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 ゆったりとした応接セットのソファに座ったカナの正面に、五十がらみの将校が座っていた。短めの銀髪には白いものが混じっており、やや脂ぎった顔をした将校だ。ここはカナが寝かされていた部屋とは別の部屋である。

 カナは見るともなしに目の前の軍人を観察した。身長は百七十五センチそこそこだが体重は九十キロくらいありそうだ。とくに腹周りが大きい。軍人にしてはいささかしまりがない印象だ。軍人たるもの、下士官は日々の鍛錬により筋肉質の者が多く、士官は節制を身上としてスリムな者が多いと思っていたカナだったのだが、どうやら偏見だったようだ。

「まずは、お宅にお送りせず、このような場所にお連れしたことをお詫びします。私は陸軍情報部のバート・ペイジ中佐です。政府の密命で動いております」

 小さめの青色の目は目尻が下がっていて、口調の端々には優しげな印象を醸し出そうという意図が垣間見える。しかし職業柄、カナは目の前の将校が時折瞳に宿す剣呑な光を見逃すことはなかった。

「あたしは何のために誘拐され、拉致されているのかしら」

「認識に違いがあるようですな。拉致ではなく保護さしあげているのです」

「?」

 カナは気怠げに首を傾げ、疑問を表明した。

「あなたの恋人を追っている連中がいるのはご存知ですかな? 彼らはあなたをエサにノイルさんを捕まえようとしていたのです」

「ちょっと待って。私自身は賞金首じゃないわ。いくらハンターライセンスがあったって、そんなあからさまな違法行為は刑事罰の対象になるでしょう?」

 ライセンスで免除されるのは交通違反や相手が賞金首だという前提における暴力行為、それに伴う器物損壊だ。それとて、被害者による民事訴訟を起こす権利がある。

「ちょっと事情が複雑でしてね。ノイルさんを追っているのは賞金稼ぎだけとは限らないんですよ。ノイルさんはまだ誰にも捕まっていません。あなたがこのままご自宅にお帰りになれば、すぐにまた何者かに狙われます」

「で、夕べはその何者かに誘拐されかけたあたしを助けてくれたと言うの? 陸軍情報部が」

 説明に無理がある。警察でさえ賞金首の捜査を賞金稼ぎに任せっきりにするようなご時世なのだ。軍が一市民のためにガードマンのような仕事をするわけがない。何か別の理由があって自分を軟禁しているに違いないのだ。カナは確信に近いほどの強い疑いを視線に込めてペイジ中佐を睨んだ。

「話が見えないわ。政府の密命で動くほどの方々が、あたしなんかに構って何の得があるのかしら」

「正直に申しますと、我々はあなたよりもノイルさんに興味がある。しかし、ノイルさんは現状を正しく認識できておらず、近付く全ての者から逃げ続けている。そこで、あなたにはノイルさんの誤解を解いてほしいのです」

「ブースは殺人犯よ。何を誤解していると言うの?」

 ペイジ中佐が目配せをすると、後ろに直立不動で控えていた若い下士官が端末を操作し始めた。

「ノイルさんは、人殺しをしていないかも知れない。いえ、していないと断言しても良いでしょう」

「なんですって?」

「これをご覧ください」

 下士官がリモコンのスイッチを押すと、端末のモニタに映像が表示された。


 何の店かはわからないが、防犯カメラの映像であろう。店の出入口を俯瞰するアングルで撮影されている。

 やがて、ある人物が画面に現れた。その人物をカナは知っていた。もっとも、ニュースでの映像を通して知っているだけだが。

「ブースが殺した麻薬の売人……」

 カメラ側に体の正面を向けていた売人は画面の奥――つまり店の外を振り向いた。

 次の瞬間何者かに襲われ、売人は店の床に殴り倒された。

「!」

 カナは息を呑んだ。

「な……なんなのこの化け物! ガラクタ人間?」

 一見、金属の骨格が剥き出しになったロボットのように見えなくもない。しかし実際は、放置自転車やら折れた傘やらが集まって人の形を模した化け物――そいつが、売人を殴り倒したのだ。

 起き上がった売人が化け物の腹のあたりに掴みかかる。何かをもぎ取るような動作を見せた次の瞬間、ガラクタ人間の体はばらばらになって崩れ落ちた。売人の手にガラクタ人間の部品が残る。しかし、売人の腹にはガラクタ人間の部品が突き刺さっていた。力尽きた様子の売人は仰向けに倒れてしまう。

 少し間を置き、普通の人間が売人に駆け寄った。彼は売人を助け起こした。

「ブース!」

 間違いない。ブース・ノイルである。

 ほぼ同時に、別のガラクタ人間二体が画面に映り、店の入口から入ってきた。

 近寄ってくるガラクタ人間ども。ブースは、売人を襲ったガラクタ人間の体を構成していた部品のひとつを拾い上げ、ガラクタ人間どもを目がけて振り回す。

 ガラクタ人間どもと店の入口の間に隙間ができた。機を逃さずにブースは走り、店の外へと逃げ去ってしまった。

 いまひとつ確認しづらいが、逃げ去る間際の彼の手には、売人がガラクタ人間からもぎとった部品が握られていたようだ。売人を助け起こした際に部品を受け取っていたらしい。

 映像はそこで途切れた。


 俯いたカナの肩が震える。彼女は視線を上げてペイジ中佐を睨みつけ、ソファから腰を浮かしつつ興奮して叫んだ。

「なぜ……なぜ、これをニュースで流さないのよ! これがあれば、ブースの無実は証明されるのに!」

「このガラクタ人間どものことを、我々は便宜上【パペット】と呼んでおります。このように被害者が出ている以上、何者かによる侵略行為と見做すしかありません。しかし現在、地球上のどの国にもガラクタを人型に組み立てて自律行動させられるような技術を実用化させているところはありません」

 そこまで言ってからペイジ中佐も立ち上がり、静かな声で続けた。

「つまり……。地球外生命体による侵略行為。我々はそのように考えております」

「異星人だって言うの……?」

 カナは聞き返し、口をぽかんと開けてしまった。

「そうです。これが国民の目に触れれば、まず間違いなくパニックに陥るでしょう。しかしもう間もなく、我々の開発した兵器により全ての【パペット】を沈黙させられます」

「じゃ、ブースは逃げ回らなくていいのね!」

 思わず頬を緩ませるカナに、ペイジ中佐も笑顔で頷いて見せた。

「そうです。少なくとも我々からは、ね」

 しかしすぐに表情を引き締めて言った。

「彼が持ち去った部品は【パペット】をたおすためのキーアイテム。しかし、他国の情報部がこのことに気付いていないという保証はない」

「ブースは外国の情報部に狙われているっていうの?」

「あくまで可能性です。そこで、先ほども申し上げましたが取り引きです。あなたとノイルさんの安全を保証するかわりに、あなたにノイルさんを説得していただきたい」

「でも、彼の居場所がわからないわ」

「その点についてはお任せを。毒をもって毒を制す。賞金首を探すには賞金稼ぎを雇うのが近道。あなたには我々が雇った賞金稼ぎと同行していただき、ノイルさんのもとに向かっていただきます」

(誰が毒よ!)

 カナは、ペイジ中佐の何気ない言葉に相手の本性を感じつつ、気付かないふりをしておとなしく座り直した。

 その時、扉がノックされ、別の下士官の男が入室してきた。

「中佐! 報告します。アイクから連絡が入りました。ノイル氏の潜伏先を掴んだとのことです」

「うむ。アイクを雇ったのは正解だったな。優秀な賞金稼ぎだ」

 満足そうに下士官にうなずいたペイジ中佐は、カナの方に向き直って言った。

「急な話で誠に申し訳ない。本日ただいまから賞金稼ぎのアイクたちと行動をともにしていただきたいのです。我々もお供しますが、離れた場所からついていきます。軍がいたのではノイル氏が警戒して逃げてしまうでしょうから」

 カナは無言で大きくうなずいた。カナの気持ちは、今日中にも会えるであろうブースのことでいっぱいになっていた。


     *     *     *


 ミリィの整備は完璧だ。あっという間にバイクの限界性能を引き出したスレッジ。高まる集中力の中、頭の片隅で夕べの会話を反芻した。



 軍の無策を嗤うスレッジに対し、スービィはこう告げたのだ。

「いや、ことはそう単純じゃない。怪物の強さも大体判っていた上でワザと逃がした可能性が高いんだ」

「どういうことだ?」

「デモンストレーションさ。この国の軍事力の回復を世界に示すつもりなんだ」

 スービィの言葉を聞いたスレッジは、ようやく事態が呑み込めてきた。

「なるほど。【アースシェイカー】と【パペット】どもをあっさりたおせるような新兵器を開発したのか、軍は」

「いやまあ、そっち系の兵器も開発自体はしているとは思うが」

「なんだよ、その微妙な言い方……」

「あのさ、スレッジ。情報部の奴ら、【アースシェイカー】を簡単に止めるつもりはないんだ」

 ミリィが口を挟んだ。淡々と話すスービィとは対照的に、声に怒りを滲ませている。

「【パペット】が【アースシェイカー】を倒したかのように見せかけるつもりなんだ」

「おいおいミリィ。【パペット】ってのも【アースシェイカー】の仲間なんだろ?」

 聞き返すスレッジに、スービィが答えた。

「【アースシェイカー】は当て馬だ。さっきは“叩き起こす”という言葉を遣ったから生き物だと思ったんだろうが、“起動する”と言い換えた方がいいかな。あれは兵器の一種だ。しかしあの巨体の内部構造のほとんどはブラックボックスなので、巨人の関節部分に外付けのコントローラが取り付けられている。自発的に動いているかのように見せかけて、実は軍の連中が遠隔操作してやがるのさ」

「なんだそりゃ。兵器として利用するにはえらく非効率じゃねえか」

 あきれるスレッジに、スービィは淡々と答えた。

「ああそうさ。本命は【パペット】だからな。要するに軍の自作自演ってわけさ」

 言いながらスービィは、スレッジの目の前に拳大の部品を突き出した。

「このロゴ、わかるか」

「クリント重工だろ、超一流企業の。バカにしてんのか」

 それは、軟禁中のカナが見せられた映像の中でブースが持ち去った部品であり、彼からスービィが預かったものである。

 実は【アースシェイカー】の研究過程における副産物は反重力システムだけではなかった。【パペット】も副産物のひとつだったのだ。情報部が兵器利用を前提に開発したもので、言わば純地球産――もっと言えば国産の技術なのだ。

「これこそが【パペット】の基幹部品でな。こいつの存在を突き止めたのは俺の情報屋仲間なのさ」

 そこで言葉を切り、スービィは缶コーヒーに口をつけた。

 すると、ミリィはスレッジに一歩近付き、身振りを交えて説明しはじめた。

「整理するよ。おそらく、筋書きはこういうことだと思う。

 軍、あるいは軍の一部は新兵器【パペット】の威力を示したい。そのための仮想敵として【アースシェイカー】を利用する。で、見事【パペット】が【アースシェイカー】を倒せば、軍の新兵器として制式採用……ってね」

 スレッジが何か言う前に、スービィがさらに補足した。

「ま、そんなところだろう。しかしここまで派手にやらかすからには【パペット】の量産化、さらには海外輸出まで視野に入れていると思うぜ」

 スレッジは腕組みし、口をへの字に曲げて呟いた。

「きな臭い話だぜ。軍とクリント重工の癒着か——」

 納得しかけたスレッジは、眉間に皺を寄せると虚空を睨んだ。

「ちょっと待てよ。俺、【パペット】に襲われかけたぞ。あれが軍用兵器だというのなら、なぜ民間人を襲うんだ」

「知らねえよ、と言いたいところだが」

 おどけるように両手を広げたスービィは、「想像だが」と前置きした上で説明してくれた。

「多分、【パペット】に組み込まれている自動攻撃メソッドか自衛メソッドあたりに問題があるんだろうぜ。多少スケジュールを無理してでも今日のデモンストレーションに間に合わせる必要があったんじゃないかと睨んでいる。例えば、実行犯より立場が上の軍人が不在の時期を狙った、とかな」

「迷惑な話だぜ」

 ふと、何か思いついた顔でスービィが聞いてきた。

「なあスレッジ。お前さん、本当に襲われたのか? 【パペット】の外見にびびって先制攻撃仕掛けた可能性は?」

「——うっ。否定できん」

「ま、初見なら誰だってびびって当然だ。逃げずに立ち向かっただけでも大したもんだぜ」

 舌打ちするスレッジに薄い笑みで応じ、スービィは話を続けた。

「件の情報屋仲間の話に戻すぞ。奴はどうやら軍とクリント重工の癒着を調べる過程で【パペット】絡みのネタまで掴んだらしい。だが、相手は情報部だ。逆に尻尾を掴まれたんだろうな。奴はヤクの売人に化けて潜伏していたが、逃げ切れずに始末されてしまった」

 スービィは再び言葉を切ると缶コーヒーで口を湿らせている。黙って彼の横顔を眺めていたスレッジは眉をひそめた。その一瞬、スービィの瞳に鋭い光が宿った気がしたのだ。

「殺害にはわざわざ【パペット】が利用されたらしいのだが、それには隠密行動・対人戦闘のデモンストレーションの意味合いがあったものと思われる。おそらく映像記録されていることだろうな。

 だが、始末される現場にたまたま居合わせた奴がいてな」

 拳大の部品はスービィがブースから預かったものだ。それを思い出したスレッジは唸るように言った。

「居合わせた奴ってのはあの二百二十ローエンの賞金首か。じゃ、あいつ……、無実だってのか」

 スービィは無言で首肯した。

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