家族の絆
「というわけで、こちらがゲームの中から飛び出してきちゃったクレアたん」
「あらまあ」
クレアたんを紹介することにした。
うちはお父さんが海外勤務のため家にはいない。そのため手始めにお母さんに紹介することとする。
ゲームのキャラだと聞いて少しばかり面食らっていたお母さんだけども、大して驚く素振りはなさそうである。
「えっと、クレアです。よろしくお願いします」
「はーい。仲良くしてくださいね」
大きく微笑むお母さん。元々細い目がより一層細くなる。
天然パーマが掛かっているんじゃないかというふわふわとした長髪。
癒し系という表現が正しいゆるふわ系の母親である。
「お、お母さん? 驚かないの? 変だと思わないの? お兄ちゃんのゲームから出て来たって、言ってるんだよ?」
ミヨは信じられないといった様子で語りかける。
異次元からのお客様が来たという事実にお母さんはまるで動じる姿勢を見せず。
「えっと…………それが、どうして驚くことになるのかしら?」
何が問題? という感じで首をかしげるのだった。
「いいかしら、みーちゃん」
みーちゃんというのはお母さんがミヨを呼ぶ際の呼称だ。
お母さんは腰をかがめて目線の高さをミヨに合わせると、真面目な口調で言葉を発する。
「この世にはね、超常現象がありふれているのよ。有名な物だと神隠しっていうのがあってね。現世と別の世界があると仮定して、時空の歪みに人間が取り込まれたりする可能性が示唆されているの。科学が進歩したとはいえ、世界に広がる様々な謎は未だに解明出来ていないものなのよ。だから――――」
お母さんはより一層真面目な顔つきでミヨを見つめて言う。
「つまり、ゲームからいきなり人が飛び出しても――――――まるで不思議なことではないのよ」
「いや、思いっきり不思議だよ!」
ミヨは冷静な意見で反論していた。
そこで頭を縦に振るような人が悪徳商法に騙されるのだろうな、と僕は内心思った。
「それにしても泰三、羨ましいわね。まさかゲームのキャラクターがこっちに来るなんて……。お母さんもね、昔に流行っていた漫画のキャラクターが好きで好きで。出てこないかなって、何度も思ったものよ。」
お母さんは昔を懐かしむように語り出す。
頬に掌を当てて心なしか惚気ているように見える。
「そう、アンドゥレ様が出てこなかったから……私はお父さんと仕方なく結婚しちゃったのよ」
仕方なく結婚すんなし。
クレアたんとミヨは「この親にしてこの子ありだー!!」と言いたげな顔をしていた。
■
お母さんの好意でクレアたんに料理を振る舞うことになった。
僕がクレアたんはピザが大好物だよと言うと、「こっちの世界にもピザがあるんだ」とクレアたんは喜んでいた。
木造テーブルの四席に僕とクレアたんが向かい合い、僕の隣にミヨ。ミヨの対面にお母さんという布陣だ。
「前にピザ作り教室でちょっとだけ習ったことがあるんだけど、上手く出来ていなかったらごめんなさいね」
「いえ、すごく美味しいです!」
クレアたんは上機嫌でピザを口に運んでいた。嬉々としたクレアたんの顔がたまらなくかわいい。
とろりと溶けたチーズがたっぷりとパン生地に乗っており、アクセントを加えるように刻まれたトマトがちりばめられている。
ゲームの世界から来た彼女だけど、こっちの世界でも食事は出来るようだ。
「そういえば、ミヨ」
「ん? 何、お兄ちゃん」
「RPGの世界ってトイレとか見かけないけど、クレアたんてウ○コするのかな?」
「知らないよ!」
僕は真面目な疑問を隣にいたミヨにぶつけたのだけど、一蹴されてしまった。小声だったのでクレアたんとお母さんには聞かれていない。
それ以上そのことについて考えたら本気でセクハラ、変態だとミヨが言うので僕は渋々とその疑問を頭から遠ざけた。
「賑やかそうな家庭ですね」
「そうね、うちはお父さんが遠くに出ているけれど、大きな家庭問題も無いし、安泰ね。クレアちゃんの家族はどんな感じなのかしら?」
お母さんは何気ない質問をクレアたんに投げる。
僕は一瞬、その質問は止した方がいいと感じたが、クレアたんが特に気負っている風でもなく語り始めた。
「両親は、他界しています。後は弟が居るんですけれど、弟はその……姿を消してしまって、失踪中なんです」
「あ……」
少しだけ顔に陰りを浮かべて話すクレアたん。
その内容にお母さんはごめんなさいと頭を下げるが、いえいえとクレアたんは顔を上げて気にするでもなく話を続ける。
「魔王を倒せば、王国軍の方々に探してもらえることになっているんです。魔王を倒す旅、そして弟を捜し出す旅でもあるんです。本当は、弟を捜すことが目的で、魔王を倒すのは二の次……って言ったら、あれなんですけど」
クレアたんは自由都市クロテアという街で弟と二人暮らしだったという過去がある。
突如失踪してしまった弟リックを探すため、そして魔王を倒すという目的がクレアたんのストーリーであるのだ。
「あたし、急にすごい力を手に入れたんです。それこそ、モンスターを次々に倒していけるような大きな力を。そしたら何故だか私の頭の中に聞こえてきたんです、『マオウヲ、タオシテ』って。神様のお告げなのかも知れません」
そう、クレアたんはある日、強大な力を手に入れたのだ。
クレアたんは元々武道を習っていて強かったのだけれど、それでも女性である彼女に強さを求めるのには限界がある。
そんなクレアたんはある時、信じられない強さを手に入れる。大の男であろうと容赦なくぶちのめし、凶悪なモンスターであろうと薙ぎ倒す常識を逸した能力を。
「だから、あたしは絶対に弟を見つけて、魔王を倒すんです。そのためにはこの変た……タイゾーくんの力が必要になるわけです」
クレアたんはぐっと拳を握りしめて言う。そう、ゲームのキャラクターである彼女が、目的を成し遂げるにはプレイヤーである僕の力が必要不可欠となるわけだ。
「なら、きっと問題ないよ」
ミヨが満面の笑みを浮かべて喋っていた。
「お兄ちゃんはクレアさんを動かすことにおいては一流だと思うし。一度ゲームをクリアしたこともあるみたいだし、クレアさんの目的は絶対に達成出来るよ!」
ミヨの心強い一言で、談笑するクレアたん達。
その中で一人だけ、僕は心の底から笑えていなかった。顔がひきつっていたかもしれない。
血の気が引く、というのはこういう感覚なのか。もしくは背筋が凍り付くという感覚か。
クレアたんはゲームのキャラクターであり、その生き様はゲームのストーリー。
それを動かすのは僕。彼女の行き先を決めるのは、僕自身。
それらを踏まえて全てを考えたとき…………僕は彼女がやってきたという現状の側面を、思い知ることになるのだった。