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 痩せた男が冷たい声で告げる。

「修理は無駄だ。何故ならあんたの車は壊れてはいない――、降りてもらおう」

 アイクは慎重に相手を観察した。髪をオールバックに固めていて、薄い唇と切れ長の目が印象的な男だ。百七十五センチ前後の身長はアイクとほぼ同じ。体格はアイクの方が圧倒的に良い。

 痩せた男が身に着けているのは高そうなスーツ――スジ者かも知れない。

 アイクは車からゆっくりと降りる――と見せかけ、革のベストの内側に隠したホルスターから銃を抜きざま麻痺光線を撃った。

 命中。

「!?」

 痩せた男は平然と立っている。

「無駄だ」

 噂の護身装備――軍用装備として極秘裏に実用化されたという――を身に付けてでもいるのだろうか。

 車から降り、身構えるアイク。しかしスーツの男は無造作に近付く。

 アイクのパンチが男の顔面に炸裂。

「ううっ」

 今回も命中したというのに、手首を押さえ、苦痛に呻くのはアイクの方だった。

 次の瞬間、スーツの男に首根っこを掴まれたアイクの身体は宙に浮いていた。

 スーツの男は片手でアイクの身体を持ち上げている。

「な……んて……怪力……だ」

 まずいことに気道を押さえられている。ろくに呼吸もできない。アイクは相手の腕を殴りつけ、必死の抵抗を試みるが全く敵わない。まるで鉄の棒を殴りつけているような徒労感が募り、疲労の蓄積が加速する。

 早くも朦朧としかけた頭でアイクは思った。

(こいつこそサイボーグかもしれん)

 車の後部ドアが開き、マークが降りて近付いてくるのがアイクの視界に入った。

「い……かん、来……るな!」

(この男、普通じゃない)

 アイクは相棒に警告をしたつもりだったが、ろくに声にならなかった。

「離してください」

 ごく落ち着いた声でスーツの男に声をかけるマーク。

「ガキに用はない。お前こそ離れていろ」

 男はマークには全く関心がない様子だ。

 構わず歩み寄ったマークは、スーツの男の肩に手を触れた。

「――!?」

 スーツの男はアイクを落とすように解放し、地面に両膝と片手をついた。落とされたアイクは地面に転がり、激しく咳き込みながら空気を貪るように吸い込む。

「あなたが何者か知りませんが、僕らの依頼人の邪魔をするなら次は覚悟をしておいて下さい」

「貴様――」

 スーツの男は気絶こそしなかったが、麻痺したように体が動かないようだった。

 マークとスーツの男のやりとりを聞くことができたのかどうか。その瞬間、アイクの意識は深い闇の底へと沈んでいった。

 マークは小柄で華奢な外見に似合わず、アイクを軽々と運んで車の後部座席に乗せ、自らは運転席に乗り込むと走り去っていった。


     *     *     *


 倉庫の扉は開いていた。

 スレッジがバイクごと飛び込むと、直後に自動で扉が閉まっていく。

 閉まる扉の隙間から覗くと、ワニ・ナビが【パペット】と言ったゴミ人間どもはおよそ十体ほどふらふらと歩いているのが見えた。奴らはこちらへの興味を急に失ったかのように別々の方向へと歩き去っていく。

 暗かった倉庫内に電気が灯り、小柄な人物がスレッジに話しかけてきた。

「いらっしゃーい! はじめまして、スレッジ」

「その声……。お前か、このナビ・プログラムを作ったのは」

 ワニの合成音声と同じ声。ワニの声は目の前の子どもの声をサンプリングしたものに違いない。

「そうそう。僕、ミリィ。ミリィ・ポー。よろしく。あと、そのワニ、僕の声に応じて適当に口パクするだけのプログラムだよ」

 端末の前に座っていたミリィは自己紹介しながら立ち上がった。身長は百六十センチにわずかに届かない程度だろう。百八十四センチのスレッジより二十五センチくらい低い。野球帽からはみ出す赤毛は肩に届くくらいの長さだ。鳶色の大きな瞳を真っ直ぐ向けて笑いかけてくる。中性的な顔立ちは、美形と表現して差し支えないだろう。なにより、その人懐っこい印象にスレッジの警戒心は薄れた。

 だが、一応聞いてみる。

「何者だ。どうやって専用回線に割り込んだ?」

「うーんと。何から説明しよっかなー」

 その時、倉庫の裏の扉が開き、高そうなスーツを着た男が入ってきた。

「俺が説明しよう」

「誰だっ!」

 銃を抜き、麻痺モードに合わせて身構えるスレッジ。

「人を見た目で判断するもんじゃない。たしかに俺はスジ者っぽく見えるだろうが」

 スーツの男は肩の高さに両手を挙げ、おどけた口調で話しかけてくる。

「俺はスベラルニー。スービィと呼んでもらって結構だ。……ああ、お前の相棒は俺のことを苗字で呼ぶけどな」

「デジルの知り合いか」

 言いながら銃をしまうスレッジを見て、スービィが薄く笑う。

「若いな。相手を信用するのが早すぎる。まあ、その辺の感覚はおいおい身に付けていけばいいが」

 若干顔を赤くするスレッジを見て、ミリィが笑った。

「あはは、スレッジかわいい! ドンマイ、ドンマイ!」

「うっさい! ガキになぐさめられたら逆にみじめだっ」

 スービィの咳払いが聞こえてきた。

「お前の相棒は、俺のことをパーマーと呼ぶ」

「! 情報屋か!」

 今スレッジの目の前に立っている男こそ、今までデジルとの間だけで連絡をとっていた情報屋だったのだ。

 ミリィがスービィに話しかけた。

「ねえスービィ。カナさんは?」

「連れて逃げられた。アイクの連れの赤毛のガキがやたら強かった」

「それって多分……、僕の双子の弟だよ」

 あっさりと言ってのけるミリィに、スービィが驚いた顔を向ける。

「なに? じゃ、あいつがマークだって言うのか。たしかに赤毛だったが、お前より五センチくらい背が高くて、目もお前より細かったぞ」

「あー、やっぱ間違いなさそう。なんというか……。僕ら二卵性双生児だし。双子だからってそっくりな外見とは限んないし。でも、その辺の兄弟くらいには似てると思うんだけどなぁ」

「なるほど。でもこれでガキに敵わなかった理由がわかった。少しほっとしたよ」

 スレッジは言葉にならない疑問を視線に込めてスービィを見る。スービィは曖昧な笑みを返し、両手を横に広げて見せた。

 ミリィが端末を操作すると、画面にニュースの映像が表示された。

「本日午後七時ごろ、何者かによる破壊活動が行われた模様です。グレートザップ陸軍と警察機動隊の協力による鎮圧作戦が功を奏し、事態の沈静化に成功しました。ただし、テロ実行犯の一部は逃走を続けている模様で、一部道路の封鎖について解除の目途は立っておりません。封鎖中の道路を読み上げます。東二番ストリート、西四番ストリート……」

「なんだよ、この映像……」

 スレッジの目に飛び込んだのは、武装したテログループと陸軍および警察機動隊が撃ち合っている映像だった。

「情報操作だ。いつの時代も変わらない。政府も軍も、都合の悪いことは市民に知られたくないのさ」



 およそ四時間が経過した。そろそろ日付が変わろうかという時間である。

 スービィから一通り説明を受けたスレッジは、ぐったりとした顔を向けた。

「たしかに報酬は魅力だけどさ……。命がいくつあっても足りねえぜ」

「まあ、今夜はぐっすりと休むことだな。メシと寝床は用意してある。リラックスしてくれ。

 そもそも、あんたでなければ可能性すらないんだからな」

 そう言ってスービィはスレッジの肩を叩くと、倉庫の裏口から出て行ってしまった。

「用意のいいことで。感謝で涙がちょちょぎれるぜ……」

「食べよ、食べよ!」

 緊張感の微塵もないミリィを、スレッジは不思議な生物を見るかのような目つきで見つめた。

「?」

 不思議な生物は、既に弁当のフタを開けて食べ始めていた。

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