がんばれぼく
「つまり、あたしはこれの中に出てくる登場人物ってことね」
クレアたんはゲームの入っていた箱を見つめながら呟く。
このゲームはパソコンゲームである。ジャンルはRPG。
戦士、武闘家、魔法使い等の職業の中から一つを選び、その職種の人間が広大な世界を旅して魔王を倒すという単純明快なゲームだ。
ちなみに仲間はおらず、ずっと最初から最後までキャラクターは一人で戦い抜かないといけない。
「うん。ほら、箱にも描かれてるし、説明書にも載ってるでしょ?」
「本当だ……」
クレアたんは納得出来なさそうな顔で眉を潜めている。自分が異世界にやってきたという現実を直視出来ないみたいだ。
二次元から三次元。にわかには信じがたい転移である。
「はぁ、なんでこんなことになったのか……わけがわからないわ」
クレアたんは右手で頭を抑えて嘆く。
凛々しい姿も良いけど、悩みに悩むクレアたんの表情もたまらなくいいなぁ。
「いや、でも理由にはちょっとだけ心当たりがあるよ」
「へぇ? 聞かせなさいよ」
僕はドヤ顔で告げることにした。
「毎日毎日、片時も忘れずに『クレアたんと恋人同士になれますように』って願ってたからだと思うよ!」
「そんなのが理由になるかぁっ!」
クレアたんの右腕が、今までにない最高レベルの勢いで僕の顔めがけて飛来した。
今の威力は恐らく、作中に登場するモンスターであってもノックアウトするレベルだ。
先ほどの経験が無ければ、たぶんまともに食らっていた。
「く、クレアたん、照れ隠しだからって、その攻撃は僕が死んじゃうよ」
「どんだけポジティブなのよあんたは! 照れ隠しじゃないし! 微塵もその気無いから!」
「えっ……嘘でしょ……?」
「なんでこの世の終わりみたいな顔してんのよ!」
僕は思案する。もしかして……クレアたんはあまり友好的じゃないのか?
『好き好き大好き、タイゾーくん』て感じじゃあ……、ないのか? ないのか?
ていうかもとよりクレアたんは人に好意をストレートに表現するタイプではない。どちらかというとツンデレ系だ。
だから普段は暴力的な感じが続くんだろう。言葉にもトゲが多い。僕に危険が振りまかれることは多い。
「だがそれがいい!」
「……」
ニヤリと微笑む僕。
見るとクレアたんは汚物を見るような眼差しを向けていた。顔も呆れている様子だ。
「く、クレアたん? 怒っちゃった?」
「通り越したわよ。はぁ、もういいわ。……てか、その『たん』ってのは何なのよ。呼び捨てでいいわよ」
クレアたんから呼称の許可を頂いた。呼び捨てでいいらしい。
……呼び捨て……だと……?
「クククレレレ、レ、レ」
クレアたんを呼び捨てで呼ぼうと頑張る僕。
声は震え、肩は竦み、全身が悲鳴を上げる。
頑張れ、頑張れ、あと、もうちょっ――――
「うわぁぁぁ! 恥ずかしくて言えないよ!」
「なんで!?」
クレアたんが白目で驚く。僕はあまりの恥ずかしさに悶えていた。
クレアたんを呼び捨てで呼ぶなんて……思いっきり意識してしまう。
そんなこと、僕には耐えられない。恐れ多すぎて、嬉しすぎてっ!
「そ、その、やっぱり『クレアたん』のままがいいよ! クレアたんを呼び捨てで呼ぶなんて、脳みそがとろけそうだよっ!」
「あんたプロフィール語ってたとき呼び捨てだったわよねぇ!?」
僕は沸騰する脳内をなんとか抑えようと必死で転げ回る。クレアたんは転げ回る僕を見て『エライところにきてしまった』と言いたげな顔をしていたが今はどうでも良かった。
クレアたんがやってきたのだ。これで僕の一生の幸せは確保されたようなもの――
「お兄ちゃ――――」
そのとき僕の部屋のドアが開いた。
そこには、僕の妹のミヨが立っていた。