テロ事件
「今回は君たちのチームにもこの事件を担当してもらおうと思うのですが、いかがでしょうか?」
と、テロ事件の次の日、情報局のオフィスでシステム課の上司ワタナベに持ちかけられた。
この任務のことで俺は久々に性欲とは異なる興奮を覚えていた。
ワタナベは約4年前に俺がこの情報局で働き始めて以来変わらぬ上司だ。
4年勤続の俺はこの職場では中堅どころで、この上司は俺の真面目な仕事ぶりを評価してくれている。
「この事件についてはすでに君たち以外にも複数のチームに動いてもらっています。が、しかし捜査に関してはいつものごとく、他のチームとの情報共有は基本的に禁止です。刑事でも公安でもない後発組の君たちには、情報屋としての君たちなりのアプローチでいちから独自の捜査を進めてもらいましょう。」
2024年の政変(それは原発事故と東京オリンピックを象徴として歴史に記憶された)以来の何かが始まろうとしているかもしれないのに、ワタナベの伝令は「いつものごとく」あまりにも簡素だ。
俺は職場で「近日中、M市に近づかない方がいい」という例の噂を聞いているだけに、この情報局自体に事件への不気味な暗躍があるのではないかと当然疑っている。
ワタナベか、あるいはもっと上の何かによって、いま任された俺たちの捜査自体が、何らかの意図で試されている可能性も捨てきれない。
組織に忠誠を誓うざるものを炙り出すための罠かもしれないのだ。
「今回もペアよろしくね。早速だけど、あなたは『あの後』何か情報を掴んでるかしら?」
と、俺に例のテロ事件の噂を流した直接のソースであるアケミが、他の男二人を含む4人編成チーム内で、簡単に捜査方針を確認した後、こう切り出した。
アケミは名字で、年齢は俺(29歳)とほとんど同じくらいと見えるクールな女だ。
俺はシステム課で、チームを組まされずに、単独で行える任務を任されることが多いのだが、情報局内で特殊技能に応じて分かれた、交渉担当1人、戦闘担当1人、システム担当2人の4人編成チームで任務を任されることも、事案によっては間々ある。
ちなみにこれは俺のような非エリート局員にありがちなメニューだ。
第一線のエリートはそもそも家族を持つ生活は困難になる。
4人チームで捜査情報を共有し、協力し合うのだが、情報のしっぽさえ掴めない捜査の初期段階では、さらに2人ペアに分かれ、いわゆる「ツーマンセル」で行動するのが基本だ。
その場合、システム担当が局内(技術的にはどこにいても構わず使えるが、セキュリティ上の関係で局内でしか扱えない)のハイパーコンピュータ(量子コンピュータ版のスーパーコンピュータ)で現場の補助をするか、あるいは二人で共に行動するかである。
アケミは話術に長ける交渉担当で、任務の折々に俺は、頭の回転が非常に良く、行動力にも優れた彼女を頼もしく思ってきた。
チームメンバーは大体固定で気心が知れている。
「おう、今回もペアよろしく。さすがの俺でも昨夜は、リスクも承知で、テロ事件に係りっきりだったさ。だけどさっぱり何も分からなかった。…ところで……君はいったいどこであの噂を知ったんだい?」
アケミは場違いに優しげな表情で
「ふふっ、女の勘よ。」
とだけ答えた。
・・・やれやれ
日本における2024年の政変後、世界はほぼ足並みを揃えて、グローバル化の煽りを撥ね除けるように、ことごとくブロック化の一途を辿り、けれどもそんな危うい均衡の上にも束の間の平和を享受してきた。
およそ70年間続いてきた安寧に鋭い楔を打ち込む形になったテロ事件を俺になかば予告した女の言葉は、これだけ大掛かりな事件であるにも関わらず、このとき全国報道レベルでは、いかなる手掛かりも得られていなかったこの事件の犯人と同じくらいに謎めいていた。
けどその言葉は厳密には明らかに誤用だった。(それは男の浮気を疑う女の言葉だ)
そう、アケミは肝心なところで誰より頭がキレる割りに普段は天然ボケだった…




