re:出撃前準備
「頭痛が酷い……」
頭を押さえながら、ギアは隠れ家内の廊下を歩いていた。
イリヤを探すためだ。
IPAPエンジンを使用してから片頭痛がするのだ。
しかし、それは仕方のない事と言えるだろう。
ギアは少しずつ、壊れてきているのだから。
装開班は優れた技能を持っている。
が、IPAPエンジンをメンテナンスできるほどの機材を持ち合わせてはいない。
IPAPエンジンは、使えば使うほど使用者にダメージを与える。
特に、思考超加速は脳に相当な負荷を掛ける。
グラジオラス軍にいれば、使用する度にメンテナンスを受けられるのだが、蒼海蒼空の彼方ではそれが受けられない。
軍のほうが生存率が上がるとは、実に皮肉なことだ。
「っ! ぐっ……はぁ……」
激痛に視界が歪む。
とても数時間後に出撃できるコンディションではない。
「あっ!」
次の瞬間、ギアの右の肘から先がゴトリと外れてしまった。
機械化兵士に改造される時に、全ての機械化兵士は両肘から先を義手に付け替えられる。
力が急激に上がるため、生身の手では耐えられないからだ。
素材には高硬度かつ実用的なジュラルミンを採用している。
それを、人工皮膚で覆い本物の手と酷似させている。
取り外しも可能で、故障した場合は付け替えられるようになっている。
その際、思考すれば義手内部にあるセンサーが反応して自動的に外れるのだが、ギアはそのような事は一切考えていなかった。
ギアの寿命が近付いてきているということだ。
IPAPエンジンは常にギアが制御を行っている。小型ながらも性能は極めて高いこのコンピューターを、改造されているとはいえ何の補助も無しに一人で管理するのは不可能に近い。
他にもIPAPエンジンを埋め込まれた機械化兵士は何体かいるが、殆どが戦場以外の場所で死んでいる。エンジンの暴走によって脳が破壊されたのだ。
「早く行かなきゃ……」
落ちた腕を拾い上げ、慎重に繋ぎ合わせる。
カチリ、と無機質な音を立てて、肘から先は元に戻った。
「む。隊長か」
背後から現れたのは、鬼教官――ケイティだ。
「なんだか、貴様に会うのは随分と久しぶりのように感じるな」
ケイティは前回の出撃には参加させていない。それに加え、負傷者の治療でかなり忙しくなっていた。ギア自身も、彼女に会うのは久々な気がする。
「そうだね……ところで、イリヤが何処にいるか知ってる?」
なるべく自然な感じでケイティに訊ねる。
彼女の洞察力は非常に優れているため、ギアの異常も簡単に気づいてしまう可能性がある。
「イリヤか? そういえば見かけていないな……」
「そっか……なら僕はこの辺で」
そのままケイティの横を通り過ぎようとした途端、彼女に肩を掴まれ引き留められた。
「ギア……頼むから、一人でアリスを助けに行こうとはするな」
「…………」
知ってる、のか?
「お前が死んだらアリスが悲しむ。自分を犠牲にしてまで彼女はお前を助けたんだ。無駄に散らそうとはするな」
「……大丈夫だよ。僕は死なない」
肩をつかむ手を、優しく振り払い歩き出す。
「ギアっ!」
「戻ってくるから」
それだけ言うと、少年は再び歩き出した。
***
「結局見つからなかった……」
とぼとぼと車庫をめざして歩く。
時刻は11時30分。約束の時間までもうすぐだ。
「お、来たか」
隠れ家の出入り口で、レノが待っていた。
「ずっと待っていたの?」
これには流石のギアも驚きで、少しばかり目を見開いて訊ねる。
「いやいや、そろそろ来ると思ってな、十分くらいだ……それに、男はデートの待ち合わせ十分前には待つものだからな」
「また間違えてる……」
が、レノのその冗談は、ギアの緊張をほぐしていた。心なしか、頭痛も和らいだ気がする。
「それじゃあ、行こう」
ギアは、隠れ家の扉を開いた。