「秘密保護法をご存知ですか?」
「秘密保護法をご存知ですか?」
と新人研修で情報局の同課の上司に問われた。
俺は愛子と同じ古本屋バイトを辞め、ハッカー歴を買われて中央情報局で働くことになり、そこで専門の課に配属された。
すでに説明された通り、高給が支払われる割りに、身分保障に難ありのこの職場は、必然的に実力主義社会で、それはハッカー業界とて変わらない。
同僚には俺と同様に前科持ちなどもいたが、やっぱりサイバー犯罪を犯してオファーされたのだろうし、人間性に欠乏があるほど、こういった仕事には需要があるのだという。
そういうものにとっては人間関係において、秘密を守る義理堅さと、秘密が破られない不確定性ほど疑わしいものはなく、疑われるべきものはないからだ。
「秘密保護法ですか?中学の教科書で習ったのを覚えていますよ。たしか二十一世紀初頭に制定された法律ですが、形骸化した今でも形ばかりは残っていたはずです。」
「われわれの業界では人間ほど信用のできないものはありませんから、秘密指定されればされるほど、その付加価値を釣り上げられた秘密は漏れやすくなると考えるのが鉄則です。人に秘密を守らせるには相手を同類にして、対等以上の旨味を味わわせるしか方法はありません。だから相手に対等の分け前を与えられないなら、はじめから秘密を教えないことと、秘密自体を細かく分割して、復元されるリスクを分散することが必要です。秘密保護法のような漏洩者への制裁や、サーバーの物理的破壊、ネットワークからの断絶は最後の手段と考えてください。」
ここの人間にとって、「漏洩者への制裁」というものが何を意味しているか漠然と想像がついた。
それは絶対的な監視下に置かれる軟禁であり、外科的な方法による記憶の消去であり、あるいは暗殺だ。
情報漏洩を絶対に防ぐ方法はそれしかない。
秘密保護法によって罰せられるとすれば、そのときにはすでに秘密が暴露されたのが前提なのであり、暴露されるような秘密はきっとはじめから大した秘密ではなかったのだ。
「われわれの業務も基本的にはそのような方針に基づいて遂行されます。必ずしも業務への貢献度に応じてではなく、報酬への欲求と満足度にもしたがって、報酬は加算されます。みなさんに当局に依存していただくためです。そして仕事では秘密の断片が与えられます。みなさんはそれ以上踏み込んで全体像を知ろうとするのはやめた方がいい。念のために忠告しておきますよ。」
あまりにもにこやかな上司の顔がかえって不気味に見えてきた。




