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魔王との対峙

 魔王の根城は岩山の中にあった。

 天を突き抜けるようにそびえ立つ岩山の内部、岩の壁に隣接するように建てられた巨大な城。

 大理石で組まれ、上空には円錐状の黒い屋根。窓は特殊な加工がしてあるのか、中の様子が見えない。

 そんな魔王城の中には一筋縄ではいかない強力な魔物達が城の内部を守護していたが、倒せないほどではない。

 次から次へと襲い来る魔物達を薙ぎ倒し、前へと進む。

 長い探索の末、魔王の玉座まで辿り着いた。しかし、肝心の魔王がいない。

 誰も座っていない魔王の玉座の裏、どこまでも続くような階段が設けられていた。

 私はその階段を一段一段噛みしめるように登り詰め、光の差し込む最上段へと歩む。

 そこは岩山の頂上だった。ごつごつとした岩が点在する景色が周りに広がる中、私が辿り着いた場所は円卓のように丸く設けられた石造りの足場であった。まるで闘技場のように開けた場所だ。

 天気はすこぶる良かった。魔王と対峙するというのなら曇天の雷鳴が轟く場が相応しいかのように思えるけれど、実際は澄み渡った空という青い世界が広がる美しい光景が目の前にある。

 しかし円卓の端、快晴の空と似合わない異質な雰囲気を放った物がそこにはいた。


「よくぞここまで。歓迎しよう、強き者よ」


 頭の中に響くような禍々しい声で魔王が告げる。

 並の男程度の体格で細身。黄金色の菱形の仮面が頭部を覆っており、顔は見えない。体には深紫の法衣じみた衣装を纏っている。戦士のような兜に魔法使いが着るような服という噛み合わない出で立ちが逆に怖ろしさを体現していた。


「あんたが、魔王ね?」

「そうであったら、何だというのかな?」


 魔王が首を傾げる。黄金色の仮面がくいっと傾く姿はなんだか滑稽だった。


「世界中の人間があんたのせいで迷惑してるわ。だからあたしはあんたを倒しに来たの。嫌とは言わせないわ。黙ってあたしに倒されなさい」


 私は親指で自身を指さす。

 その姿を見た魔王は硬直したまま微動だにしない。

 かと思いきや少しの間を置くと、魔王が小刻みに体を震わせていた。


「フフフ……」

「な、何がおかしいのよ」

「いや、これは単なる興味なのだが」


 体を震わせていた魔王は笑み声で喋り出す。その鼻持ちならない仕草に私は微量の不快感を催す。


「一つ問いたい。それは本心か?」

「え……?」


 魔王は右掌を上向きに、そっと前に出しながら喋る。その意味の解らない質問に私は頭を悩ませた。


「お前が心の底から“世界の人々を救いたい”と思っているのかと言っているんだよ」

「……はぁ?」


 魔王が口にしたのは戯れ言のような問いだった。私はそれに意味が解りませんという顔で答えてやる。

 

「当たり前じゃない。そうじゃなきゃここまで来るはずがないでしょうが」


 私は腰に手を当ててふんぞり返る。

 そんな私を見て魔王はまたくっくっくと気味の悪い笑みを零す。


「いや、違うな」


 一呼吸を置いて、


「自分にここまで来られる力があったから……ここまで来たのだろう? 仕方なく、だ。この事態を止められるのが自分以外にいない、だからこそ自分が出向く必要がある――そういう、消去法なんじゃないのか?」

「――っ!?」

「少しは思い当たるようだな。別に気にする必要は無い。君が他人を救いたかろうがたまるまいが、どちらにせよどうだっていいことだ」

「……」


 私は奥歯を噛みしめて魔王を強く睨む。――確かに、奴の言うことは一概に無いと言い切れない。

 もし、この力を手に入れること無く、弟も失踪しなかったら……私は、日々をどう過ごしていたのか。


「お前の毎日は奴隷のようだ。働けど働けど度重なる重責がのし掛かるように、泥水に引きずり込まれるような毎日を抜け出すことが出来ない。両親は無く、日々は厳しい。将来の希望は見えず、つまらない毎日――うんざりするだろう? それもこれも、お前に責任があるわけではないというのにな」

「っ、なんで、あんたがそんなことを……!」

「生という物は、もっと楽しんでしかるべきだよ」


 笑いながら魔王は両腕を広げて掌を空に向ける。


「私にとって、この世界は逆だ。弱すぎる。何も私を遮るものがない。興が削がれたものだ。例えていうのなら、そうだな。住むところに困らず、食べる物にも事足りない。ただ死を待つだけの家畜になったような気分だな」


 魔王は酷くつまらなさそうに言葉を紡ぐ。


「だから、君のような私と対峙できる人間が来てくれたことが嬉しいよ」


 喜悦を込めた口調の魔王。

 ……こいつはつまり、退屈しているのだろうか。

 自分が好きなことを好きなように、なんでもやってしまえるから、毎日を退屈に感じてしまうということなのか。


「お前はここまでやって来た。他に到達した人間は類を見ない――要するに、人類の頂点だ。どうだい? 楽しいかい? そんな生き方は」

「正直言ってやるなら、微妙ね。強すぎるってのは最初の内は良いかも知れないけど、飽きるわ。私を超えられる人間が居ないんだもの。張り合いが無くてつまらない」

「ククク、それはそれは。私と同じ意見のようだな」


 私は力を手に入れた。しかし……それによって私の状況は大きく一変した。

 人外を超える強さを手に入れたことで私は少なからず不可能を可能にすることが出来るようになった。

 要するに、私は普通じゃなくなったのだ。

 今ならばどんなに修練を積んだ人間だろうと赤子の手を捻るように倒せるであろうし、凶悪な魔物であろうと私には倒せない相手ではない。

 この力がある限り、私は戦いにおいて負けることがない。

 つまり、私を止める者は居ない、のだ。


「んで? 魔王さんはあたしを仲間にして、一緒に世界を征服したいとか言うんじゃないでしょうね?」

「いいや、そういう企みは毛頭無いさ」


 一呼吸置いて、魔王は当たり前のように喋る。


「もとより、この世界に興味などないのだから」

「なっ……!」


 世界を統べることに興味は無いと、平然に言い張った。

 私は苦い表情を浮かべて魔王を見据える。

 

「私が求めるのは人間の嘆きだ。力なき者がもがき、苦しむ、そういう姿を見ていたい。そのためなら私は人を殺すだろうし、助けもするだろう」


 自分の悪趣味な信念を安穏と語る魔王。 

 その様は心の底から楽しそうに見えた。


「今一番の目的は、お前と戦うことだがな」


 魔王がそう言い終えた刹那、私は背後に気配を感じて咄嗟に振り返る。

 目前にいたはずの魔王はその一間に私の後ろへと回り込んでいた。

 背後から魔王の攻撃が注ぐ。魔王の攻撃は私と同じ、拳によるものだった。

 高速の拳撃を間一髪で躱し、反撃とばかりに私は右手拳を魔王へと伸ばす。

 

「がっ!」


 私が繰り出した拳は魔王の胴体を抉る。感触は堅く、気持ちの良いものではない。

 食らって後退りする魔王は右手を胸部へと抱き抱え、嬉しそうに体を丸める。


「いい、いいぞ! もっと私を楽しませてくれ!」


 そう言い放った瞬間、魔王は私の元まで飛び掛かるように前進する。

 振りかぶった右手を下ろすように私へ殴りかかる。しかし、その拳は途中で

息を潜めて止まった。

 何事かと思案する私は気づくと横からの衝撃によって吹き飛ばされていた。


「うっ!」


 油断した。拳にばかり気を取られていて、魔王が右足で蹴りを放っていることに気がつかなかった。

 蹴りの衝撃で円卓の端の部分まで吹き飛ばされた私は膝を着く。


「おやおや、私の勝ちかな?」

「はっ、上等――!」


 私は魔王の元まで一気に跳躍し、拳の連打を放つ。

 無数に振りかざす拳を受けては止め、互いに反撃を繰り返す。

 私は一瞬の隙を突いて、魔王の仮面を側面から殴り飛ばす――――


 そうして、どれだけ殴り合っただろう。

 最終的に私達は両者ボロボロの状態になり、魔王は地に倒れ伏した。

 私は、勝ったのだ。魔王を倒した。

 仰向けとなり地に伏した魔王に私は近づく。

 ……再び立ち上がる気配は無い、と思われた。

 がしかし、突如として魔王の体に異変が現れる。

 魔王の体は徐々に小さく縮み、頭に被っていた黄金の仮面は中心で二つに割れ、中の顔を剥き出しにする。中に、『私の弟』がいた。


「――――――」


 私の頭は現状をなんとか把握しようと努めたが、一向に上手く回転しようとしてくれない。大きく目を見開いたまま全身が硬直する。

 なんで、リックが、ここに。


「……お姉ちゃん、倒せたんだね。魔王を」

 

 一拍を置いてゆっくりと細目を開けたリックがかすれるような声音を吐く。

 

「リ、リック? 何で? 一体どういうこと!?」


 力の無い弟の肩を抱き上げ、大きく揺さぶる。

 体は軽かった。魔王の気配が消えるのと同時に、弟の生気も失われたかのようだった。

 

「はは、遊ばれてたんだよ。僕達は、魔王に」

 

 消え入りそうな声で喋る弟の顔は死期を迎える人間のように弱々しい。

 ……遊ばれてた? 私達が?


「その通り」

「っ!?」


 私の背後、上空に嫌な気配を感じて振り返る。

 そこにはどす黒いオーラの塊が宙をふわふわと漂っていた。


「簡潔に教えてやろう。魔王は私が乗り移ったお前の弟。そしてお前の力は私が与えたものだ」


 嘲笑するように魔王が語り出す。

 突然の説明に、私の頭はまたも混乱の渦に巻き込まれた。

 リックが、魔王? 私の力が、与えられたもの? 


「くくく。壮絶な姉弟喧嘩、楽しませて貰ったぞ。せめてもの情けだ」


 不敵な笑み声で私達を仰ぎ見ると、

 

「仲良く、逝かせてやる」


 なんて、口走った。


 

 すると、私の身体はいきなりずしりと巨大な岩を載せられたように重くなって。

 突如、私は猛烈な吐き気に襲われた。


「がぷ」


 絵の具が垂れるように、血が口から滴り落ちた。

 身体の節々が壊れていく感覚を味わう。至る骨が崩壊を始める音がした。

 私はなんとか言葉を紡ぎ出そうと努力する。しかし、無理だった。

 際限ない血反吐の吐き気が止まらず、言葉なんて口に出来る状況じゃなかった。

 最後に言いたかったのは、目の前で目を開かないままの弟の安否だけでも、知りたいということだった。


 その日。

 魔王を倒したはずの、その日。

 私は、絶命した。

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