諦めなければ終わりじゃない
本来は薄暗く、常人では何も見えない闇の空間――そんな洞窟の奥地も、私の今の目ならば見渡せる。
ごつごつとした岩肌に囲まれた駄々広い空間に私はいる。
レンドット山。魔王が住むと言われる根城に辿り着くためにはこの山内を通過しなくてはいけない。
本来ならば楽に越えられるはず……なのだけれど。
「くく、これはこれは美味しそうな女がやってきたぞなもし」
私の目の前には魔物が佇んでいた。
人型に近い魔物で大きさとしては大の男、と言ったところである。
しかし、両腕の肘から先が“植物”のようになっていた。
ツルのような長い一本の触手からは無数の鋭く伸びた棘が生えており、恐らくあの腕を使って雁字搦めにした人間を襲うのだろう。
現に、口は人間のそれではない。
明らかに吸引を目的とした形状だった。捕まえた人間をあの針のような口で突き刺し、一心不乱に体液を啜り取るのだろう。
こいつはレンドット山の山間を通過するために掘られていた洞窟の中心を根城にし、通行人の人々を襲っていたのだという。
おかげで周りにはつい先日まで体温が通っていたのであろう、力尽きて血に伏せている人達が幾人も在る。
その中には既に骨と化し、生前が男女のどちらであったのかすら判らなくなっている物も居る。
そんな酷い光景を見ても、大して心身が揺らがない今の私は果たして正常なのだろうか。
数多の魔物を倒してきたせいで、感覚が麻痺しているのかも知れない。
いや、でもきっとこれは推測だけど――――あの魔物に同情したからというのもあると思う。
あいつはきっと、悪いことはしていない。
自分の主食がただ、『人間であった』という事実が、私達人類にとって耐え難い不快な存在であっただけ。
裏を返せば、私もきっとやっていることは同じなのではないだろうか?
「残念だけど、あたしはあなたに食べてやられる気はないわ。あなたを倒して、この先に行く。あたしには目的があるから」
私は強い意志を秘めた瞳で魔物を睨むと、魔物は両腕を大きく広げ、けらけらと笑い出す。
うねうねと蠢く両腕のツルが嫌に不快だ。
「そうかい、そうかい。しかぁし、お前がどうあがこうと俺の双腕からは逃れられないんだなもし。覚悟するんだな」
どうあっても私を食べたいらしい。
食うか食われるかの状況であるのに、私は酷く落ち着いている。恐怖という概念が姿を見せない。今の私ならば何でも出来るのだという自信に満ちている。
その理由には、タイゾーの存在も大きいのかも知れない。……認めたくないけれども。
「うらぁっ!」
魔物が私に向けて大きく右腕を振るう。
鞭のように迫る奴の触手を私はしゃがんで回避する。それを見た魔物は続けざまに左腕で大きく振りかぶってくるが、私はその攻撃も難無く横に移動することで避ける。
あの攻撃は受けない方がいいだろう。何より棘のダメージが痛そうだし、そのまま絡みつかれて捉えられる恐れがある。
つまり、私に与えられた戦法は絶対回避。
「――足がガラ空きだっての!」
隙を見て私は大きく距離を詰める。と同時に魔物の足に回し蹴りをヒットさせた。
奴の足は腕と違って大きく発達しているわけではなく、細い。
そんな脆い箇所に打撃を食らったおかげで魔物は体制を崩してその場に倒れ込んだ。
「ぐあっ!」
魔物は大きく後ろに倒れ込んだ。その影響で洞窟の地面に頭を打ちつける。
その瞬間を私は見逃さずに近づく。
状況判断が遅れている今がチャンスだ。たたみ掛けるのならば、相手が崩れているこの一瞬が好機。
私は右腕を水平に手元に引き、倒れ込んだ魔物のお腹に一直線にめり込ませてやった。
「うがあああっ!」
洞窟内に木霊するように絶叫が響く。効いている。与えたダメージは大きいものだ。
よし、このまま意識を失うまで殴りに殴ってやるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる
★☆タイゾーくんの視点☆★
「ああっ、パソコンがフリーズしたっ!?」
なんたることだ。
せっかくレンドット山の奥地にまで辿り着いて、ボスを撃破できるところだったのに!
僕は机に座り、パソコンの前で項垂れていた。
このダンジョンはセーブポイントが無いから地味に痛い。また洞窟の手前からやり直しかよ……
にしても、ついていない。この洞窟、ボスのところに辿り着くまで最速でも二十分近く掛かるのに……
「きゃあっ!」
クレアたんが部屋の一角にどさっと音を立てて落ちた。
いきなりパソコンが止まったものだから強制的にゲームの中から外に投げ出されたのだろう。ごめんね、クレアたん。
「クレアたんの驚いた時の声……可愛いぃ痛ててて!」
「う、うるさいっ」
クレアたんが僕の顔を抓る。
頬を染めて悔しそうな顔をしていた。こ、これはデレ顔だ! これは勝てる! 別に何に、ってわけじゃないけども!
クレアたんが僕の前で顔を赤くするなんて初めての出来事だったもんだから無性に嬉しい。
何がどうなったのかをクレアたんに説明すると、彼女はとても残念そうな顔をしていた。
「あぁ、後ちょっとで勝てたのになー」
「あれ、クレアたん、記憶あるの?」
「ん? あるわよ。ちゃんと殴った感触もあるし」
プレイ途中でぶつ切りになったクレアたんだけど、消える直前までの記憶がどうやらあるようだ。
ということはもしかしたらセーブしておいていくらか進めた後にロードをするとそこまでの記憶が残っているのかも…………なんてことが頭に考えられたけれども、今回の場合は意図的に行ったわけじゃないし、なんとなく試すのが怖いのでやりたくない。
「さ、もう一度やるわよ。タイゾー」
「え、またやるの? 今日はもう冒険はやめて、お茶にしない?」
「ダメよ。なんかキリが悪いじゃない。あいつを倒すまではやめない!」
案外クレアたんは頑固であった。まぁ、そんな彼女の我が儘にも付き合っちゃうのが僕である。
僕はフリーズしたパソコンを再起動し、レイド・オン・サタンのアイコンをダブルクリックして起動。
再度クレアたんの冒険が始まった。
■
本来は薄暗く、常人では何も見えない闇の空間――そんな洞窟の奥地も、私の今の目ならば見渡せる。
ごつごつとした岩肌に囲まれた駄々広い空間に私はいる。
レンドット山。魔王が住むと言われる根城に辿り着くためにはこの山内を通過しなくてはいけない。
本来ならば楽に越えられるはず……なのだけれど。
…………っていうか、一回考えたことを何で考えてるかな。
「くく、これはこれは美味しそうな女がやってきたぞなもし」
私の目の前には魔物が佇んでいた。っていうか、ぞなもしって何よ。どこの言葉。魔物の間で流行ってるの?
人型に近い魔物で大きさとしては大の男、と言ったところである。
しかし、両腕の肘から先がツルのようになっているのでそれを駆使して頑張る生物だと思う。
口はハッキリ言ってグロい。あの口にだけは弄ばれたくない。
こいつはレンドット山の山間を通過するために掘られていた洞窟の中心を根城にし、通行人の人々を襲っていたのだという。
おかげで周りにはつい先日まで体温が通っていたのであろう、力尽きて血に伏せている人達が幾人も在る。
その中には既に骨と化し、生前が男女のどちらであったのかすら判らなくなっている物も居る。
そんな酷い光景を見ても、大して心身が揺らがない今の私は果たして正常なのだろうか。
数多の魔物を倒してきたせいで、感覚が麻痺しているのかも知れない。
いや、でもきっとこれは推測だけど――――あの魔物に同情したからというのもあると思う。
あいつはきっと、悪いことはしていない。
自分の主食がただ、『人間であった』という事実が、私達人類にとって耐え難い不快な存在であっただけ。
裏を返せば、私もきっとやっていることは同じなのではないだろうか?
……考え直すと、大分ポエマーぶった思考をしているなぁ、私。
相手の心を読む魔物とか居たら、やだなぁ。
「残念だけど、あたしはあなたに食べてやられる気はないわ。あなたを倒して、この先に行く。あたしには目的があるから」
なんか私、さっきと同じ事言った! 別のこと言おうとしたのに出来なかった!
「そうかい、そうかい。しかぁし、お前がどうあがこうと俺の双腕からは『致命的なエラーが発生したため、<レイド・オン・サタン>を強制終了します』
★☆タイゾーくんの視点☆★
強制終了。それはどう考えても得する人の方が少なそうな単語。
坦々と、僕の時間を奪っていった。
クレアたん、ごめんよ。せっかくまたボスのところに着いたというのに、原因不明のエラーで処理落ちしたよ。
なんなんだろうね、一体。僕が何をしたというの。
「げぷっ」
唐突に現れたクレアたんが地に伏せた。なんか変な声が出てる。
そんなクレアたんに僕は急いで駆け寄り、「今度は何よ!」という彼女に事情を説明。
酷く納得のいかない表情をしていた。
「今度は戦う前に終わったわよ!?」
「今日はどうやら厄日みたいだね……。しょうがない、続きはまた今度に……」
「いや、やるわよ」
「えっ?」
クレアたんは諦めてなかった。情熱とやる気に満ちあふれていた。何がなんでもあのボスを今、倒したいらしい。
確かに僕にも諦めきれないっていう時はある。こうなると意地だ。
今回はダメージの負ってないクレアたんが出て来たから良かったものの、ダメージ負ってる状態でゲームが途切れたら、血塗れのクレアたんとか出てこないよね?
このゲームは基本的にセーブする時は回復ポイントと一体化なので、強制終了とか無い限りはクレアたんは体力が満タンの状態で出てくるはずなのでそこら辺は安心だ。
それにクレアたんにダメージなんて、出来る限り、何が何でも僕が与えさせない。
僕との些細な雑談の後、クレアたんは再びゲームの中へと足を進ませた。
■
私は力をもらったおかげで暗闇でも目が利く。
ここは洞窟。
「くく、これはこれは美味しそうな女がやってきたぞなもし」
私の目の前に、魔物。
手がツル。口が怖い。気持ち悪い。
「残念だけど、あたしはあなたに食べてやられる気はないわ。あなたを倒して、この先に行く。あたしには目的があるから」
勝手に私の口から出る言葉。
やっぱり限定なんだ、この台詞。私に選択権は無いんだ……
「そうかい、そうかい。しかぁし、お前がどうあがこうと俺の双腕からは逃れられないんだなもし。覚悟するんだな」
ふん、私に勝てるかなもし。って、口調移った!?
「うらぁっ!」
魔物が私に向けて大きく右腕を振るう。
私は後ろへ大きく飛んでそれを回避した。敵との間合いを充分に取った私は右手に強く力を込めた。
よし、やってやるか。
「はぁ――――!」
私は右腕を抱えて全神経をそこに集中させる。
すると私の右腕を覆うように漆黒のオーラがぼんやりと現れた。
右腕を大きく後ろに引いて構え、そのまま投げ付けるように奴へと拳を振りかざす。
「飛痛撃――――!」
私の右腕から放たれた飛ぶ拳撃は目にも止まらぬ速さで宙を駆け、魔物の胴体に華麗にヒットした。
その一撃を受けて吹き飛んだ魔物は洞窟の壁に打ち付けられ、少しの間よろよろと覚束ない足取りで立ち上がろうとする素振りを見せたが、そのまま倒れて気絶した。
私の攻撃による一撃で戦闘はあっけなく幕を閉じた。
「ま、こんなとこかな」
こうなることは見えていたけれど、あまりにも上手くいったので多少顔がニヤける。
私の力は本物だ。これなら魔王だってきっと倒せる。
安堵の気分に浸った私は周りの光景に目を向けた。
死体。
あの魔物に吸い尽くされて絶命した人々が、あちらこちらに点在している。
…………もっと早くここに来ていれば、助かった命もあったかも知れない。
でも、そんな考えは意味がない。そんなたられば思考はいらない。
魔王を野放しにしていれば、こんな光景に世界が埋め尽くされる。それだけは何としてでも止めなければいけない。
もし、この蹂躙された人々の中に私の知っている人が居たのなら、こんなに平常心ではいられなかったと思う。
人は、自分に深く関わっていないことであるのならば、酷く無神経になれる存在なのか。そんなことを考えてしまう。
「はは、あたしってとことん勇者っぽくないなぁ」
独り言を呟く。無論反応してくれる人はいない。
仲間の居ない、勇者。
魔王を倒そうとする勇敢な人間はおらず。ましてや私についてこれるような猛者もいない。
私は、一人でやっていく。
「さて、これからも頑張らないとね」
私は洞窟の出口へ向けて、歩き出した――――
ぶつん。
★☆タイゾーくんの視点☆★
「えええええええええええええ!?」
停電した。電力が一時的に供給を遮断された。
おかげで僕の部屋は今、真っ暗だ。え、また消えたの? ゲーム。
「うわぁぁっ!?」
暗闇の一室にクレアたんの驚いた声が響いた。
「く、クレアたん、大丈夫!? どこ!?」
僕は部屋の中を駆け巡る。
すると突如、僕の右手に柔らかい物が触れた。
なんだこれ、すんごい良い感触なんだけど。
「きゃあああっ!? 触るなバカぁ!」
「げぶぅっ!?」
暗闇の中、何処からか飛んできたクレアたんの拳を受けて脳が揺れた僕は、気が遠くなりそのまま目の前が真っ暗になった――。
あ、もともと真っ暗だった。
その後、四度目の正直でようやく僕とクレアたんはボスを倒した。
現実の出来事が元になってます。
や、クレアたんはいませんでしたけどね?
クレアたんの一人称を私にしておけば良かったなと軽く後悔しています。