妹、登場
僕の妹である牧場御代はドアを半開きにしながら固まっていた。
理由は単純明快。彼女の視線は思いっきりクレアたんに釘付けだった。
「お、お兄ちゃんが……」
わなわなと体を震わせるミヨ。その顔は驚きを隠せていなかった。
ミヨは中学三年生である。背丈は平均のそれより小さく、頭の高い位置に短いツインテール。灰色のスウェット上下に身を包んでいた。
「モテなさすぎるからって、ついにコスプレイヤーのデリ○ルを呼んだぁー!」
「お、おい待て妹よ!」
叫びながら全力で走り去ろうとする妹を咄嗟に引き留め、その場に立ち止まらせる。
どうやら妹はむちゃくちゃ誤解している模様だった。
「お兄ちゃんがそんな不純なことをするわけがないだろう!」
「ゲームの女の子が好きな時点でもう不純だよ!」
よくわかっていらっしゃる妹だった。…………じゃなくて!
「別の発想は無いのか。もしかしたら、彼女、とかかもしれんだろう」
「そんなのお兄ちゃんに出来るわけ無いよ!」
「うっ……」
ミヨの言葉は大きな釘となり、僕の心臓に突き刺さった。く、悔しくなんかないもんねっ!
っていうかなんでデリ○ルなんて単語を知っているのか謎だ。最近の若者は学習が早くて怖い。
「じゃあ、なんなの、あの人。お兄ちゃんの愛してるキャラみたいだったけど」
「それがな、聞いて驚くなよ、ミヨ。なんと本物のクレアたんがウチにやって来てくれたんだ!」
興奮して声が高鳴る僕。それを聞いたミヨの目の色がすぅっと消えていく。
「……お兄ちゃん、そんなに生きることが辛かったんだね。受け止めようよ、現実を。確かに嫌なこともいっぱいあるかも知れないけれど、その分良いことだって、たくさん、あるよ。お兄ちゃんが何か悩んでるんだったら私が聞くし、出来ることだったら助けたり力になるよ? だからあまり一人で悩んだり思い込んだりしないで、私に助けを求めてね、お兄ちゃん」
まるで鬱病患者を慰める際に見せるような顔をする妹だった。完全にイッちゃってる人扱いされていた。
そんなミヨに僕は事のあらましを語ることにした。ゲームを終えたら傍にクレアたんがいたこと。僕のテンションがマックスなこと。
始めは信じていなかったミヨも、僕の力説に嘘はないと感じたのか、どうにか状況を説明することが出来た。
「ゲームの中から、出て来ちゃったってこと……だよね?」
「うん、その通りだな」
「それで、お兄ちゃんはどうするの?」
どうしよう。クレアたんが来てくれて舞い上がっていたものの、よく考えるとこの先、どうしよう。
大好きなクレアたんが来てくれた訳だけど、なんか問題も多い気がする。
この世に存在しない人がやってきた。言葉にすると簡単だけど事態は深刻な気がしないでもない。
まぁ、僕は幸せだから無問題なんだけどね。
「ゲームの中に、送り返せないの?」
「そんな通販の返品のように言われてもなぁ。…………どうやって?」
「…………」
妹が腕を組んで悩んでいた。数刻考えた後、ハッと閃いたように顔を上げる。
「パソコンの画面に、ぶっこむ」
「随分と抽象的だな、おい」
「だってそれしか考えられないよ!」
むーとむくれる妹。まあ僕も案は出てないわけだけど。
そういえばクレアたんが出て来たのは画面の中からじゃないはずだ。僕はずっとモニターに対面していたし。
ゲームを終えて、気づいたらそこにいた、という感じだった。
「と、とにかく私も会ってみるよ、クレアさんに」
「んじゃ、行こうか」
ここであーだこーだと話していても埒があかない。
僕達はクレアたんの待っている、僕の部屋に戻るのだった。