闇の組織
「情報局…というのは要するにスパイ機関ですよね。それが私に何の用なんでしょうか…?」
住居侵入どころの迷惑ではなかったので、本当ならばここで感情を露わにしてぶち切れるのがおそらく男としての筋というものだっただろう。
しかし俺には情報局と聞いて思うところがあったし、警察やマスコミに訴えようが、様々な情報を撹乱・操作されてほぼ無意味になることが分かっていたので、半ば諦めの気持ちでそう切り出していた。
訳もなくこんなことが実行されるはずはなく、しかも相当の覚悟と手順を経て、この計画が実行されているに違いなかったからだ。
「その前に場所を変えましょう…愛ちゃんは部屋に残ってて。」
「でも…」
「大丈夫、心配しないで。すぐ戻るから。」
それでどこへともなく移動しながら人通りも疎らな道路で情報局のスズキに話を聞いた。
「あなたは二年前にサイバー犯罪で逮捕されていますね。それも高度な技術が必要とされる荒技です。このたびはハッカーとしてのあなたの腕を見込みまして、当局の方であなたをスカウトに参りました。どのようなことをするのかは今回、私が実演させていただいた通りです。……正直に申し上げれば、このような人材戦略には第一に、危険な業務に伴って必然的に発生する犠牲、いわばトカゲのしっぽ切りを当局が不可欠とすることによります。それで犯罪歴の追加も恐れない既在の犯罪者が適任となるわけです。その代わり、当局の指示で被される罪につきましては、その後の生活が保障されるだけの莫大な報酬金が秘密裏に支払われますので何卒ご安心ください。第二といたしましては、われわれの脅威となり得る犯罪の芽を事前にこちらで囲い込んでおくのが目的となります。あなたもご存知でしょうが、われわれの存在は法律の内部で、しかもわれわれの業務は法律の外部で行われるからです。……あなたにとっても、いつ潰れるか分からない古本屋のアルバイトで貧しく食いつなぐより、われわれのところで高給をもらって愛子さんと幸せな結婚をし、あなたはあなたで好きな仕事をした方がいいでしょう?今回のあなたへのちょっとした勧誘にしましても、サイバー担当がおりますから、適材適所であなたにはふさわしい仕事が任されます。……もし断られればお二人のしんたいは保証できません……」
しんたいというのは進退なのか身体なのか判断しかねた。
この文脈では不自然な言葉だった。
日本語としてより自然なのは前者なのだろうが、まあどちらにしてもほとんど脅迫されているわけだ。
「ええ、分かりました。」
愛子に危害が及ぶのは絶対に避けたいし、長い話を聞かされたあと、これっきりで決着を付けてしまいたい気持ちが強かったため、その日一日のすべての流れを断ち切るように、ひと思いに勧誘を引き受けた。




