段はこんなことしないのに、こんなこと言わないのに言ってしまうのは、今回の戦闘がそれだけ死の危険を伴っているからだろうか。


それに答えるように、リッカも抱き締め返し、


「それ、『死亡フラグ』って言うんですよ」

と、泣きながら笑顔を見せてくれた。


***


「全員揃いましたか?」

時刻は午後7時。アリスの頑張りによって全員が集められた。

最大で400人が収用できる大きな部屋で、ここだけは椅子も揃えられている。椅子の他に、教壇とその背後には大きなスクリーンが用意されている。


「皆気付いていると思うけど、今回招集をかけたのは出撃が決まったからです。……作戦内容は、グラジオラス軍の新型兵器の強奪、およびその開発レポートの強奪です」

ここで一旦、話を区切る。皆がメモを録っているからだ。


「強奪するものは、電磁砲(レールガン)

ぴたりとメモを録る手が止まった。


「その電磁砲(レールガン)の基本スペックがこれです」

教壇の上に置いておいたリモコンを操作し、スクリーンを起動する。

映し出された物の内容は、ヒズミの部屋から持ち出してきた資料をそのままコピーしたものだから、これで情報が行き届いていないことは防げた。


「この作戦は、新型の、それも世界の歴史を変えるかもしれない兵器が目標(ターゲット)だから、かつてないくらいの大規模な作戦が展開されます。……もし、降りたいという方がいたら降りてもらっても全然構いません」

ギアは前線部隊100名を、じっくりと見回す。が、手を挙げるものは1人もいなかった。


「……わかりました。本作戦に使用できる軍用車輌(ハンヴィー)は5台のみです。いまから出撃するメンバーの発表と、出撃場所、集合時間を伝えます。ではまず、メンバーを発表しますーー」


***


同時刻、タラクサカム地区の軍事施設でも、幹部10人での会議が行われていた。


「完成した大天使(アークエンジェル)の試験運用はどうします?」

ひょろりとし、いかにもインテリといった風情の眼鏡を掛けた男ーーモンクシュッドが、手元の資料を見ながら他の幹部に訪ねる。


「試験運用はしないほうが良いと思うが」

最初に口を開いたのは、齢64の年老いたウィットロッキアナという男性だった。

間もなく還暦を迎えるというのに、その声には張りがあり、背筋も誰よりも真っ直ぐに伸びていて、若い者特有のエネルギーが身体から溢れるようだ。


「ほう、それはどうしてですかな?」

モンクシュッドは、ウィットロッキアナの発言にいらっときたのか、好戦的な声音で理由を訊く。


「上空には、敵国の軍事衛星がうようよと漂っているからに決まっているだろうが」


「うっ……!」

ウィットロッキアナの的確な指摘により、モンクシュッドは言葉に詰まる。


「他の新型兵器ならまだしも、今回は話が別です。議長、今回はテストは無しの方向を検討してください」


「しかし、テストも無しに本隊に納入するのは……」

モンクシュッドに助け船を出したのは、この中では最年少のウィステリアだ。

成人しているのだがその外見はまだ、少年のようであった。

感情に任せて行動してしまうあたり、彼にはまだ機械化兵士は見せないほうがいいな……と、この会議の議長であり、タラクサカム地区の最高指令官のセロシアは思った。


軍人とは思えないほど恰幅がよく、他のどの幹部より"王者"としての風格を漂わせている。短く刈り揃えられた白髪混じりの髪も、セロシアの強さを引き立たせるアクセントとなっている。


しかし……


「お前たち、いつまでそんな不毛な話をしているんだ?」

やや大袈裟ぎみに、やれやれと肩をすくめて見せる。


「しかし、試験運用無しでの納入は論外です」

モンクシュッドはズレた眼鏡の位置を直し、意地悪げな瞳を細める。


「だがな、世界を変える兵器をだな、そんな簡単に見せびらかしていいのかい? ええ?」

ウィットロッキアナは喧嘩腰に構える。どうにもこの2人は相性が悪く、同じ会議に出席させると喧嘩になってしまう。


「議長、どうします?」

他の幹部達に話を進めるよう促されたので、セロシアはこの2人を無視して続けることにした。


「ならば明日あたり、試してみようか」

唐突にそんなことを言い出したので、モンクシュッドとウィットロッキアナの口論も止み、一斉にセロシアに視線が集まる。


「ただし、木の的に当てるようなちゃちなことはしない」

口の端をにやりと上げ、


「明日あたりに、反乱者達がここに襲いに来るそうだ」

どろりと濁りきった瞳を爛々と光らせ、


「そう、『蒼海蒼空の彼方』だとか言うふざけた名前の連中達に的役になってもらおうか」

セロシアはサディスティックな、悪党の顔になって電磁砲(レールガン)の初陣の命令を下した。


「それから、大天使(アークエンジェル)狙撃銃(スナイパーライフル)に偽装しておけ。これで多少は誤魔化せるだろう」


***


「絶対に大丈夫かなあ?」

午前2時。ブリーフィングを終えた後、ギアとアリスは肩を並べながら浜辺で海を眺めていた。

眠れない夜は、2人ともよくここに足を運んでいる。

月が水面に映し出され、その中をゆらゆらと漂う。

一定のペースで漣の音が鳴り、潮風が2人の頬をくすぐる。


「この世界に『絶対』って事はないんだよ。有ったとしても、生きるか死ぬかのどっちかだけだよ」

抑揚のない声で、ギアは淡々と語る。


「わかってる。けど……」

後半の言葉は、波の音でかき消されてしまった。

2人の会話はそれっきりで、再び静寂に包まれる。


「時間だ。行こう」

腕時計から、午前2時30分を知らせるアラームが鳴る。

裝開班が、車や銃器の整備を行っている車庫(ガレージ)に集合するように指示を出しておいた。


この戦闘が、後の『アネモネ戦争』へと繋がるとは、まだ、誰も知らない。

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