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 デジルはネオジップ空港の管制塔からの指示に従い、メーベイ港から東へ三キロ離れた沖合に【ポメラニアン】を着水させた。

 【ポメラニアン】はもと軍用の多機能な多目的輸送機だ。錨も装備している。双発のプラズマエンジンは宇宙空間の航行も可能なタイプであり、きちんと艤装してロケットで打ち上げれば宇宙空間での輸送任務さえ可能なのだ。

 デジルはひとまず投錨し、碇泊灯をつけた。そして、他の異常を確認するためすぐさまシステムチェックを開始した。

 異常はない。それどころか、反重力システムも回復していた。

「管制塔、管制塔。こちら【ポメラニアン】、待機番号一二六。応答願う」

 反重力システムのダウンなど、システムの実用化以来一度もなかった事態だ。管制塔は対応に追われているらしく、返事はなかなかもらえない。デジルは根気よく呼びかけ続けた。

 断続的に呼びかけ続け、小一時間ほど経過した。

『待機番号一二六、【ポメラニアン】へ。こちら管制塔。用件は手短に頼む」

「反重力システムが回復した。もとの空域での待機を希望する」

『だめだ。システムダウンは現在も継続中だ。影響の出ている範囲はこのネオジップ北部を中心とした半径数キロとのことだ。現在着水中のポイントなら海面から十メートルから五十メートルまでの範囲内での空中待機は自由だ。移動したい場合は航路申請も含めてドーレブ空港へ連絡をとってくれ。以上だ』

 相当忙しいらしく、管制官は早口で一方的にまくし立てると早々に通信を切った。

「りょうか――。おーお、お忙しいことで」

 デジルはコーヒーを淹れた。一息つき、スレッジのエアバイクとの専用回線を開く。

「スレッジ。おい、スレッジ! 聞こえないのか」

 通信機が返す音はノイズだけ。

「……まさか」

 デジルの額に汗が光る。

「あの野郎、エアバイクをオシャカにしたんじゃないだろうなっ!」


     *     *     *


『次を左に曲がって!』

 スレッジはワニが言う通りにバイクを運転した。

 曲がってすぐ、何も考えずにフルスロットル。ほどなく、前方に障害物が見えてくる。

「なにいっ!」

『気をつけて! 乗り捨てられた車が道を塞いでるっ!』

「もう遅いっ!」

 時速九十キロ、放置車両との距離は四十メートル。

「ナビなら曲がる前に警告しろよ……なっ!」

 腰を浮かし、前傾したスレッジの頭はキャノピーにくっつきそうなほど近付く。

 前輪を持ち上げたエアバイクが宙に浮いた。

『有り得ない……。車体重量二百四十キロのエアバイクがジャンプしてる……!』

 車の天井ではなくボンネットの上を最小限のジャンプで飛び越える。

 後輪から着地し、バランスを崩しかけたがなんとか停止。

 しかし、進行方向を複数の人影が遮っている。様子がおかしい――皆、両手を前に突き出しふらふらと歩いている。そのうちの何人かは確実にスレッジのバイクに近寄ってきた。

「今度は何だっ……」

 呟きながらも彼の瞳は冷静だった。先刻はしっかり観察したとは言えないが、巨大な人型の化け物を見たばかりなのだ。

(あれに較べたらちょっとやそっとのことじゃ驚かないぜ)

 しかし、エアバイクのライトが照らし出した人影を見たスレッジは――。

「ちょっとじゃないいぃっ!」

 普通の人間はひとりもいない。木片、プラスチック、放置自転車や折れた傘。そんなゴミが寄り集まって等身大の人型を形成している。今スレッジの目の前を歩いている連中全員が、だ。

『スレッジ、落ち着いて。あいつら【パペット】だ。意志なんか持ってない。なんとか隙間を見つけてすり抜けて! その先にある倉庫にバイクごと入ってくれればいいから!』

「……」

 半眼でワニを睨むスレッジ。

『な、なに?』

「いろいろと訊きたいが――。今は言うとおりにするぜっ!」

 スロットルを多めにあけ、勢いよくクラッチをつなぐ。

 ウィリーの状態に前輪を持ち上げ、先頭の化け物に前輪をぶつける。

 前輪を下ろすが、バイク自体は停止している。

 斜め後ろに別の一体が迫ってきた。

 バイクを発進させるが、今にも背に届く位置に化け物がいる。

 前輪ロック。後輪を持ち上げる――ジャックナイフだ。

「うおりゃー!」

 後輪を化け物にぶつける。

「今だ!」

 ようやく隙間ができた。スレッジはバイクを急発進させ、ワニが指示する倉庫を目指した。


     *     *     *


 ついさっきまで真後ろに張り付いていたバイクのエンジン音が遠ざかる。ミラーに目をやったが、眩しかったライトはもう映っていない。

「マーク! バイクはどこへ行った」

 運転席のアイク・ホイが前方に目を向けたまま聞いた。褐色の髪を短く刈り込んだ賞金稼ぎである。

「さっきの道を逆に曲がりました。もう追ってきていません」

 後部座席から相棒が返事を寄越した。相棒は長めの赤い巻毛の持ち主である。華奢な体型と微妙に高い声――まだ少年だ。中性的な整った顔の印象と相俟って、かなり子どもっぽく見えるが、おそらく十代後半であろう。

「ふん。今どき走り屋か? 俺たちを追ってたんじゃなく、ただ煽ってただけか……」

 拍子抜けしたようにアイクがつぶやく。三十二歳のアイクは逆三角形のがっしりとした体型だ。運転席は狭くはないが、彼が運転している姿はいかにも窮屈そうだ。

 やがて車のライトが警察車輌を照らし出した。前方の交差点で警察官が旗を振っている。

「むっ、検問か?」

 やむを得ず減速すると、警官は右折を促しているだけだということがわかった。単なる交通整理である。

 後部座席には気絶した女を乗せているが縛ってはいない。女の隣に座っているのは相棒の賞金稼ぎだが少年のマークだ。おそらく警察に疑われることはあるまい。

 案の定、あっさりと右折した。

 しかし曲がった直後、アイクの耳は破裂音を捉えた。

「何の音だっ」

「ホイさん、止まらないで。スピード上げてください」

 マークはごく落ち着いた声でアイクに告げた。

 言われたとおりスピードを上げつつ、アイクは聞いた。

「何だったんだ、さっきの音はっ」

「おそらくライフルの発砲音です。軍人が発砲したんでしょう」

 事実だけを淡々と述べるマーク。すると、警官が通行止めをしていたその背には、既に軍隊が集結していたということか。

 破裂音を伴う発砲音となると、使ったのは金属製の弾丸を火薬で飛ばす昔ながらの銃ということになる。

 現代の銃は、相手を麻痺させたり、場合によっては生命活動を停止させるための光線を出す。そのかわり、対象物を破壊することはない。

 従って、軍隊や警察の特殊部隊において、対象物を破壊する必要のある作戦では今でも昔ながらの銃器が使われるのだ。

 アイクは首をすくめる。打楽器の連続音にも似た音が響き渡ったのだ。

 今度の音はアイクにもわかった。マシンガンだ。闇を切り裂くマズルフラッシュがルームミラーに反射しアイクの視界を幻惑する。

「始まりました。急いでください」

「わーったよ。……ったく、得体の知れないガキだぜ」

 予め聞いていたとは言え、かなり近い位置でマシンガンの音を聞いた。その初めての体験にアイクは少なからず動悸が早まっているというのに、若いマークはいやに落ち着き払っている。

 アイクは、マークとはコンビを組んだばかりだ。異例中の異例だが、依頼人の指示により、今回の仕事限定でコンビを組んでいる。

(十六歳だと聞いているが、こいつもしかして……)

 随分昔に計画が頓挫したと聞いている技術のひとつにサイバネティック・オーガニズム――人体の一部もしくはほとんどを人工臓器や人工筋肉と交換してしまう技術――というものがある。マークはそのサイボーグであり、見かけ通りの年齢ではないのではないか。アイクは車を飛ばしながら、そんな益体もない妄想に浸った。

 しかし、それは長くは続かなかった。アイクの妄想を突き破り、地響きを伴う轟音が谺したのだ。

 車のエンジン音さえ圧倒し、化け物の咆吼がアイクの耳に届く。これまで聞いたことのあるどんな獣の声にも似ていない。

「出ましたね。僕も初めて見るけど、多分あれが【アースシェイカー】です」

 マークの声のトーンは全く変わらない。

「ちょっとは驚けよ――! なんだあの化け物。身長、十メートルくらいあるじゃないか」

 彼らは依頼主から【アースシェイカー】のことを聞いてはいた。しかし、実際に間近で見ると、その圧倒的な存在感に対し若干の恐怖とともに興奮するアイクに対し、マークはまるで無関心に近い冷静さを保っていた。

 硝煙と土埃が風に吹き散らされ、軍のサーチライトに照らされた怪物の巨体が闇に浮かぶ。アイクは目測で大体の身長がわかったが、既に離れすぎていて細部まではわからない。ただ、ライトに照らされ陰影を際立たせる巨体からは、ごつごつとした岩のような印象を受けた。

 腹に響く魔物の咆吼に驚き、そこら中の民家からペットたちの鳴き声が響く。

 アイクは突然急ハンドルを切る。

「危ねえぞこらあっ!」

 自宅から飛び出してくる野次馬。警察車輌のサイレン。

 道路は瞬く間に喧噪に包まれた。

「くっ!」

 道を選んでなどいられない。通行人や警察車輌を避け、アイクは細い路地へと曲がっていった。

 直後、爆発音が轟いた。

「な、なんだ」

「軍の装甲車が一台やられたんだと思います」

(こいつ、やっぱりサイボーグだ。絶対だ!)

 全く動じる素振りを見せない年若い相棒。アイクは、つい数分前の妄想が現実味を増していくように感じた。

 警察のサイレンに続き、拡声器で何ごとか叫ぶ声が微かに聞こえてくる。

「周辺の道路の封鎖を始めたようだな」

 思い通りに道を選ぶことができない。アイクたちが乗る車は、目的地とは反対方向へ向かっていく。

 マークはごく小さく舌打ちをした。この日、少年が初めて微かな感情の色を覗かせた仕草に、アイクが気付くことはなかった。野次馬を避けながら狭い路地を走っていたからだ。

 アイクはハンドルを操作しつつ視線を上に向ける。上空から大きな音が聞こえてきたのだ。

「真上? 今度は何だ、やかましいなおいっ」

 うんざりしたようにアイクが叫ぶ。

「ヘリコプターですよ。都市部で見るのは珍しいですが、今は反重力システムが使えませんからね」

 知らないわけではなかった。ヘリは、消防や救急においては今でも現役だ。しかし、これほど間近でヘリのプロペラ音を聞くのは、アイクにとっては初めてのことだった。

 断続的に聞こえていた発砲音や爆発音は、もう聞こえてこない。怪物ごと戦闘区域が遠ざかっていったのか、怪物だけ逃げたのか。あるいは軍が怪物を倒したのか。まあ、倒せるとは思えないのだが。

 アイクの運転する車は突然減速しはじめ、ほどなく止まってしまった。アクセルを蹴るように踏みつけても反応がない。仕方なくサイドブレーキを引くと、ハンドルを叩き付けた。

「エンストだとぉ? 燃料はたっぷりあるし、整備も完璧なのに……」

「くそぉ、あいつめ! まんまと誘導された!」

 感情剥き出しに怒鳴るマーク。

 アイクは驚いた顔をして後部座席を振り向いた。

「ほぉ。あんまり冷静なんでサイボーグかと思ってたところだぜ」

 思わず顔を赤らめて俯くマーク。アイクはその様子に笑顔を向けた。

「よろしくな、相棒」

 アイクの笑顔につられ、マークも笑顔を返す。

「でも、ホイさん」

「アイク、でいい」

「アイク。僕たち、依頼主のところに行けませんよ」

 告げるマークの声は再び冷静さを取り戻している。

「修理なら任せろ。車はすぐに直すぜ」

 その時、マークの髪が風になびいた。

「そうはいかん」

 男の声。アイクへの呼びかけであることは疑いようがないが、車外から聞こえて来た。ぎょっとして振り向くと、すでに運転席のドアが開いている。ロックしてあったにもかかわらず、だ。

 見上げる視線の先で、痩せた男が仁王立ちしていた。


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