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 ペイジ中佐はにこやかに部下を出迎えた。

「よくやったデービス上等兵。貴官の働きにより我が陸軍情報部は一枚岩の組織となった」

「はっ!」

 マーチンが敬礼を返す。

 もうあきらめてしまったのか、ユキは能面のような無表情で一言も言葉を発しない。

 ユキと同様に、カナとゲイリーも後ろ手に手錠をかけられていた。

 三人の背を押すようにして、マーチンを最後尾にして全員が装甲車に乗り込んだ。

 装甲車はそれなりに大きな車輌だが、あらかじめアルファ4と助手席の兵士が乗っているため、合計で七人もの人間が乗り込んだ計算になるが、冷房が効いており暑苦しくはない。

 だが、カナは不快感もあらわに吐き捨てた。

「ペイジ中佐。これは何のつもり? 笑えない冗談ね」

 ペイジ中佐は底冷えのする光を湛えた目を細め、口端を吊り上げてにやりと笑っただけだった。カナは悔しげに唇を噛むと、もう顔も見たくないという意思表示と共に視線を逸らした。

「待てよ! 俺たちをどうする気だ。“荷物”さえ持ってくれば自由の身だと聞いたから、この通り持ってきたじゃないか」

 ゲイリーが大声を張り上げた。彼はマーチンが脇に抱える“荷物”を顎で示している。

 体当たりでもしそうな勢いの巨漢に対してアルファ4が拳銃を向けたが、ペイジ中佐はそれを制止して余裕の表情で「言わせてやれ」と告げた。

 幾分落ち着きを取り戻したゲイリーは懇願した。

「少なくともカナは無関係だ。今すぐ放してやってくれ」

「このネオジップに住んでいながら【アースシェイカー】と無関係な人なんていませんよ。ノイルさん、ウォーレスさん」

 ペイジ中佐はあくまでも穏やかな口調で冷酷に言い放つ。

「ノイルさんには罪をかぶっていただきますが、同時に【アースシェイカー】のリモートユニット開発者としての名誉もあなたのもの。良い意味でも、歴史に名を刻むことになりますよ」

「最初からそれが狙いか……。そして陸軍には一切キズがつかないというわけか」

 ペイジ中佐はゲイリーを無視し、ユキの正面へと移動した。

「コーエン少尉。いや、中尉か。中央情報局としても、表立って私を逮捕なり書類送検なりするには準備不足だったと見える」

 彼は顎をそらして冷笑を浮かべると、見下す目つきで話しかける。

「君は確かに逸材だよ。その年齢としで中央情報局の中尉を務めるほどだからね。しかしスパイとしては明らかに経験不足だ。中央情報局なら他に適任者がいるだろうに、君のような小娘しか送り込めなかったのが何よりの証拠だ」

「すでに長官は、あなたの行動を完全に把握している。茶番劇は早々に止めた方が身のためだ」

 ユキはペイジ中佐を真正面から睨み据え、一息に言い放った。

 直後、車内に鈍い打擲音が響いた。それまで目を逸らしていたカナが驚いて視線を上げると、右手を振りきったペイジ中佐と、左頬を赤く腫らしたユキの姿が目に入った。

「ユキさん!」

「バカめ。私に手を出せば、陸軍だけでなく、空軍と海軍の参謀クラスも何人か敵に回すことになるぞ。第一、私とクリント重工のパイプを失うことは、全軍にとって途轍もない損失なのだ。それがわからぬ長官ではあるまい」

 張られた頬をペイジ中佐に向けたまま床に視線を落とすユキを見て、中佐はやや満足そうに付け加えた。

「君たちの命は今日までだが、せめて寂しくないように三人一緒に葬ってやろう」

 その言葉を聞いたユキは、にやりと笑ってペイジ中佐を見上げた。そして告げる。

「断る!」

 それを合図に、カナ、ゲイリー、ユキの三人がペイジ中佐に銃を向けた。手錠はかかっていない。

「動くなっ!」

 運転席から後ろの様子を見ていたアルファ4はすかさず銃を構えた。

 だが、動けなくなったのはアルファ4だった。彼はあっさりと銃を捨てた。

 助手席の兵士とマーチンが同時に、アルファ4の頭部に銃を突きつけたのだ。

「デービス上等兵! 貴様等! これは何のつもりかっ!?」

 目を見開き唾を飛ばしながら喚くペイジ中佐に、マーチンが冷たく答えた。

「中央情報局を甘く見ないことです、ペイジ中佐。まあ、準備不足だったことは認めますがね。なにしろ、中佐の仰る参謀クラスの方々は、中佐が何をなさっているかよくわからず、困っていらっしゃったようでしてね。我々に相談に来られたのですよ」

 それについてはそれなりに裏工作があり、ぎりぎりで重い腰を上げさせたのだが、マーチンにはそれを正直に告げるつもりなどさらさらない。

「な……んだとっ」

「ああ、それから。クリント重工の重役さんにも話を伺ったのですが、あなたの注文を断ると社会的に抹殺されるから断れなかった……と」

 ペイジ中佐の顔は、今にも湯気が出そうなほど赤くなった。

「嘘をつけ! あのタヌキ常務がっ!」

「はて。クリント重工の常務ですか? ああ、自分のギャンブルの損失を会社のお金で補填して今日付けで懲戒解雇された役員さん、たしかそんな肩書でしたね。今日のニュース、ほとんど反重力システムのダウンと昨夜の突然のテロばっかりだったんで印象の薄いニュースになってましたけど」

 準備不足などではない。ペイジ中佐はここにきてようやく、追いつめられたのは自分だということを知った。

「では、作戦は中止ですね!」

 いくぶんうれしそうにアルファ4が言い、通信機を操作した。

「ベータ2! アルファ4だ! 作戦中止! 繰り返す、作戦中――」

 破裂音が轟いた。

 遅れて硝煙の臭いが車内を満たす。

 早撃ちだった。ペイジ中佐は、その体格と弛緩した様子からは想像もつかない早業で、銃を抜いた瞬間にアルファ4の頭部を撃ち抜いた。光線銃ではなく、火薬式の銃だ。装甲車の運転席に、血と脳漿が飛び散っている。

 すかさずユキがペイジ中佐を撃ったが、彼女の光線銃はペイジ中佐の身体に届く前に拡散した。

「個人用フィールド!?」

「ふ。中央情報局だけの装備だと思ったか」

 この時点において、その場の誰も——ペイジ中佐を除き——知らなかった。

 ペイジ中佐とアルファ4、そして【アースシェイカー】のオペレータであるベータ2。その三人だけで事前に打ち合わせた対応マニュアルがあったことを。

 ペイジ中佐の瞳にくらい影がさし、口元に歪んだ笑みが浮かんだ。


     *     *     *


『――銃声を確認。マニュアルEを実行します』

 通信機の向こう側、【アースシェイカー】を遠隔操作するオペレートルームで、ベータ2はあるボタンの保護ケースを外した。

 ひとつ深呼吸して、ボタンを押し込む。それは【アースシェイカー】に搭載したミサイルの発射ボタンだ。

 【アースシェイカー】の肩に装備された発射カバーが開き、そこに格納されていたミサイル群が真上に発射される。

 その映像は、ユキたちが乗っている装甲車のモニターでも確認できた。

『第二ボタン、押下。第三ボタン、押下』

 通信機からくぐもった破裂音が届いた。

「見事な自決である。ご苦労、ベータ2」

「っ……! ペイジ、貴様いったい何を」

 マーチンの叫びに対し、ペイジ中佐はのんびりとした様子で答えた。

「今から二分間隔で、十発ずつ三回にわたってミサイルが降り注ぐ。このネオジップ北部一帯を何もかも無に帰する量のミサイルがな」

 ペイジ中佐は、もう撃つつもりがないのか銃口をだらりと下げた。

「残念だったな。もう全員終わりだ。ふはははは。グレートザップ陸軍、万歳」

 個人用フィールドの持続時間はごく短いはず。

「貴様ぁ!」

 ゲイリーが光線銃を撃つ。

 しかし、ペイジ中佐の身体に届くことなく拡散。

「私が装備している個人用フィールドはクリント重工で開発中のものだ。中央情報局の装備とは強度も持続時間も桁が違うよ」

 余裕たっぷりに言い放つペイジ中佐は、銃を床に捨ててしまった。

「銃はもう使わん。君たちを撃つには、私もフィールドを解かねばならんからな。それより、このモニタを見たまえ。遅くともあと四分で、この辺り一帯は全滅だ。私だけは生き残る可能性があるがね」

 五人が一斉にペイジ中佐を撃つ。しかし、いずれも弾かれてしまう。

「まだわからんのかね。無駄だよ」

 言いながらモニタを見ていたペイジ中佐は、わずかに眉をひそめた。

「貴様、細工したな」

 助手席にゆっくりと歩いていったペイジ中佐は、下士官が担当していた操作パネルに手をかざす。

 すると、マークが直立する様子を映していたモニタが現在の状況に切り替わる。人物がひとり増え、どちらも立っていない。

 そこには、眠るマークの頭を膝に乗せたミリィが映っていた。今まで映っていた映像は録画されたものであり、一定時間の内容がループ再生されていたのだ。

「ふん。まあよい。もし私が生き残ることができれば、この個人用フィールドを手土産に他国の諜報機関に拾ってもらうことも可能だ。いや、別にテロ組織でも構わんがな」

「ぐあっ!」

 ペイジ中佐が下士官の肩に手を置くと、下士官は気絶してしまった。中央情報局のそれより強力なフィールドは、フィールドの内側を完璧に護るのと同時に、外側に対して武器として使うこともできるのだ。

 ペイジ中佐は続いてゲイリーとユキにも触れた。

「ブース!」

 カナの叫びもむなしく、ふたりともあっという間に気絶した。

 彼女を背にかばうマーチンが“荷物”の蓋を開ける。しかし、それとほぼ同時に彼の肩にペイジ中佐の手が置かれてしまった。

「く……っ!」

「ああああ!」

 気絶するマーチンの呻き声を掻き消すほどのカナの絶叫。後退りするカナに、ペイジ中佐が手を伸ばす。

 遮るものは何もない。目の前、わずかに十センチ。


 その瞬間、一発のミサイルが彼らの乗る装甲車を直撃した――。


     *     *     *


「ミサイル十発だとお!!」

 【アースシェイカー】の真上に到達したスレッジは、上空で反転し地上に降ってくる光弾を睨み据えた。

「くそ、俺ひとりじゃ足りねえ!」

 スレッジは飛んでくる途中、偽装された格納庫らしき場所を二箇所見つけていた。【アースシェイカー】格納庫より規模が小さいものの、上空から見下ろすとそれなりに気付く程度の違和感があったのだ。

 それらの格納庫の中身について、スレッジにはもうわかっている。

「――来い、【パペット】!」


 【パペット】のカメラアイに光が灯った。

 A小隊、B小隊の合計十二体の【パペット】が同時に起きあがる。

 ベータ3は、自分の居るC小隊格納庫のモニタで、その様子を見て通信機に怒鳴りつけた。A小隊、B小隊の担当者はベータ9だ。

「ベータ9! ベータ3だ! なぜ起動した!? 命令はまだだろうがっ!」

「【パペット】が勝手に起動してます、止められません!!」

 慌てふためいた声で応答する後輩に、ベータ3はさらに怒鳴りつける。

「ハードウエアキーを切れ!」

「切るどころか、まだ入れてもいないんですっ!!」

 自分の格納庫から音がする。

 おそるおそる振り向くと、C小隊の六体も起動していた。

 ベータ3は仰天した。こちらも、ハードウエアキーを入れていないのに。

 それどころか。

「と、飛んだ!? 一体、何が起きていやがるんだっ!?」


 スレッジのまわりに合計十八体の【パペット】が集まり、滞空している。

「俺たちでミサイルを迎撃する! いいか、撃墜されても受け止めてみせろ!」

 スレッジの真上に一発落ちてきた。

「おおおお!!」

 虹色に輝く光が拡がり、ミサイルを受け止め、包み込む。

「ぬあああああ!!」

 虹色の光が消滅。爆発のエネルギーごと、虚空に消え去ったのだ。

「く……」

 一瞬気が遠くなり、自由落下しかけたスレッジを一体の【パペット】が受け止める。

「お前は自分の仕事をしろっ!」

 上空に、虹色に輝く複数の光の花が咲く。

 八体の【パペット】がミサイルを受け止めた。

 彼らはスレッジのようにはできない。

 例外なく、上空で【パペット】ごと爆発炎上した。しかし、いずれの爆発もミサイルの破壊力から考えると幾分小規模なものに過ぎなかった。

 十発目が地上に落ちる。

「しまった!」

 それは、非常時のミサイル攻撃の際には必ず一発はそこに落ちるよう、ペイジ中佐があらかじめプログラムさせておいた座標だった。

 ペイジ中佐が乗る装甲車、座標〇・〇・〇。

 目映い閃光と共に地響きのような爆発音が轟く。

 しかしスレッジには、爆発地点に虹色の光球が出現し、ミサイルの爆発を最小限に抑え込んでいる様子に気付く余裕はない。


 腹に響く重低音が谺する。

 ミサイルの発射音。【アースシェイカー】からだ。

 地上に構ってはいられない。

 心臓を氷の塊で鷲掴みされたような心地で振り向いたスレッジは、見た。

 第二陣、今回も十発のミサイルが【アースシェイカー】から発射されるのを。

「いったい何発積んでいやがるっ!」

 高空まで一気に上り詰めた光弾の群れが、反転して降ってくる。

 再び咲き乱れる虹色の花。

 九体の【パペット】が“身体”を張ってミサイルを迎撃するのを横目に、十発目をスレッジが止めた。

「うおおおおお!」

(まだだ。まだ、気絶するわけには……)

 耳鳴りがする。視界が霞む。

 必死に意識をつなぎとめようとする意思とは裏腹に、スレッジの世界は暗転した。


 そして、第三陣のミサイル十発が発射された。

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