面接
「え……な、何、この結末」
ミヨが画面を見ながら呆然と立ち尽くしていた。
僕達は二人でゲームのラストをプレイしていた。といってもミヨは僕が魔王を倒すところをただ横で見ていただけだけど。
「クレアたんの強さは、魔王が与えたものだったんだよ」
僕は渋い顔で覇気の無い言葉を口にする。
クレアたんの強さは、魔王によるものだ。
魔王は世界に降り立ち、偶然一人の少年に目を付ける。力を渇望する少年、リック・リフィールに。
どうしようもない現実に嫌気を覚えた彼は魔王を半ば受け入れるように手を貸し、共に世界への侵略を起こす。
そして姉、クレア・リフィールにも魔王の力を授けた。
正義感の強い彼女なら、きっとここまで来るだろうということを見越して試したのかリックの提案だったのか……定かでは無いけど。
結果として、クレア・リフィールは魔王の力を使い続けた反動により、エンディングで死に至る。弟のリックも……
ミヨは苦痛の表情を浮かべていた。
僕はまだ彼女の顛末を知っていたから良かったけれども、ミヨにとっては初めての事実。ダメージは大きいはずだ。
僕の方だって、こうなると解っていても悔しいという思いが込み上げる。
何か方法は無かったのか?
どうにか出来なかったのか?
そればかりが頭に浮かぶ。
「クレアさん、戻ってくる?」
ミヨが涙目で問う。
僕は答えられずにいた。また戻ってくるなんて保証は、どこにもなかった。
現に、ゲームを終了させても、もうクレアたんはこの場に出てこなかったのだ。
僕の予想は当たっていた。
思えばクレアたんが来てから少し経って、僕の思惑は動き始めた。
彼女が死ぬという結末を前に、ゲームをクリアするともう彼女は出てこられないんじゃないかって、思っていた。
だから僕はゲームの方を進めたくなかった。
いつまでもここにいてもらって、『いつか弟を見つけ出して魔王を倒す』という希望を持ち続けたままで、僕らの傍に居て欲しかった。
……だけど、今思うとそんなのは僕の勝手な個人のエゴだ。
クレアたんはいつでも前を見ていた。
遠い目標でも、いつかは手が届くと信じてやまない彼女だった。
だからこそ僕は彼女が好きだったのであり、そんな彼女の目標を後押ししてあげたいという気持ちと、いつまでもここに居て欲しいという想いがせめぎ合い、まごまごしていたけれど。
「あいつは……魔王は、クレアたん達を愚弄した」
僕の瞳には怒りが灯っていた。
クレアたんが戻ってこないという事実に泣きを覚えるかと思っていたが、実際の僕に流れる感情は逆で。
「僕はこの魔王を許さん」
僕は静かに、けれど熱を込めた言葉を吐いた。
ミヨもうんと頷いていた。
「だからね、僕はこの魔王を作ったスタッフ共を許さないよ」
「……えっ?」
ミヨが頭にクエスチョンマークを浮かべて首をかしげた。
僕はミヨの方に体を振り返ると両手を大きく振って喋る。
「だってそうだろ! こんな酷い結末を作った奴らに詫びを入れさせるべきだろ! ありえないって! どうして最後まで頑張らせて、こんなに酷い仕打ちをするの! 鬼畜の所行だ! ハッピーエンドが常識だろ! 頭がおかしいとしか思えない!」
「えーと、お、お兄ちゃん?」
僕はヒステリックを起こしたマダムのように言葉を続ける。
そんな僕を見て妹は額に汗を垂らしているように見えるが、僕は構わなかった。
「でも、クレアさんを作ったのもスタッフさんなんじゃあ――」
「それはそれ! そこらへんはスタッフさんグッジョブ! でもそれとこれとは別問題だ! クレアたんを生み出したというのはノーベル賞並の評価に値するけども、魔王を作り出したのはドアノブの静電気並にいらん行為だ!」
なんかもう自分でも支離滅裂な気がしていたけど僕は気にせずに主張していた。
ミヨは他に言いたいことがあるけどもういいやという顔をしている。
「戦うよ、僕は。クレアたんを取り戻すために!」
僕は右手を振りかざし、ミヨに大きく告げた。
■
「牧場さん、どうぞ」
「は、はい!」
秘書のような方の声を合図に、僕は緊張に震えた足で立ち上がった。
告げられた通りにドアの前まで歩き、二回ノックしてから僕は失礼しますと声を掛けて入室した。
部屋の中には一つの長い木製テーブル。角には観賞用の植物が飾られており、僕とテーブルを通して対面する側には高そうなスーツに身を包んだ重役の方々が三人ほどいた。
どの方も座っていて、僕の方へと目を向けている。
「牧場さん、ですね。企画部門希望の」
「は、はい。そうです。よろしくお願いいたします」
僕は向こうの指示によって席へと座る。
今の僕は、スーツに身を包んでいる。何をしているかというと、面接である。
レイド・オン・サタンを作り上げた会社の新入社員向けの、だ。
――あれから、月日が経ち、とうとうクレアたんが戻ってくることは無かった。
やっぱり、事の結末がああであったのでは、仕方が無い。どうしようもない。
だから僕は、一つの考えに至った。
作る側に回ろうと。あの展開をなんとかねじ曲げたいと。
入社することであのゲームの続編を作るかなんかして、とにかくクレアたんの運命を変えたかった。もしくは技術を盗んで改変でも――なんでもいい。
ミヨは目を丸くして僕の偉大な考えを聞いていたけれど、やると決めたら本気だった。
色んな事を勉強して、今日の日に備えた。準備は万端なはずだ。
「学生時代に打ち込んだものは?」
「キーボ……なんでもありません」
「?」
いきなりまずった。
重役の方(小川さん)の質問に思いっきりキーボードとかいうボケ回答を答えそうになった。ネットの見過ぎである。
僕は一つ咳払いしてから答え直す。
「それは……御社のゲーム、レイド・オン・サタンです」
僕は自慢するかのように告げる。
「僕はこのゲームの世界観、そしてキャラが好きであり、なんどもプレイしました。このゲームをやり込む度に、ゲームクリエイトという職業について新たな可能性を見つけられると思ったのです!」
「ほっほう。それはそれは、いいことですね」
重役さんが微笑む。よしよし、好印象だろう。
それから僕は存分にゲームの良さについて語り、自分がゲーム大好きであるということを伝えた。
面接は案外早く終わった。
「なんか、ゲームが大好きな人は取らないゲーム会社って、あるらしいよ」
面接から帰宅して、ミヨが不吉なことを口走った。
「……なんだって?」
「だから、ゲーム好きな人は採用しない会社もあるんだって」
僕はその言葉を聞き返す。
ミヨは高校一年生になり、短いツインテールをやめてセミロングの黒髪を垂らしていた。
が、今はそんなことどうでもいい。
「な、なんでそれを早く言わない!?」
「え、だってお兄ちゃん知ってると思ってたし、もしかしたら好きな人の方が取られやすいかも知れないし……」
「ま、まあ大丈夫だろ、うん」
僕は気丈を振る舞ってふんぞり帰る。
やれるだけのことはやった。大丈夫さ。僕は絶対に採用してもらえる。
そして作るんだ。クレアたんが死なない展開を。
僕の情熱は、誰にも止められはしないのだから。
死亡フラグというのは正しいもので、僕は面接の結果、落ちた。
「ダメだったよ、ミヨ」
「あ……」
届いた通知を開けて悲しみに暮れる僕を、ミヨは悲しげな顔で見る。
僕は視界が歪んでいくのを感じる。駄目だった。僕は採用されなかったのだ。
両手と膝を床につき、僕は絶望に包まれる。
「なんだよ、ちくしょう。無経験歓迎な職場ですとか、全て嘘だ。本当は実力のある奴しか取ってくれないし、まして取ってくれても使ってくれないで終わるのがオチなんだよ……」
急に訳も無く会社が憎くなって、意味の無い暴言を吐露する。
結局僕は採用すべき人材では無かったということだ。
そう考えてると、酷く悲しい気分になった。自分が情けない。
「うっうっ、ミヨ。僕は本当にダメな奴だ。いつも失敗ばかりで。今回だって……唯一の夢さえ、叶えられなかった」
「お兄ちゃん……」
僕は不覚にも泣きそうだった。クレアたんが消えてから一度も泣かなかったのに。
悲しみに暮れる僕の手を、ミヨはそっと握って持ち上げた。
「お兄ちゃんは、頑張ったよ!」
見ると、妹まで泣きそうになっていた。
僕が面接に至るまでの間、ミヨは色んな面でバックアップしてくれた。感謝してもしきれない。
だからこそ、落ちてしまったことが悔しかった。
今日この日を笑顔で迎えたかったのに。