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轟音と共に、スレッジとミリィにのしかかっていた瓦礫が四散した。
立ち籠める粉塵に視界を遮られつつも、ようやく立ち上がるスレッジとミリィ。
「だれが……」
ミリィの声ではない。
「だれが弟だ。笑わせるな」
冷たくつぶやく少年の声。
少しずつ粉塵がおさまっていく。
目を凝らしたが視界が晴れない。
「どうやら常に透視の状態を維持できるわけじゃなさそうだな」
ようやくスレッジは赤毛のふたりを視認した。数メートル離れている。
次の瞬間、マークの蹴りがミリィの腹に直撃した。
「きゃああ!」
真後ろに吹っ飛ぶミリィを何者かが受け止める。
「ありが……ぎゃ」
ミリィを受け止めたのは【パペット】だった。
「くっ、このっ」
【パペット】に羽交い締めにされたミリィは動けないようだ。
マークのつぶやく声が聞こえた。
「【パペット】もフィールドの力を使って動く。フィールド同士が干渉すれば、時間をかければフィールドを破ることだってできるだろうね」
「っ————!」
すぐ隣だ。肩が触れ合うほどの距離。
いつの間に。そう呟く余裕はスレッジにはなかった。
マークはほとんど視線も合わさずに裏拳を放ってきたのだ。
「ぐっ!!」
両手を交差させてマークの裏拳を受け止めたスレッジは、その姿勢のまま真後ろに吹っ飛ばされる。
「お前もフィールドを……」
スレッジが睨みつける視線を真正面に受け止めながらも、マークはほとんど関心がないかのように無表情で見返した。
それにしてもフィールドで身を護っているというのにかなりの衝撃だ。この衝撃を、ミリィは真正面から腹に受けたというのか。
「ミリィ!」
「僕は平気! お人形さんなんかにそう簡単に僕のフィールドを破らせたりしない!」
瓦礫が崩れ、下から何かが這い出して来た。
「うわ!」
五体の【パペット】だ。
あろうことか五体とも、捕まっているミリィの方へと近付いてくる。
「や、来んなあっ!」
「ミリィ、今行く――」
立ち上がるスレッジに迫り、ミドルキックを放ってくるマーク。
ガードした左腕に痛みを感じつつ、スレッジは叫んだ。
「お前、ミリィの兄弟だろうがっ! いがみ合うのは勝手だが、まずは罪もない人を【アースシェイカー】に蹂躙させるのを止めようぜ! 俺たちと一緒に」
「黙れ!」
マークの表情が怒りに歪む。
さっきまでの、冷たく無表情だったマークとは別人のようだ。
「あんたこそ、こんな奴に騙されるなっ! 僕の、僕の両親を殺した異星人にっ――うう!」
「あうっ」
「うぐ――」
マークが激昂した瞬間、三人は“共鳴”した。
突然、脳裏に流れ込んでくるイメージ。
白衣を着た男女。三歳か四歳くらいの赤毛の双子。そして双子を交互に抱き上げる、上等なスーツを着た人物。
映像は、燃え上がる炎のイメージと共に暗転した。
時間にしてものの一秒にも満たない程度だろう。
「許すものか、堂々と人間のフリをしやがって!」
ミリィに殴りかかろうとするマークの動作は、別人のように隙だらけだった。
スレッジはマークに背後から掴みかかり、もろとも地面に転がった。
スレッジに馬乗りされた格好のマークは、動けなくなった。
「もったいないよ、あんた。僕のフィールドをはねのけて瓦礫から脱出できるほどの力を、みすみす異星人なんかに利用させるなんて」
「わけわかんないこと言ってるんじゃねえっ!」
スレッジの脳裏に、ミリィとの会話が甦る。
――俺は、誰を信じれば良い?
――スレッジが信じたい人を。
「俺は孤児だからよくわからないが、お前たち兄弟だろう。なぜ信じ合わない?」
「僕だって孤児さ。ずっと孤児院で育ってきた。あの事故で生き残ったのは僕だけだ」
「なんだって?」
スレッジとマークの会話は中断した。
【アースシェイカー】が歩き出したのだ。
振り向いたスレッジは焦ったつぶやきを漏らす。
「やばい! 兵士たちを踏み潰す気だ!」
思わず身を乗り出したスレッジだったが、ひとつの悲鳴が彼をその場に釘付けにした。
「あああ!」
ミリィだ。
「しまっ――」
注意を逸らしたスレッジを、マークは蹴り飛ばした。
再び吹っ飛ばされつつ、スレッジはミリィの方を見た。
(フィールドを破られたのかっ?)
六体の【パペット】に取り囲まれたミリィは、左腕を怪我していた。
「うおおおおお!」
地面を転がり、片膝をついて上体だけを起こしたスレッジは、鋭い三白眼で【パペット】どもを睨み付け集中しはじめた。
「だから、騙されるなって言うんだっ!」
マークに側頭部を蹴られたが、スレッジは蹴られる位置を予測していた。
スレッジの側頭部に分厚く集まったフィールドは、マークの蹴りを跳ね返した。
「なにっ!?」
スレッジはその姿勢のまま、側頭部のフィールドを【パペット】どもにぶつけた。
金属同士がぶつかる高い音が響き、五体の【パペット】がばらばらになって崩れ落ちた。
ミリィの背後にいる一体は、相変わらずミリィを羽交い締めにしている。
「いつまでも調子に乗ってんじゃ、ないっ!」
ミリィは自力で【パペット】を投げ飛ばした。
たまたま目の前に落下した【パペット】を、マークが蹴り飛ばす。
「どけっ!」
たった今スレッジのフィールドに跳ね返された右足を【パペット】に叩き込んだマークは、しかし苦痛に呻いた。
「ぐあっ!」
【パペット】の腕に脛を切り裂かれた。
「僕のフィールドを中和したと……言うのか」
スレッジの分厚いフィールドを蹴ったことで、マークの足の部分のフィールドが消えかけていたようだ。
自分の脛に視線を落としたマークは絶句した。
「!」
脛から流れ落ちる血液――血であるはずの液体は、鮮やかな緑色をしていた。
* * *
陸軍情報部のデルタ隊が、ユキに代わって指揮を執る中央情報局特務小隊の攻撃部隊と接触し、交戦状態に入った。
装甲車を擁するデルタ隊の守りは厚く、特務小隊の火力をもってしてもガンマ隊のように簡単に蹴散らすことはできずにいた。
そこへ、【アースシェイカー】が咆吼と共に近付いていく。
デルタ隊および特務小隊の兵士たちが異変に気付いた時には、【アースシェイカー】はすでに駆け足での移動を開始していた。
風を切る音が轟き、巨大な影が大地を移動する。
身長十メートルを超える巨体がジャンプしたのだ。
着地したのはデルタ隊のど真ん中、装甲車の真上だった。
銃弾に耐える堅牢さを誇る装甲車が、まるで空っぽの段ボールを潰すかのようにあっけなく潰れ、爆発炎上した。
「うわ、うわあああ!!」
敵も味方も関係なく、その場の全員の攻撃が【アースシェイカー】に集中した。
装甲車には指揮官が乗っていたのだろうか。特に陸軍の乱れ方はひどかった。
「落ち着け! こいつは外付けユニットで動いているんだろうっ!」
ユキの部下である少尉——特務小隊副隊長が車外スピーカーを使い、敵にも聞こえるように指示を出す。
「陸軍兵士に告ぐ。巨人は共通の敵である。自衛のため、現在ただいまより共同戦線を張る。ついては暫定的に本官の指示に従え! 総員! 関節を狙え! 陸軍は右膝! 我々は左膝を狙うっ!」
さすがに鍛え抜かれた兵士たちである。しっかりした指揮官さえいれば、それまでの腰が引けた闇雲な攻撃から、いつもの統率された攻撃へと瞬時に切り替わる。
【アースシェイカー】の各関節付近で飛び散る火花。しかし、動きを止めることができない。どうやらリモートユニット自体もフィールドの力で護られているらしく、メタルジャケット弾の直撃を食い止められてしまうのだ。
「我々の防御フィールドを巨人の関節にぶつける! 陸軍は援護せよ!」
副隊長は、防御フィールドでリモートユニットのフィールドを中和することを思いついたのだ。
部下に防御フィールド発生装置を持たせた副隊長は、部下が【アースシェイカー】の右膝を狙いやすくするために指示を飛ばす。
「左足首と左肩に攻撃を集中! 総員! 巨人の左半身に移動せよ!」
案の定、【アースシェイカー】のオペレータは左に集まる兵士たちを潰すことに神経を集中させたらしい。ややあわてたように左を向こうとする【アースシェイカー】の動きは、遠隔操作の限界を感じさせた。
フィールド発生装置を投擲するために身構えた兵士の頭上、投げれば届く位置まで巨人の右膝が迫ってきた。
「狙い――構え! 投擲ぃ!」
兵士が投げた装置は正確に巨人の膝に装着されたユニットを直撃した。
目に見える反応はないが、運が良ければフィールドが中和されたかもしれない。
「総員! 巨人の右膝に攻撃を集中!」
【アースシェイカー】の膝から飛び散る火花が、膝を護っていたはずのフィールドが消滅したことを告げていた。
いける!
副隊長が確信した瞬間、【アースシェイカー】は直立姿勢をとり、両腕を胸の前で交差させた。
「な、なんだっ?」
【アースシェイカー】の肩から、幾筋かの光が飛び出した。
それらは上空で反転すると、こちらへ雨のように降り注ごうとしている。
【アースシェイカー】の肩からたなびく煙の意味するところは――。
「ペイジめ! 【アースシェイカー】にミサイルまで積んでいたのか!」
(小隊長。あなただけでも、どうかご無事で)
副隊長は万策尽きたことを知った。
* * *
【パペット】が左腕を振り下ろす。
光を反射する金属の輝きに眼を細めたマークは、戦闘用【パペット】が腕の先端に鋭いナイフ状の爪を備えていることを知った。
その場に尻餅をついた姿勢のまま、反射的に右腕で受け止めたが——。
「ぐあああ!!」
マークの右腕から、再び緑色の液体が飛び散る。
フィールドが消えたのは、右足だけではなかったようだ。
右足と右腕を負傷したマークは、痛みに顔をしかめながら、しかし動く気力を失ったかのように放心した呟きを漏らす。
「う……。異星人は、僕の方だったのか……」
再び、【パペット】がマークを攻撃するべく、右腕を振り上げる。
「何してる、ミリィ! 助けるぞ!」
口に手を当て立ちつくしていたミリィは、スレッジの一言で我に返ったように動く。
「う、うん!」
ミリィが【パペット】の右腕を掴む。
動きの止まった【パペット】の腹に、スレッジがフィールドを叩き込んだ。
がらがらと崩れ落ちる【パペット】には目もくれず、スレッジはミリィの左腕の傷を覗き込んだ。
「見せてみろ」
「あぁ、平気だから」
スレッジがミリィの左腕を掴む。
「い……っ!」
傷は浅い。少し出血――彼女の方は赤色だ――しているが、フィールドが完全にやぶられたわけではないようで、ほんのかすり傷だ。スレッジはミリィの傷の上に右手を置き、目を閉じて集中した。
「すご……。治った」
「自信はなかったけどな。多分できるんじゃないかと思った。……次、マークな」
座り込むマークを、スレッジは見下ろした。
「は? 何言ってる? 僕はあんたたちを襲っ——」
「黙ってろ。お前はきっと騙されていただけだ」
マークは自分の怪我を見下ろす。
「異星人は、僕の方だった。じゃあ、僕の記憶にある事故の原因は、僕自身にあるのか」
「悪いとは思ったがお前の身体を透視した。お前の両手と両足は、機械とはちょっと違うが、人工的なものだ」
「――?」
マークは口を開けたが、声にならなかった。
「多分、治せる」
ミリィの時と同じように、マークの傷に手を置いたスレッジ。ほどなく、マークの傷口は塞がった。
立ち上がろうとしたマークは、転んでしまった。
「く……。薬が切れたようだ。たった三時間しか経ってないのに……」
どうやら、マークは自力で手足を動かせないようだ。
「ミリィ。ここでマークを見ててやってくれ」
「うん。スレッジは?」
「兵士たちがやばい。【アースシェイカー】を追う!」
言うが早いか、スレッジは空中に飛び上がり、文字通り飛び去っていく。
「スレッジすごいよ。スービィに言われた通り、何も説明してあげてないのに」
ふと見下ろすと、マークは寝息を立てていた。
ミリィはマークの頭を膝に乗せ、彼の髪に手を置いて呟いた。
「おかえり。僕の弟……」




