僕の何でもない過去(1)
「な、なにこれ?」
部屋の中。クレアたんは目を丸くして目前の物体を見つめていた。彼女の手には週刊誌サイズの雑誌が握られていた。
「これはクレアたんが今まで掲載されてきたゲーム雑誌の数々さ! ほら、こっちなんて水着姿の絵があるんだよ!」
僕は雑誌をパラパラと捲ってクレアたんにドヤ顔で見せびらかす。饒舌な口調で。
「それだけじゃないよ、こっちの小雑誌にはクレアたんの初期段階設定絵があるし、この特典テレカになんてクレアたんのメイド姿が」
「ふんっ」
「あああああっ!? 僕の宝物が真っ二つにぃいいい!」
僕が見せびらかしていた雑誌がクレアたんの両手によってお亡くなりになった。
割と分厚い雑誌のはずだったんだけど、クレアたんが引き千切ることによって縦から一気に裂けた。
確か雑誌ってコツを掴めば非力でも真っ二つに出来るはずなんだけど、今のクレアたん、確実に力のみでいったぞ……
「ぅぅ、悲しいけど……まだまだあるし」
「へぇー? 出してくれるかなぁ、タイゾーくん」
「え」
クレアたんは史上最大級の笑顔を浮かべていた。しかし、なんでだろう。クレアたんは笑っているはずなのだけど、僕の背筋はガタガタと震えが止まらない。
クレアたんの笑顔の奥底に果てしない“闇”が見えるのは気のせいだろうか。
「あたしのことが好きなら、出してくれるよね?」
「ゆ、許してよクレアたん! いくら大好きなクレアたんの頼みでも、クレアたんは渡せない!」
「いや、もう意味わかんないわよそれ!?」
これ以上クレアたんがクレアたんによって引き裂かれるのだけは死守しなくては。僕は雑誌の数々に覆い被さって必死に守る。
「ていうかお兄ちゃん、そんなに買ってたんだね、ゲーム雑誌」
「バックナンバーを買い漁ったんだよ」
成り行きを横で見ていたミヨが口を出す。
バックナンバーというのは雑誌の過去号のことであって、希望をすれば買うことが出来るものだ。
実は僕はゲーム発売前からクレアたんを知っていた訳ではない。
恥ずかしながら、発売してから一ヶ月くらいした頃にミヨがプレゼントとして買ってきてくれたのがきっかけでハマったのだ。
なので僕がクレアたんに目覚めたのは遅めなのだ。
そのため僕はハマると同時に、クレアたんの特集されている過去号を買い漁った、ということである。(正確にはレイド・オン・サタンの特集された号だけど)
「クレアたんという天使に気づくのに遅れた自分自身が恨めしい!」
「ねえミヨちゃん、こいつ殴っていいかな」
「はいどうぞって言いたいんですけど、死ぬと困るのでなるべくならやめてください」
クレアたんの発見に遅れてしまった自分を自分で呪いたくなる。
もうこのパターンに疲れたと言いたげな顔をしているクレアたんだった。
「ってか、なんでクレアたんはそんなに僕が嫌いなのさぁ!」
「いや、どこに好きになる要素が……」
僕は泣きそうな顔で絶叫する。クレアたんはまるで渋茶を無理矢理飲まされた時のような顔をしていた。
そんなクレアたんは身を翻すと、びしっと僕に指を差した。
「というか、あんたの愛は重いのよ! 確かにタイゾーがあたしを大好きだってことは伝わったけど、相手も同じくらい自分のことを好きじゃなきゃ、その愛は一方的に通過するだけで嬉しくもなんとも無いのよ!」
「そ、そうだったのか……僕はてっきりクレアたんへの愛は心の臓まで伝わっているのかと思ってたよ」
「よくそこまで前向きに考えられるわね……」
客観的な意見を主張するクレアたん。が、ちょっと顔が赤らんでいるのが萌える。
しかし、なんということだ。僕の思いはクレアたんに全く伝わっていなかったなんて。僕は心に会心の一撃を受けた。
「ま、まあクレアさん。お兄ちゃんを非難するのもその辺にしといてあげてください。お兄ちゃんにもいろいろ事情があったから……」
ミヨが突然話に加わり、僕にフォローを加えた。うぅ、こんなときだからこそ妹の優しさが目に染みる。
「そういえばあんた……女の子に酷い振られ方したとかって、言ってなかったっけ?」
クレアたんが腕を組んで思い出したように過去の話を穿り返す。よく覚えていたものだなぁ。
「あー……クレアさん、その話は」
突然の申し出に、ミヨが顔を渋らせる。
「ううん、いいよミヨ。クレアたんがそんなに僕の過去を聞きたいと熱望するのなら、僕は甘んじて自分の恥部をさらけだすよ」
「いや、特に希望はしてないんだけど……」
僕はなるべく思い出したくない過去の出来事に、脳内のカーソルで焦点を当てた。