16
デジルは、焦る気持ちをねじふせようとしては自分の禿頭をなでつける。通信機の前に座ってはいるがじっとしていられない。気付くと貧乏揺すりをしていた。
『つながったぜ、デジル。先方さんと直接話しな』
通信機の向こうでスービィが黙ると、通信の相手が切り替わった。新しい相手がこちらに話を促す短い声を寄越す。デジルは早口でまくしたてた。
「時間がないから単刀直入に言う。【アースシェイカー】は最大で三十発前後の超小型ミサイルを積んでる可能性がある――まだ十発くらい残ってるかもしれないんだ!
俺の船は現場に一番近い空域にいる。違法は承知で荷電粒子砲も整備済みだ。文句は後で聞くから俺に撃たせろ、俺なら迎撃できるっ!」
通信相手からの遅滞のない、短い返事に満足したデジルは、返事をしながら早速準備に取りかかる。
「感謝する、長官!」
【ポメラニアン】のセンサーが熱源を確認。【アースシェイカー】から十発のミサイルが打ち上げられた。第三陣が発射されたのだ。
――火気管制コンピュータ、起動。自動照準システム、オン。
「死ぬな、スレッジ! まさかミサイルを食い止めるとは。それ以上無理するんじゃない」
――フォースフィールド、オン。目標捕捉!
「みんな、無事でいろ!」
――ファイヤー!!
光速の九十九%にまで加速された荷電粒子が射出される。
大気と反応して発光した光の筋は、発射した瞬間にはおよそ十四キロ離れた目標に到達していた。
発射の衝撃でわずかに傾く【ポメラニアン】の中、デジルはモニタにかじりついた。
「三発――。くそ、たったの三発か! すまん、スレッジ!」
実際に試射したこともない荷電粒子砲を初めて使い、十四キロ離れた場所から超小型ミサイルを十発中三発迎撃できただけでも実は凄いことなのだが、デジルはそれを喜ぶ気には全くなれなかった。
「それでも!」
やれることは全てやっておきたい。万が一の第四陣発射に備え、デジルは再射撃のスタンバイをはじめた。
* * *
「ああああ!」
絶叫するカナの身体を虹色の光球が包み込む。
一瞬が数倍に引き延ばされる感覚の中、彼女の意識がミリィとつながった。
(カナさん、よかった! スービィの勘が当たったよ!)
(……? 誰?)
(僕、ミリィ。カナさんも【クワッシュ・スーツ】を着られる人だったんだ)
(【クワッシュ・スーツ】?)
(あとで説明する。それより、そっちにミサイルが落ちてくよ! 僕も力を貸すから集中して!)
(そんなこと言われても!)
(大丈夫。僕の真似をしてみて)
止める。包み込む。吸い込む。追い出す。
言葉にすると、そんなイメージ。理解できたわけではないが、カナはミリィの真似をした。
虹色の光球が膨れ上がる。
「なんだ、これはっ!」
カナに掴みかかろうとしたペイジ中佐の手が押し返される。
虹色の輝きはフィールドを身に纏わぬ者たちを飲み込み、ペイジ中佐を押し出す。
中佐が装甲車のドアに押し付けられ、扉が開いた刹那、ミサイルが着弾した。
荒れ狂う轟音と閃光。
しかし、カナとミリィは集中し続けた。
破壊的なエネルギーの大部分が、虚空へと消えていく。
「ミサイルを防いだだとぉっ!」
装甲が粉々に崩れ、剥き出しとなった車内の居住スペースには無傷の五人が横たわっているのが見える。
しかし、十メートルほど吹き飛ばされたペイジ中佐もまた無傷だった。
「ふ。しかし、私の新型個人用フィールドは計算以上に鉄壁の防御力だな」
中佐は装甲車へと近付いていく。
「う……」
突然フィールドを身に纏い、次の瞬間にはミサイルの直撃。
軽い目眩に襲われながら、カナはまだ気を失ってはいなかった。だが。
「あうっ!」
喉を掴まれて反射的に喘ぐ。ペイジ中佐だ。
「苦しいか……。貴様もフィールドを身に纏ったようだが、フィールド同士を干渉させれば、フィールドを中和することも可能なのだ!」
ペイジ中佐のフィールドは全身から右手へと集まっていく。
ペイジ中佐の言う通り、掴まれた瞬間には驚きこそしたものの苦しくはなかった。それが徐々に息苦しくなってきている。
「くう……うっ」
カナの爪先が地面から離れる。中佐に軽々と持ち上げられてしまったのだ。
「は、なし……て」
ほとんど声にならない。ペイジ中佐の指が喉に食い込む。フィールドが中和され始めているのだ。
次の瞬間――。
「ぐぼわっ!」
ペイジ中佐は奇妙な声を上げて倒れた。ようやく解放されたカナは、空気を貪り吸った。
「きもちわるー。へんなとこ蹴っちゃったよぅ!」
ミリィに“へんなとこ”を蹴られた中佐は巨体を地面に横たえたまま抗議の眼差しを向けるが、しばらく声を出せそうもない様子だ。なにしろ右腕以外のフィールドは薄くなっていたのだ。ミリィの蹴りはかなり効いた。
装甲車の居住空間に設置されていた【アースシェイカー】を動かすためのトランスジェネレーターは、家庭用冷蔵庫のような外見で、高さは一メートル程度だった。白光が漏れるその様子は、いまにも爆発しそうだ。
「ミリィ! カナさん! 気をつけて、ジェネレーター、いつ爆発してもおかしくない!」
手足がろくに動かせない様子のマークが、地面を這い進んできてふたりに警告した。
「な! 何があったの、マーク!」
さっき出会ったばかりの少年がぼろぼろになっている。カナは驚いて駆け寄った。
「わはははは。ジェネレーターが普通に止まる分には問題ないが、もし爆発すればどうなるかな。四十二年ぶりの激震で、このあたりは再び壊滅的な被害を被るかもなっ!」
高笑いしているものの、その場で小さく跳躍を繰り返しているのがなんとも情けない。
「ペイジ……」
「貴様、子どもの分際で親を呼び捨てか。私が与える薬がなければ手足も動かんというのに」
「親だと? 黙れ、四歳の僕に何も告げずサイボーグ手術を施した狂人が! こんな手足、動かなくても結構だ!」
「では、私が持っているこの薬、貴様にはもう必要ないな」
ペイジ中佐はふらふらと立ち上がり、懐からアンプルを取り出すと地面に叩きつけた。
その瞬間、上空で虹色の光球が輝いた。
「スレッジ? どうしよう、スレッジが!」
ミリィが軽くパニックを起こす。
その場の全員が上空を注目する中、ペイジはこっそりと個人用フィールドを切り、隠し持っていた手榴弾をジェネレーターに投げつけた。
「しまっ――! ミリィ、カナ! 集中して!」
なんとかなるとは思えない。だが他に方法はない。
マークの叫び声を後目に、ペイジ中佐は走り出した。
背から傘の骨組みのような複数の金属棒が張り出す。
「反重力グライダーだ。ジェネレーターが爆発したらどうなるか未知数だが、少なくとも反重力システムは回復する」
ペイジ中佐が背に仕込んでおいた反重力グライダーは、計算上は海外まで飛んでいくことも可能なのだ。
――閃光、轟音。
手榴弾が爆発した。
同時に、再び虹色の光球が拡がっていく。ぼろぼろの装甲車を中心にして。
* * *
(みんな、無事でいろ!)
「デジル?」
目を開けた。
「あ? やば! 第三陣だ!」
最後の一体となった【パペット】が、空中でスレッジを支えてくれていた。
「とうとう俺とお前だけか。っしゃ! 一発でも多く! 行くぜ」
その時、はるか上空で三発のミサイルが爆発した。
「あの光……。荷電粒子砲か! やってくれるぜ、デジル」
【パペット】が巨大な虹色の光球を発生させた。
「すげ。特別製か、お前は」
そうではなかった。地上で爆発したジェネレーターから漏れ出た反重力フィールドが、急速にネオジップ北部一帯の反重力システムを回復させつつあった。それに伴うフィールドの乱れが、一時的に【パペット】の性能を増大させたのだ。
【パペット】は、二発のミサイルを同時に受け止めた。
「よーし、俺も! うおおお!」
スレッジも巨大な光球を発生させる。二発同時に受け止めた。
さすがに一発だけの時とは違う。スレッジの光球の外側に、爆発のエネルギーが少し漏れた。
そこに、もう一発落ちてきた。
「なろぉ! 三発くらい、まとめて面倒見てやるぜっ!」
予想を上回る閃光と轟音の中、再びスレッジの気が遠くなる。
スレッジは、破片も残さず爆発炎上した【パペット】に、霞む視線を走らせた。
「ありがとな【パペット】。残り二発……。くそ……」
気絶するものか。その思いもむなしく、スレッジの身体は落下を始める。しかし今度こそ、彼を支える【パペット】は一体もいない。
副隊長は上空を見上げて歯がみした。
「我々は、ただ見ているしかできないのかっ! 彼ひとりに全て任せて!」
その時、目の前の【アースシェイカー】が膝をつき、倒れ込んだ。
「副隊長! 反重力システムが回復しています!」
先ほど防御フィールドを投擲した兵士が副隊長に報告した。
「よし! 彼を救うぞ!」
副隊長は自分の車の反重力システムを起動し、スレッジめがけて上空へ飛び上がった。
「いいか。彼の真下でホバリングし、上下反転する。反重力フィールドを彼に照射し、受け止めるぞ」
「しかし、下手をすると我々も彼も地上に激突します」
「他に方法はない!」
命に関わる命令には拒否権が認められているが、兵士は副隊長に従った。彼らの視界を横切り、地上にミサイルが落ちていく。
いずれも座標〇・〇・〇近辺だ。
噴煙を突き上げ、地表に砂塵が雨霰と降り注ぐ。
「……?」
上下を反転させた車内で、互いに顔を見合わせる副隊長と兵士。爆発の規模が小さすぎる。そう感じたのは気のせいか。
「反重力フィールド、照射!」
気を取り直し、副隊長が号令した。
兵士がスイッチを押すと、車は見る間に地表に吸い込まれそうな勢いで落ちていく。
作戦は失敗か。
地上への激突を覚悟し、きつく目を閉じる。
「……?」
何も起きない。副隊長と兵士はおそるおそる目を開けた。
車は空中に静止している。地上十メートル、車の天地は正常な姿勢に戻っていた。
「助かったぜ」
窓から覗き込むスレッジと目が合って、副隊長は思わず敬礼した。
「いえ。自分たちこそ、助けに来たつもりが逆に助けていただきました」
事実、地上めがけてわざと加速したような格好となってしまった車を、フィールドの力で静止させたのはスレッジなのだ。
「あんたらが反重力フィールドを浴びせてくれなかったら、俺は気絶したままだったぜ」
そう言ってスレッジは、今ミサイルが落ちた場所を振り向く。
その目が一度大きく見開かれたかと思うと、次の瞬間には半目で何かを睨むような視線へと変化した。
彼の視線を遮るように、恰幅の良い中年が空を泳いでくるところだったのだ。
「ど、どけっ! こっちは急に曲がれないんだっ!」
「ペイジ!」
先に叫んだのはペイジ中佐だ。それに応じるような形で車窓から身を乗り出した副隊長は、火薬式の拳銃で反重力グライダーを狙撃した。
「ばか、やめっ! そこはフィールドの外に剥き出しなんだぞ!」
慌てる中佐を無視して発砲を続ける。
二発、三発。
何発目かの銃弾が反重力グライダーに命中した。
「おちるー!」
ペイジ中佐の醜態を見てにやりと笑ったスレッジは、両手で作ったフィールドの塊をペイジ中佐に投げつけた。
ペイジ中佐の身体が空中に静止するのを見て、副隊長が言った。
「優しいんですね、スレッジさん」
「そうかい?」
スレッジが片手を真上に上げると、ペイジ中佐の身体が回転し始めた。
「わ、わ、くそぉ!」
反重力グライダーの出力を最高に設定したペイジ中佐だったが、グライダーが発光するだけで回転を止めることが出来ない。
やがて、発光して回転したまま上空へと飛び上がっていく。
「は、は……」
内心でつい今し方の発言を取り消す副隊長だった。
十四キロ離れた【ポメラニアン】の中で、モニタにかじりついていたデジルは発光体を確認した。
ミサイルにしては少し温度が低いので、光学照準装置に付属の画像解析をかける。
金属の細い管を確認。武器検索を実行――、検索結果:指向性散弾。
「地雷を空中に投げて、どんな意味が……。いや、考えるのは後だ。撃ち落としてやる!」
照準――ファイヤー!
目標消滅。
* * *
「おー。いい腕してんじゃん、デジル」
再び荷電粒子砲の光を見届けたスレッジは、座標〇・〇・〇へと向かう。
飛び去っていくスレッジを、中央情報局と陸軍情報部の両軍兵士たちは敬礼をして見送った。
地上に到着したスレッジは、ぼろぼろになった装甲車の中で気絶している男女を見た。
ミリィは。いた。横になっている。
「おい……なんだよ、ミリィ!」
カナと、彼女に肩を借りて上体を起こしているマーク以外、起きている者はいない。
だが、起きているふたりにもおよそ表情というものがない。
「ミリィ、ミリィ! 無事だよな?」
認めない。俺が無事なのに。
手を触れる。頬をなでる。
「体温が……」
思い出した。フィールドで身を包んだままだ。これじゃ体温を感じるわけがない。
フィールドを解く。
もう一度触れようとした、その手を――。
「スレーッジ!」
その手をすり抜けるようにして飛び起きたミリィは、スレッジの胸に飛び込んできた。
続いて、ゲイリー、ユキ、マーチンの三人が起きあがる。
「悪い冗談はよせ! この、お子様が……」
不覚にも、スレッジの声は震えてしまった。
「あれ? スレッジ泣いてる? うれしい!」
ミリィのぬくもりを心地良く感じたスレッジは、最早ミリィのいたずらを叱る気にはなれなかった。
(子どもなのは俺の方か。完敗だな、くそ)
「よーお、スレッジ! お疲れさん」
スービィはスレッジの肩に手を置き、低い声で言った。
「ミリィのことはお前さんに任せるが、最後まで責任をとるんだぞ」
「は? 何言って――」
「ミリィは俺の姪。まあ養子だから俺の子だと言ってもいいがな。大事な子だ。三万ローエン相当の、な」
ぽかんとするスレッジ。
「スービィてめえ!」
叫びながら“まあいいか”と思ってしまい、本日二度目の敗北感に苛まれるスレッジだった。
スービィはスレッジに背を向けるとマークに向かって言った。
「マーク。この先、お前さんにも働いてもらうからな」
「だけどぼくは、あなたたちの邪魔をしました。手足もこの通り、もう動きませんし」
「だけどはなし。お前さんも俺の甥だ。伯父の言うことを聞け」
マークの脳裏に、赤毛の双子を抱き上げる上等なスーツを着た人物の映像が甦る。スービィの本質に触れたような気がしたマークは、はにかんで小さく返事をした。
「……はい」
そこでちらりとスレッジを振り向き、やや意地悪そうな笑みを口端に張り付けたスービィが付け加えた。
「手足のことなら心配するな。あっちの目付きの悪いお兄さんが、金より女の子を選んだんでな。三万ローエンもあれば薬無しで両手と両足を動くようにしてやれるぜ」
「てめえ、マジで腹立つ! 人をロリコンみたいに」
喚くスレッジの腕に両腕を絡めたミリィが、彼を見上げる。
「んっ、違うの? でも、お金じゃなくってそこに突っ込むあたりがスレッジらしくて好き」
口に手を当てくすくす笑うカナのとなりで、ゲイリーは腹を捩らせ豪快に笑っている。
スレッジは口をぱくぱくさせたが、言い返す気力を失って嘆息した。
夕闇迫るネオジップの空は、激戦の名残を感じさせることなくからりと晴れ渡っていた。
(完)




