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第四話


 少女はウィルとジェイドを日付屋に案内した。

 日付屋内部の暗さと、テーブルなどの配置はまったく昨日のままだったが、昨日彼女がもって来たのよりも小ぶりのランタンが、当たり前のようにテーブルの端に置かれていた。

 そして、テーブルの前にあった椅子が、昨日は三つだったのに今日は二つになっている。どこへ行ったのだろう、と見回すと、すぐに壁際に追いやられているのを見つけられた。

 日付屋は、来る客の人数を見て取って椅子を用意するのだろうか? しかし、ウィルは「次の夜は二人で来るから」などとは言わなかったはずだ。なぜ少女はわかったのだろう?

 ただ、それを少女に訊いても答えは返ってこないような気がして、ウィルは何も言わず、ジェイドの隣の椅子に腰を下ろした。

「えっと、今の前の夜はありがとう」

 ウィルはまずそう述べて、軽く頭を下げた。

 ジェイドが何のことだろうと見上げているから、

「ランタン、貸してくれて」

と少女に言うふりをして主にジェイドのために付け足した。

「今さらだけど、ぼくの名前はウィル。彼はジェイドという」

 少女はこくんと頷いた。

「きみにも、名前はあるの?」

 興味半分で訊いてみたら、少女はいつもよりもほんの少し目を大きくした。

「ダイア」

 少女の答えは、相変わらず無表情の無抑揚だったけれども、今までの受け答えよりもなにがしかの感情が感じられるのは気のせいだろうか。

「ダイアちゃん。――あ、なんかそれもおかしいな。ダイアと呼んでもいい?」

 少女――ダイアはふたたび頷いた。

「ダイア、今の前の夜に言っていたお礼なんだけど、なにか欲しいものは思いついた?」

 ジェイドが「なんだそれ」という顔をしてウィルを見ている。「お礼に何かあげるよ、という約束をしたんだよ」とウィルは説明した。

 ダイアは長いまつげを伏せて、考えている様子だ。ジェイドがその沈黙に飽きてきて、足を組み替えたところで、ダイアが目を上げた。

「ドーナ」

「「ドーナ??」」

 ウィルとジェイドは顔を見合わせた。

 ドーナとは人の名前だろうか。ドーナという友達の女の子に会いたいとか? でなければ、ウィルもジェイドも知らない場所の名前? それとも、そんなおもちゃがあっただろうか。

 ダイアはもう一度考えてから、細くて白い指で輪を作って見せた。

「あー、ドーナッツ!」

 ジェイドが叫ぶ。

 少女はすこしうれしそうにも見える表情で頷いた。

「ドーナッツが食べたいの? それくらいならお安いご用だよね」

「『お安いご用』なんて今どきだれも言わないけどな」

 ジェイドが茶々を入れて、ウィルが頭をはたく。「うるさいな、慣用句を使っただけじゃないか」「ウィルは頭の中がジジくさいからな」

 ふたりのやり取りを、ダイアがじっと見ていることに気づいて、ふたりは慌てて手を膝の上に戻す。

 軽く咳払いして、ウィルは本題を切り出した。

「……えっと、今日ぼくらは日付を買いに来たんだけど」

 上着の内ポケットから、封筒を取り出す。もちろん入っているのは札束。日付は安いものではない。具体的にいくらするのかわからなかったから、とりあえず今あるぶんだけの金を持ってきた。

 ジェイドが「あ、俺も」と自分の内ポケットに手を突っ込むのと、ダイアが口を開いたのは同時だった。

「サラの月の一日」

 一瞬、何のことだか、頭が理解しなかった。

 しばらく考えて、ようやく頭の中にダイアの言葉が染みていく。

「サラの月、いちにち……」

 流し込むように、もう一度自分で呟く。

 今度はウィル自身の声が胸の中に流れていき、じわじわと胸の底に到達したところから、暖かくなるような気がした。

「……で、それでいくらなんだ?」

 ウィルよりも感慨をいだかなかったらしい、ジェイドがいち早くわれに返って訊く。

 ダイアは首を振った。

「いいや、じゃなくてよ。値段を訊いてんだよ」

 不可解な答えに、子ども嫌いが発動したのか、イライラした口調でジェイドはもう一度ダイアに迫る。

 だが、もう一度ダイアは首を振った。

「ドーナ」

「いや、ドーナッツは買ってやるから。それは前の夜の、ウィルがする礼だろ? じゃなくて、今日の日付の値段だよ」

「……ドーナ」

 ダイアはまた繰り返す。

 その他にも何か言いたいことがあるのか、周りを見回して、説明に使えそうなものを探しているようだが、あいにくここには机と椅子と壁以外、何もない。

「お金じゃなく、ドーナッツでいいってこと?」

 ウィルが口を挟むと、ダイアはこくんと頷いた。

「そんなわけにはいかないよ、日付は高いんでしょう?」

「……終わり」

 ダリアは再び短い台詞を返した。

「終わりって何が?」

「……」

 こんな押し問答は終わりという意味だろうか。それともダイアとの面会時間が終わりという意味だろうか。あるいは、こうしてふたりと会うのが終わり――なんてわけはないだろう、さっきドーナッツの約束をしたばかりだ。

「じゃあ、今日の次の夜にまたドーナッツを持って来るよ。それでいい?」

 ダイアは頷く。

「帰ろう、ジェイド」

「だけどよ……」

「ダイアがいいって言うんだからいいんだよ、きっと。じゃあねダイア」

 ドアの前でウィルが手を振ると、ダイアはおずおずと手をあげて、ぎこちない振り方で手を振り返した。それはようやく言葉を喋れるようになったくらいの小さな子どもが振るやり方に似ていて、やや滑稽で、可愛らしかった。

 ウィルに促されて、ジェイドも大きな手を振る。

「またね」

 ウィルが言うと、ダイアは意味を考えるように目を泳がせてから、彼女も小さな声で「またね」と繰り返した。





 たとえ真っ暗な夜だとしても、帰り道は並んで歩かず、出来る限り別の道を通る。なぜならだれかに見られる可能性がないとも限らないし、並べば無言というわけにも行かず、話を聞かれたら余計に変なうわさが立つこともあるから。

 ふたりでもうずいぶん前から決めていたことだったので、日付屋を出てすぐにウィルは何も言わずジェイドから離れようとしたが、ジェイドがその肩を掴んで呼び止めた。

「ちょっと訊きたいことがあんだけど」

 口調ははっきりとしていたが、怒っているわけでもなさそうだったので、ウィルは少しほっとして、「何?」と振り向く。

「この時間なら学校の裏、だれもいないよな?」

 ウィルは頷く。さっき待ち合わせした場所ならば、だれに見つかるということもないだろう。そもそも学校は夜間、見回りなどない。当直のじじいがいるにはいるが、日の入りと共に寝くさることはウィルやジェイドの子ども時代からの周知の事実だった。

 地面がぬれていないことを確認して、腰を下ろす。

「あのダイアって子のことなんだけどよ」

 ジェイドが切り出し、ウィルは闇で見えないジェイドの方向に顔を向けた。

「あの子が日付屋なんだよな?」

「そうだよ」

「……何なんだ?」

「どういう意味?」

「うまく説明できねぇんだけどよ、……ホントに人間か、あれ?」

 初対面で得た印象を、失礼だと思ったから消そうとしたが、彼女と話すうちに余計にその印象は深くなっていった。ジェイドが子ども嫌いだから、というわけではないと思う。彼女は、ふつうの子どもとは違う。

「……人間だと、思うよ」

 思う、などという曖昧な表現を使うということは、ウィルも疑っているのだろうか。

「いや、人間なのはまちがいないけど。だって機械じゃないことは、動きを見ればジェイドもわかるだろう?」

「まぁな。魔法なんてのは童話か吟遊詩人の世界にしかねぇし」

「そうだよね。だから、人間だけど……ふつうの女の子ではないような気は、ぼくもしていた」

「だろうな。だいたい、いくらなんでも学校には行ってそうな大きさのくせに、あんな短い言葉しか喋れないって変じゃねぇか?」

「うん。でもそれは、日付屋だから学校に行っていないんじゃないかと、ぼくは思ったんだけど」

「学校に行ってなくても、言葉くらい喋れるだろ」

「そうかな? それに日付屋について、ジェイドもおばあさんだとかオヤジだとか、そういう話を聞いたことがあるでしょう? だけど今日行ってわかったと思うけど、あの奥に部屋があるのは見えても、そこにだれかがいる気配はしない」

「なんだよ、あのダイアって子が変身してババァとかオヤジになってるって言うのか?」

「そうは言わないけど……、得体の知れない、というのは事実かもしれない」

 ウィルがため息をついた。

 ジェイドとちがってウィルは子ども好きだし、あまり仲のよくないやつのことも心配してしまう、ジェイドには理解できないやさしさを持っているから、あのダイアという少女のことも心配しているのだろうきっと。そういうやさしさに嫉妬する自分はガキなのだと、わかってはいてもイライラして、しまいには面倒くさくなって、ジェイドはダイアについて考えることをやめた。

「ま、とりあえず帰るぞ」

 尻をはらって立ち上がると、ウィルも慌ててそれに続く。

 学校を出て道を別れるときに、パンッと一度だけ手のひらを合わせた。

「次の夜は、ドーナッツ持って集合だからね」

「おう」



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