出撃前準備
「え?」
柄にもなく、素っ頓狂な声を上げる。
強奪作戦はよく展開される。が、あくまでもそれは弾薬や武器、日用品が目標の時のみ、それに工場や商店にしか襲撃しない。基地を窃盗目的で襲いに行くのは、実は初めてなのだ。
基地や施設を襲撃したときも武器弾薬は持ち帰るが、それは手土産程度のものであった。
「目標は?」
すぐに顔を引き締め直し、戦士としての顔に戻る。
気をつけないと、すぐにヒズミのペースに呑まれるからだ。
「ん~……電磁砲」
長い炎のような髪を弄びながら、軽い調子で言い放つ。
「……ッ!」
しかし、その一言がギアの心臓を跳ね上げる。
アニメや漫画でお馴染みの電磁砲を、グラジオラス軍は開発に成功したのだろう。
これが実用化されれば、スナイパーライフルよりも消音性が高く、なおかつ無反動で撃てるため命中率が格段に上昇する。加えて、弾丸の強度が高ければ高いほど電圧の調整によって威力や飛距離の調整の自由が効く。戦争の形態を変える可能性を秘めた兵器だ。
よく見ると、ヒズミのデスクの上には件の電磁砲に関するとおぼしき資料が散乱していた。
ヒズミを含めた最初期の機械化兵士には、『衛生』と呼ばれる特殊装備が施されている。
この衛生は、宇宙空間に打ち上げられた軍事用の人工衛星の映像を読み取ることのできる、とても重要な装備だ。
脳にインプラントを埋め込み、そこから映像を受信し、視神経を経由して眼球内に極少のコードを伸ばしている。伸ばしたコードは水晶体に接続されていて、そこから映像を映し出している。
これを使えば、どのように過酷な環境下でも、特殊な機材を必要とせずに、人工衛星から撮影された情報をもとに戦術を立てることが可能となる。
ただ、衛生は非常に高価な物で、これを搭載させるだけで1億円近くかかってしまう。
そのため、最初期モデル以降の機械化兵士には一切装備されていない。ヒズミはよく、この衛生を使って情報収集を行っている。そしてその情報を前線部隊の隊長であるギアに渡し、ギアが作戦立案を行うというシステムが、気が付くと構築されていた。
「電磁砲と、開発レポートを盗み出すことが今回のメインね。出発は翌日の午前3時。部隊全員の兵装の確認をさせておくように」
では、解散! と、本部から強引に追い出されてしまった。
追い出される直前に、ヒズミの衛生を駆使して集められた資料集を掴んで出てきた。
そこには、目標の基本スペックや、様々な角度から撮影された画像など、本来ならば絶対に外に漏れ出さないような情報で埋まっていた。
***
隠れ家は、一見すると無計画に拡げられた巣穴のように見えるが、実はそれなりに考えられて開拓してある。
奥に行くほど地下へ向かうようになっているのはその代表例と言えるだろう。
入り口付近には、食堂や部屋ーーヒズミが学生寮と言って憚らないのだがーーが用意されている。
食堂は400人が1度に収容できる広さがあり、3食を皆で共に摂っている。
椅子やテーブルはもちろん、盗難品だ。
隙をみてはちょくちょく拝借していたので、だいぶ不揃いなものになってしまっているが。
内装は、ニッポンの学生食堂をベースにしてあるため、食器を受け取ったり返却したりするためのカウンターが設けられたり、『カレーライス300円!』や『ラーメン売り切れました』と書かれた貼り紙が貼ってあったり(もちろん両方とも売っていないが)があったりと、細部にまでこだわっている。これもヒズミの要望だった。
ヒズミ曰く、良好なチームワークを維持するためには、同じ釜の飯を食うのが一番だとか。
一理あるとギアは思い、できる限り食堂で食事をしている。
そんな広々とした食堂で、今日は1人で食事をとらなければならなかった。定時には訓練で食べられなかったし、休憩してから食堂に行こうとした矢先にヒズミからの出頭命令が下されたのだ。時間がずれ込むのも当然だろう。
メニューは、サンドイッチとサラダ。そしてオレンジジュースというシンプルなものだ。
後方支援の中に、『食糧班』というものがあり、その部隊が蒼海蒼空の彼方の食糧管理を行っている。
その他に、食料の調達も行っている。迷いの森の一部を開拓し、そこに畑を作って麦や野菜を栽培したり、グラジオラスにある町で食材を購入したり盗んだりして全員分の胃袋を満たす努力をしている。
機械化兵士ももちろん食事は重要だ。
食事を1日でも抜けば、エネルギー不足となり活動が停止してしまう。
活動が停止することは、彼らにとって『死』を意味する。
体をかなり改造されてはいるが、根っこの部分は人になっている。いや、むしろ食糧の点においては一般人よりも深刻である。
いっそのこと、完全なる機械の体になる方がずっと幸せなのだが……。
「ごちそうさま」
食器を調理場のカウンターに返却し、ギアは自室へ向かった。
***
「おかえり」
自室に戻るとそこにはアリスがギアのベッドで寝転がっていた。
「……何してんの?」
美少女が自分のベッドで寝転がっているのにもかかわらず、ギアの反応は淡白だ。
それもそのはず、アリスはしょっちゅうギアの室内に侵入しているのだ。この反応は、もはや諦めに近い領域のものと言える。
さすがに男女で部屋は分けられているし、別の区画にそれぞれ配置もしてあるのだがアリスはちょくちょく侵入を繰り返している。
「え〜、見てわかんないの〜?」
ごろごろと転がり、起きてから綺麗に畳んでおいたシーツを無残にもぐしゃぐしゃにしてしまう。
「とにかくどいて。狭いから暴れないで」
4畳程度の部屋で暴れられると非常に狭く感じる。
男子寮と女子寮では、4人で1部屋と割り振られているため1部屋でもそこそこの広さがあるのだが、ギアは前線部隊の隊長という立場についているから、特別に1人部屋が与えられている。
その代わり、部屋は4人部屋の半分程度の広さしかないが。
それでも、他の隊員からは相当羨ましく思われている。ギアとしては、できることなら交換してあげたい……否、交換してほしいと切実に願っている。
「えー、いいじゃーん」
ぐるんぐるん回り、シーツやらなにやらが身体中に絡まりあられもない姿になっていく。
柔らかそうな太ももや、服の隙間からちょくちょく覗く2つの山やらーー。
「っ!」
不意に、気恥ずかしくなったのか目をそらす。
そんなギアの挙動に気づいたのか、
「あれ? ギアどうしたの?」
「い、いや何でもない!」
誤魔化すように、ベッドの下に手を突っ込む。
そうなると当然アリスに近づくわけで、形のいい臀部や引き締まったくびれが眼前に迫ってきて……
「あっ、ちょっとギア! なにやらしい目で見てんの!」
「いや、だからアリスが退けばいいわけで……ッ!」
さっ、とベッドの下の物を取りだしアリスに背を向ける。
顔が火照ってるのがはっきりと分かる。きっと耳まで赤いだろう。
「……はぁ」
火照った顔を冷やすように、ベッドの下から取り出したモノを額に当てる。ひんやりとした金属の感触が心地よい。
拳銃の銃把で頭を冷やすのはいかがなものかとアリスは冷や汗を流す。
ギアが取り出した物は、グラジオラス軍製の自動式拳銃ーー『HG01』だ。
通常のマガジンで最大21発撃てるこの銃は、信頼性が高くあらゆる状況に対応ができる。
極地での作戦でも特殊な加工を施さずに使用でき、長期間メンテナンスを怠っても弾詰まりも起こしにくい、戦場で理想的な働きをする1品だ。
蒼海蒼空の彼方でも、予備武器として愛用する者は多い。
「あれ? メンテナンスするの?」
拳銃の他に、工具箱も出しての連想だろう。
「そう」
「ソレはメンテナンス要らないんだよ?」
勘違いされがちだが、いくらメンテナンスしなくても動作不良が起こりにくいとは言え、メンテナンスが不要であるというわけではない。
蒼海蒼空の彼方でも、大多数の者が怠っているなか、ギアだけは毎回欠かさず行っている。拳銃程度とはいえ、毎回メンテナンスを行っていればそれなりの金額がかかる。財政難なので苦情がよくきているのはここだけの話だ。
「HG01は確かに優れているけど、弾詰まりが絶対に起きないって事じゃないから」
そう言うと、慣れた手つきで道具箱から金属ブラシやガンオイル等といった整備用品を取り出す。銃の整備はきちんと行いたいというギアのこだわりから、清掃用品は全てギアの自前だ。
「あ、そんなことよりギア」
「何?」
「なんで呼び出されたの?」
まあ理由は分かってるけどね。
口には出さなかったが、目がその分を補う。
「明日の午前3時に出撃。午前2時30分には全員集合するように伝えておいて」
「場所は?」
「タラクサカム地区。今回は襲撃というより、強奪がメイン」
「強奪? 何を?」
脇に置いておいた資料を、ベッドの上のアリスに乱暴な手つきで投げ渡す。
内容はもちろん、レールガンに関するものだ。
「これって……」
「そう。グラジオラス軍では『大天使』の名称で呼ばれているみたい」
どこの国でもそうだが、新型の兵器の機密は最重要項目の1つである。グラジオラスもその例に漏れず、新型の兵器には必ず渾名をつけている。そこまでは普通なのだが、グラジオラスでは旧式の兵器の開発コードや暗号コードを使い回しているのだ。
新兵器の存在を悟られにくくなる反面、自分達もたまに混乱している。
大天使は、最初期に研究開発された攻撃ヘリの暗号コードだ。
「じゃあ今回、大規模な戦闘になるじゃない!」
その事に関しては、ギアも薄々勘づいていた。
世界の戦争の形態を変える可能性のある兵器だ。警備もかつてないくらいになるだろう。
それに下手したら……
「こっちにも死者が出るかもね」
他人事のようにいい放つギアは、瞳の奥に悲しげな色を湛えていた。兵器として改造された瞳ではなく、人間になりたいと願う者の感情として。
「とにかく、アリスは前線部隊の隊員に至急この作戦要項を伝えて」
レールガン以外の資料をアリスに、今度は優しく手渡す。
それは、食事中にまとめておいた作戦の流れだった。
ギアは、最前線での指揮官として開発された兵器で、脳のグリア細胞と呼ばれる物質から生成される髄鞘を、ナノマシンによる補助によって更に伝達速度をあげ、思考の加速を図っている。
ギアが前線の隊長を務めているのはこれが理由だ。
「えー、全員にィ?」
アリスはあからさまにめんどくさそうな声を上げた。
毎度の事なので、これの扱い方にはもう手慣れている。
「いいから。上官の命令は絶対だよ」
蒼海蒼空の彼方の全隊員は兵器であるが、軍人としても軍で扱われていた。
そのため、彼らには軍隊の封建的な、階級社会的な習慣が叩き込まれている。
ギアのこの一言は、神の言葉と同類と言っても過言ではない。
「は、はい! 直ちに伝えて参ります!」
未だにその癖が治っていない隊員も多く、この一言でたちどころに行動を開始するのであった。
「ふぅ……」
ギア1人となった狭い部屋に、小さな溜め息と銃を弄る金属音がぽつりと溶け込んだ。