彼女は暴力的
どうやら僕は気絶していたらしい。顔の表面が焼けたようにヒリヒリする。
目を開けた僕に最初に飛び込んできた映像は見目麗しい美少女だった。
心配した顔で僕を見つめている。
ああ、よく見るとクレアたんじゃないかぁ。僕の好きなゲーム、『レイド・オン・サタン』に出てくる美少女武闘家。
ということは、これは夢か。まさか夢にクレアたんが出て来てくれるとは。今まで何度見ようと思っても出て来てくれなかったのに、初めての経験だ。
よし、このまま夢の中で彼女とくんずほぐれつ――
「あ、起きた?」
風鈴が鳴るように美しい声が響いた。
やけにリアルだ。まるで本当に目の前にクレアたんが居るように――
「って、本当に居るし!」
僕は歓喜の声を上げて体を起こした。
そうだ、さっき突然僕の部屋に現れて、僕は殴られて。
……ということは、これは現実じゃないか! 目の前にいるのは本物のクレアたん! マジですか!?
「あの、とにかく状況を説明しなさいよね。ここはどこなのよ。そしてあなたは誰?」
クレアたんは困り顔で溜息を吐き、僕に問いかけた。
僕は興奮冷めやらずまま、自分が高校生男子であること、ここが日本であること、クレアたんがゲームのキャラであることを簡素に語った。
彼女は終始困惑の表情である。よくわからないことが多いのだろう、当たり前か。僕も興奮と困惑が入り交じって訳のわからない状態だ。
「牧場泰三……タイゾーね」
「っっっ!」
クレアたんが僕の名前を読み上げた。
すごい、名前を呼ばれているよ、僕。クレアたんに名前を呼ばれているよ。
僕の顔はきっと赤くなっていることだろう。浅名詩織ボイス(クレアたんの声優さん)だよ!? その透き通るような繊細な声で今、僕自身の名前が呼ばれている! これだけでご飯十杯はいける!
「な、なんでそんな恍惚の表情を……。あ、あたしも自己紹介しないとね。あたしの名前は――」
「クレア・リフィール、十七歳。身長百六十三センチの体重は四十八キログラム。スリムな体型だけど出るところは出てる僕好みの体型! 好きな食べ物はプロフィールだけで聞くと太った人間であるという印象を抱かれやすいピザ! 特にチーズとトマトをふんだんに使った物が好み! 血液型はAB型で、特技は硬貨を指で曲げること。 スリーサイズは上から八十二、ごじゅうきゅ」
刹那、饒舌にクレアたんのプロフィールを語っていた僕の輪郭間際を凄まじい風圧が駆け抜けた。その原因は彼女の空を切る拳によるもの。
ていうか僕の判断があと一歩遅かったらまともに食らっていた。
「あ、あっぶな! また気絶したらどうするの!」
「その方があたしにとって最良の結果だと思うわよ!」
クレアたんのつり上がった瞳が僕を真っ直ぐに睨み付けている。
高校二年生にしては童顔だと言われる僕の顔が潰れてしまうじゃないか。
クレアたんに殴られるのは嬉しくもあるけど、もう少しだけ手加減してもらいたい。
「っていうか、あんたって危険人物でしょ! 紛れもなく! さっきもいきなりあたしに抱き付いてきたし!」
「失礼な! 僕は至って安全だよ! 三度の飯よりクレアたんが好きなだけの存在だよ!」
「あんたの中での安全の基準が知りたいわよ!」
彼女は徹底的に僕に敵意の目を向けていた。隙あらば殴られそうだ。
仕方ない、いきなりこうして僕の前に現れたのだから、戸惑いでいっぱいだろう。僕自身もこの状況には心底びっくりなのだから。
と、とりあえず、彼女に現状を理解してもらわないと。




