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 金髪男は壊れたバイクに跨ったまま動こうとしない。彼は車を追うスレッジを見送っていた。

 女を連れ去った車が角を曲がり、わずかに遅れてスレッジも曲がる。両者の姿が見えなくなった。

 金髪男はおもむろに自分のバイクに備え付けの通信装置を操作し、“VOICE ONLY”のボタンを押した。

「言われたとおりにしたぜ、スービィ。カナの無事は保証してくれるんだろうな」

『そいつはあの賞金稼ぎ――スレッジ・マークス次第だと言っておこうか』

 すぐに男の声で応答があった。

「……信用できるのか、あのバイク乗り」

『俺は情報屋だ。興信所じゃないぜ』

 通信相手のスービィはおどけた言い回しで応じたが、すぐに言葉を継いだ。

『実績はないが、ウデは確かだ。それと、勘違いしてもらっては困る。俺はあんたに情報を売ったが、助けたいわけじゃない。俺にもスレッジに頑張って貰わんと困る事情があるだけだ。あんたの女が助かろうが助かるま――』

「わかってるさ、そんなこと」

 金髪男は髪に手をのばす。髪の天辺を鷲掴みにすると、上に引き上げた。鬘だった。

『おっと、あんたはまだ変装を解くなよ。……奴のところに行くまでは』

(見えているのか?)

 タイミング良く制止してくるスービィの声に驚いて動きを止めた金髪――鬘の男は、別のことを聞いた。

「あのバイク乗り――スレッジと言ったか。実績がないのに、なぜウデが確かだと判る?」

『スレッジは元レーサーだ。万に一つも撒かれることはないさ。賞金稼ぎとしては新米だが、相棒はあのデジルだ。デジルが相棒に選ぶほどの男なら、半端な野郎じゃないはず。まあ、希望的観測と言われりゃそれまでだがな』

「デジルと言われても俺にはピンと来ない」

『……』

 通信機の向こうからスービィが絶句する気配が伝わってくるような気がして、鬘の男は束の間赤面した。しかし、

『あんたそれでも賞金首かよ』

 とのスービィの言葉が鼓膜に突き刺さり、鬘の男は激昂した。

「だから、無実だ。濡れ衣だと知った上で情報を売ってくれたんじゃ――」

『賞金稼ぎにとっちゃ有罪も冤罪も関係ないぜ。だからあんたも、追われている時点で賞金首としての自覚を持つことだ』

「……」

 スービィの声はあくまでも冷静で、かつ冷厳だった。沈黙する鬘の男に気を遣ったのかどうか、通信装置からため息まじりの声が届く。

『……スレッジはこの世界での実績はないが、賞金稼ぎは出る杭は打たれる世界だからな。一年未満の新米にでかい仕事をさせないよう、デジルが調整してきたのさ』

 押しも押されもせぬネームバリューを手に入れてからならまだしも、新米のうちから頭角を現して高額の賞金首を捕まえまくったら、やっかみから同業者のネットワークが期待できなくなる。

 交通違反、暴力行為、器物損壊(刑事訴訟は免除されるが民事訴訟される可能性はある)……。賞金首を見つけた際、賞金稼ぎがライセンスを振りかざして非合法ぎりぎりの追跡行為を行えるのも、半分は同業者ネットワークが機能してこそなのだ。

「なるほど。新米のうちから一匹狼を気取れるような甘い世界じゃないってことか」

『ふん。賞金首が何を感心していやがる』

 通信機の向こうでスービィが嗤う。その言葉を最後に通信が切られた。

「だから濡れ衣だと……くそっ。しかし、でかい仕事をしてないってことは、結局のところ経験不足なんじゃねえか」

 頼りになる要素があるとすれば、この世界では名の知れた男であるらしいデジルという人物が相棒に選んだ男だということ。鬘の男はそれ以上考えるのをやめて軽く頭を振ると、壊れたバイクを苦労して道路脇まで移動させ、いずこかへと歩き去った。


     *     *     *


 突然の通り雨にも似た連続音。

 バーチャルキーボードではない、ハードウェアのキーボードを叩く音だ。倉庫のような部屋の中でただひとり、端末を操作している人物がいた。あまりの静けさの中、早すぎる打鍵音が響いている。

 日没後の薄暗さの中、電気もつけていない。部屋の中の明かりといえば端末の画面のみだ。

 着ているものはジーンズとだぶだぶのTシャツ。小柄で細い肩の持ち主――どうやら子どものようだ。逆さにかぶった野球帽からは、長めの赤毛が無造作にはみ出している。まったりと画面と向き合ってうっすらと笑みを浮かべているが、両手の指の動きは目に止まらないほど。雨のような打鍵音の主であることは疑いようもない。

「見ぃつけた!」

 しばらく眼を細めるものの、打鍵速度もまったりとした笑顔もそのままだ。

「オーケー、こっちだよ。待ってるからねっ」

 そうつぶやくと、キーボードから手を離した。開いた瞳は大きかったが、それが普段の大きさのようだ。鳶色の瞳が画面の光を反射していた。


     *     *     *


「速いな……あいつもレースやってたのか?」

 スレッジは唸った。軽く追いつくと高をくくっていたのだ。だが、真後ろにぴったりと張り付くスレッジに気付いた賞金稼ぎの車はペースを上げた。

 タイヤをすべらせ、カウンターをあてて角を曲がっていく。普段から反重力システムに頼らず、道路の上を運転していないとなかなかできないドライビング・テクニックだ。

 スレッジも負けていない。見事なハングオンを披露し、ぴったりとくっついていく。

『こんにちはーっ!』

 突然、スレッジのイヤホンから聞き慣れぬ声が呼びかけてきた。

「わっ! なんだ、突然! 誰だ!」

『後で説明するよ。あいつらの行き先はわかってんだ。――次の角を右に曲がって!』

 高めの声。子どもだろうか。ハッカー気取りの悪戯だとしても【ポメラニアン】との専用回線に割り込める奴などいるとは思えない。だとしたら。

「お前、【ポメラニアン】に乗ってるのか? デジルの息子か?」

『だから後だってば。ほらもうすぐ! 右だよっ』

 スレッジは違和感を覚えた。

「おい待て! なんで俺の位置を特定できるんだ」

 発信器もつけていなければナビゲーションシステムも搭載していない。

「それより、あいつら左に曲がったぞ!」

 突然、スレッジのエアバイクのキャノピー左下の一部にディスプレイウィンドウが開き、擬人化されたワニと思しきキャラクターが出現した。

『大丈夫、行き先はわかってるから。右だよっ』

(合成音声?)

 ずっと、生身の人間と通信していたと思い込んでいたスレッジだったが、どうやらプログラムが話しかけてきただけだったようだ。

「きっとデジルの仕業だな。後で問いつめてやる」

 スレッジはスピードを落とし、右に体重移動した。

 その時――。

「な! パンク?」

 スレッジは急ブレーキをかけた。彼の耳に破裂音が届いたのだ。

 少なくとも、自分のバイクがパンクしたわけではない。彼はその場にバイクを止めて振り返った。

 さっきまで追っていた車はどこにも見えない。そのかわり、軍用装甲車が数台路上に展開している。十数人、いやもっと大勢の歩兵が銃を構え、こちらに背を向けて走っていくのが見える。

 薄暗がりに光るマズルフラッシュ。まるで打楽器の連続音を耳元で聞かされたかのような錯覚に、スレッジは一瞬首をすくめた。

「何が起きているんだよ、一体」

 軍人たちが発砲している。その弾丸はおそらくフルメタルジャケット弾だ。スレッジが携行しているような光線銃ではなく、昔ながらのマシンガンが火を噴いたのだ。

 投光器が太い光条を暗がりに突き刺す。しかし、硝煙と土煙のカーテンが視界を遮っている。

 その時、耳を澄ますまでもなく異質な音が轟く。

 地響きだ。遠方から何かがこちらへ近付いてくる。我知らず、スレッジの鼓動が早鐘を打ち始める。

 風が硝煙を吹き散らす。

 そして、そいつが動いた。

 巨大な人型をした、人ならざるものが!

 さらなる轟音が耳を聾する。

 それは、例えるなら反重力システム実用化以前の航空機が搭載していたジェットエンジンといったところか。

 やがてそいつの全身が明らかになる。

 二本足で直立する、身長十メートルの――。

「恐竜かよおいっ!」

 さっきの轟音はこの巨人、いや、怪獣の咆吼なのか。

 スレッジはしばし固まり、魅了されたかのように怪獣を見上げた。

 耳が慣れてきたのか、街のあちこちから犬の遠吠えと思しき鳴き声が聞こえてきた。怪獣の咆吼に誘われたのだろうか。

『スレッジ! 止まんないでっ! こっちに早くっ!』

 感情剥き出しに呼びかけるワニ。もはや普通のナビゲーション・キャラクターではない。だが、今のスレッジには、そんなことに気付く余裕はない。

「なんなんだ! なんなんだ、あの化け物はっ!」

 スレッジはナビが指し示す方向めがけ、バイクを走らせた。

 直後、背後で大きな爆発音が轟く。装甲車が一台、横倒しになって炎を噴き上げていた。

 スレッジは振り向かず、ただバイクを全速力で飛ばした。


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