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この作品は2009年10月ごろに完結させた過去作品ですが、大筋に影響しない程度に改稿しつつ連載していこうと思います。

舞台は現代の地球とよく似た異世界です。

※この作品はフィクションであり実在の人名・地名・組織名とは一切関係ありません。

 

 撒き上がる砂塵がぎらつく陽光を遮った。

 とある島国に隕石が落ちたのだ。しかも、首都間近の郊外である。

 その直後、島国は激震に見舞われた。

 隕石の衝突に起因する揺れにしては大きすぎた。不幸な偶然により、ほぼ同じタイミングで大地震が起きたのだ。

 衝突コースは予め算出されていた上、大気摩擦を経て地表に届いた隕石はさほど大きなものではなかった。郊外の大地がクレーター状に抉られたものの、隕石そのものによる環境被害は軽微で済んだ。しかし、人々は直後の地震まで予測することはできなかった。

 世界史に残る未曾有の大災害。結果的に、島国ザップの首都ジップは壊滅同然の惨状に陥った。


 あれから四十二年。

 復興暦〇〇四二年八月一日。


 一時的に廃墟と化した街は、徐々に以前の喧噪を取り戻しつつある。単一民族国家だった島国ザップは多民族国家グレートザップとして復興したのだ。壊滅状態から再生した首都は、今や多様な人種の坩堝である。

 震災前との違いとして、犯罪の発生率は桁違いに高くなった。

 警察による対応はいつも後手に回り、首都として、また国家として治安維持が最優先事項となる。そこで都は警察力を強化する一方、公然と賞金稼ぎを雇った。尤も、賞金稼ぎとの契約は成功報酬制であるため、賞金のために多額の予算枠を設定したに過ぎない。

 職業として賞金稼ぎを続けるためにはライセンスが必要であり、誰もがおいそれと賞金稼ぎになれるわけではない。それでも、街には多人数の賞金稼ぎが集まった。


 その街の名は、ジップ改めネオジップ。どん底から這い上がったばかりだが、活気のある街だ。


     *     *     *


 ケータイが振動し、メールの着信を知らせた。カウンターに突っ伏して寝ていた男は完全に酔い潰れていたわけではなかったらしく、体を起こしてケータイを開いた。

 長身痩躯、二十代半ばの男である。切れ長の黒目と長めの黒髪を持つ青年だ。あまり骨太とは言えないがそこそこ鋭い目つきをしており、精悍な印象を醸している。しかし、ケータイを眺める彼の頬には居眠り跡を示す線がくっきりと浮かんでいた。

「おいスレッジ。いい若いもんが昼間っから安酒呑んで寝てんじゃねえよ」

 男が起きたのを見計らい、店主がドスの利いた低めの声を掛けてくる。店主は大柄で、剥き出しの両腕には錨の入れ墨が施してある。店の名は〈キャプテン・クック〉で、常連は店主のことを“キャプテン”と呼ぶ。スレッジは確かめたことはないが、いつも想像している。店主は多分、元船乗り——それもいかがわしい種類の——なのだろう、と。

「自分の店で出してる酒を“安酒”って言うか普通……。ま、その通りだから俺がここで呑んでいられるんだけどな」

 開店間もない時間とは言え日没直前であり、昼間と言うには無理のある時間帯である。面倒なので、スレッジはそこにツッコミを入れるのはやめた。かわりに不敵な笑みを浮かべてみせる。

「どうやら仕事が来たようだ。今回の“お客さん”は小物だがな」

 さっき着信したばかりのメールは相棒からの連絡であり、“お客さん”とは賞金首のことである。スレッジは賞金稼ぎなのだ。

「なんだか報酬額もチンケだが、そろそろ干上がってきた頃だし、選んでいられねえ」

「そろそろ? 言葉の遣い方がなってねえな。“長いこと干上がっていたところだし”、だろ?」

「……違いねえ。今日の払いはツケでいいか? 今度の報酬できっちり払うからさ」

 店主の嫌みにも愛想良く返したスレッジだったが、

「いつもニコニコ明朗会計」

 と、さらに愛想の良い——少なくとも表面上は——返事を寄越されて言葉に詰まった。

 この台詞をにこやかにいうキャプテンほど迫力のある人間には、スレッジはいまだかつて出会ったことがない。そう、今まで戦ってきたどんな賞金首よりも恐ろしい。店主の人生経験に思いを馳せ、“凄み”とはこういうことを言うのだろう、と今までに何度も感じてきたことを再確認した。

「い……、言ってみただけさ」

「毎度ありぃ! ま、昼間っから飲むような贅沢をしたけりゃ、早く一流になるかカタギの仕事にかわることだな」

「何言ってやがる。一流になったらキャプテンのとこじゃ飲まねえし、カタギになったらこの時間から飲めるもんか」

「……違いねえ」

 スレッジの憎まれ口を、店主は素直に認めた。


     *     *     *


 軍の払い下げ輸送機。全長三十メートルで、格納庫には二台のエアバイクを格納している。双発のプラズマエンジンは宇宙空間での移動も可能なタイプで、反重力システムも装備しているため、システムさえ起動していればエンジンを切っていても空中に浮いていられる。ただし、現状の艤装では大気圏内でしか運用できない。とりあえず、この輸送機がスレッジの生活の拠点となっている。

「どのみち、宇宙開発を再開する余裕なんてまだ当分この国にはないからな。軍には無用の長物だったわけだ」

 得意げに解説する男はスレッジにメールを寄越した相棒にして輸送機の同居人、デジル・ヒルズだ。薄くなった髪をスキンヘッドに剃り、滅多なことではサングラスを外さない四十歳の男だが、スレッジは相棒の目の色が青いことを知っている。

 スキンヘッドであることを除けば中肉中背で特に目立たない外見だが、相手に触れずに投げ飛ばすことの出来る、不思議な格闘技の心得を持つ。

「今回のタレ込みはパーマーからだ。今すぐ行けば、他の賞金稼ぎを出し抜けるぜ」

「おいおいデジル。いくら前職のコネだからって、情報屋を信用しすぎるのはどうかと思うぞ」

 スレッジは同じ台詞を何度も言っているが、今回もつい言ってしまった。いつもと同じようにデジルの逆鱗に触れる。

「黙れ青二才! パーマーは他の情報屋と違うんだ。覚えとけ」

「はいはい。……で、“お客さん”、どこにいるって?」

 デジルはスレッジに装備を手渡しながら言う。

「……女の所だそうだ。素性は不明、ハメルーン通り。その他、詳細はこのメモリーキューブの中だ」

 ハメルーン通り。治安の悪いネオジップの中でも最悪に近い場所だ。

「へーへ。現場に向かいながら確認しろってか。急げってことね」

「判ったらさっさと行く!」

 受け取った装備を確認したスレッジは文句を言う。

「待てよ、銃のエネルギーバレット、二本なのか」

 デジルは顎に手を当て、意外そうに応じた。

「多かったか」

「逆だこらあぁ!」

「あのなあスレッジ。相手はたしかに武器持ってるし、殺しもやってる。だが単独犯だし素人同然で、成功しても報酬額は二百ローエンそこそこだ。それに、バレット二つもあれば麻痺モードなら三十発は撃てる。これ以上経費はかけられない。判ったか!」

 唾を飛ばして言い募るデジル。それでも、キャプテンほどの迫力はない。

「場所が場所だ。敵が“お客さん”だけで済むとは限んねえんだぞ……」

 一応言い返してみるスレッジだったが、いつまで文句を言っていてもしょうがない。報酬が少ないなら経費を削るしかないのだ。スレッジは出掛ける前に皮肉のひとつも言っておこうと思った。

「あんまりカリカリすんなよ。不惑だろ? 禿げるぞ」

「意味のないことを。その忠告なら無用だ」

 デジルは自分のスキンヘッドを指差して言う。

 普段から言い慣れていない皮肉は、やはり不発に終わったようだ。スレッジは皆まで聞かず、エアバイクへと歩いていった。



 エアバイクを快調に飛ばすスレッジ。反重力ホバリングシステムをコンパクトサイズにおさめたエアバイクは、地面から約百メートルの高さまで重力に逆らって浮き上がることが可能だ。

 スレッジはエアバイクを走らせつつ、メモリーキューブをバイクのメーターパネル下に装備されたスロットに押し込んだ。

 キャノピー前面左下のディスプレイに映像が出る。短く刈り込んだ黒髪の、浅黒い肌をした唇の厚い男だ。映像を見る限り、結構肩幅が広い。身長百九十三センチと表示されている。長身のスレッジよりさらに十センチ近く上背がある。かなり大柄だ。

「ブース・ノイル。三十歳。殺人容疑。懸賞金二百二十ローエン。潜伏先の名義はカナ・ウォーレス。住所は――」


     *     *     *


 アパートの一室。ケータイの着信音が鳴る。

 窓に張り付き、外の様子を窺っていた男が短く告げる。

「出ろ」

 女はゆっくりとケータイの通話ボタンを押すと、栗色の長髪をかきあげてケータイを耳に当てる。ケータイの持ち主はその女だった。化粧が濃いが、きれいな首筋と張りのある頬が背伸びした印象を際立たせている。まだ少女と言って良い年齢なのかもしれない。

 声を出さず、ケータイを耳に当てていた女は、無言でケータイを男に差し出した。

「誰だ」

 ケータイを耳に当てると、男は警戒と威嚇を滲ませた低い声を出した。

 しばらく相手の声を聞いた後、威嚇だけは解き、後は先ほどと同じ声で受け答えた。

「スービィか。……ああ、わかった。メーベイ港だな。ああ。この礼は必ず――」

 相手が通話を終わらせたようだ。

「カナ。本当はお前を連れて行きたいが、今はまだ巻き込むわけにはいかん」

 カナと呼ばれた女は、男と目を合わそうとしない。はじめて声を出す。

「どうせ」

 あどけなさの微塵もないハスキーな声だ。だが不思議とすれた印象を感じさせない。

「何だ?」

「どうせ、もうここには戻ってこないつもりでしょ? 行けば?」

 男は一旦顔の横で握り拳を作ったが、手を開くと下に降ろした。

「賞金稼ぎがここを突き止めたらしい。だから俺はもう行く。だが!」

 男は女を真っ直ぐに見据え、低いが力のこもった声で告げる。

「俺は必ずここに戻ってくる! 待ってて欲しい……、いや、待っていろ!」

 返事をしない女に背を向け、男は部屋を飛び出していった。

 治安の悪い地域にしては一応普通っぽいアパート。男がバタンと閉じたドアに、掠れた文字で表札がかけられている。

 殴り書きのその文字は“ウォーレス”と読めた。

 部屋にひとり残ったカナがつぶやく。

「ばかね、ブース。約束を守れるような人生なんて、お互い送ってないじゃない」

 その気怠げな呟きに感情の色が混ざることはなかった。


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