Raid on satan(3)
この世は魔王が牛耳る世界となった。世界の各地に魔物と呼ばれる存在が蔓延したのだ。
魔物達は人間達を容赦なく蹂躙し、有無を言わせぬ状況に追いやる。
この世は闇に包まれた、誰もがそう思っていた。
「クレア・リフィールと申します。まずは突然の来訪をお許し下さい」
私は真紅の長絨毯に王の玉座、多くの兵士達が見守る謁見の間へと来ていた。
自由都市クロテアの街の奥部に位置するクロテア城。その城主サティス王の元である。
王様の前まで辿り着いた私は片膝をついて頭を下げ、深く礼をする。
「娘殿、頭を上げよ。如何なる用件であろうか?」
口を覆うように白く伸びた髭をさする王。庶民が着ることは一生無いであろう貴族の装い、金銀宝石を施してあるであろう王冠をしている。
「は、誠に信じがたい話かとは思われますが――」
私は用件を王に告げる。
今の私には魔王を倒すための力が与えられたこと。
そのため魔王を倒しに行こうと考えていること。
王様はそれらの話を一字一句逃さないように耳を傾ける。
「王、このような小娘に何が出来ましょう?」
王の隣に立っていた一人の兵士が面白くなさそうに呟いた。
兵士の持つ長槍と武装している鋼鉄の鎧でかしゃりと音が鳴る。
「第一、門兵は何をしているのだ。このような庶民を誇り高き王城に招くなど」
右手を振って眉を大きくひん曲げる兵士。
……なんだこいつ。私の平常心に矮小な亀裂が入った。
「さっさと失せろ。ここはお前の来るような場所ではない」
「ふむ、落ち着くが良いベルク」
王様がベルクというらしい兵士に手を伸ばし、制止を促す。
その後、私を見てひとしきり頭を唸らせるように黙った王は、ゆっくりと口を開いた。
「クレア殿、気を悪くさせるかも知れんが、そなたの力というのはなんとも度し難い。その力という物の片鱗を見せて頂けないだろうか」
「……確かに、言葉だけでは説明に無理がありますね」
目を瞑り、納得したように頷く私。
私は悩むような姿勢を見せ、一刻の間を置くと、少し大きめの声で告げる。
「では、そちらの方を倒してご覧に入れる、というのはどうでしょうか?」
私のいきなりの提案に、城内の人間は目を見開き、静まりかえる。
「王様の側近をしていらっしゃるとのことですから、さぞかし練度の高い方だと思うのです」
私はにこりと微笑んだ。それはもう私ができる限りの極上の笑みを。
それを見て目を丸くしていた兵士だったが、意味を理解すると酷く高笑いをする。
「舐めるなよ、小娘が。貴様のような輩に何が出来るというのだ」
兵士が王と私の間に出る。よく見るととても大きな男であった。
並の男を大きく超えた体躯、鍛え上げられているであろう骨肉。しかし精神の方は幾分か未熟なようである。
私は兵士と対面すると、少しばかり立ち位置を変えることにした。
うん、この辺りなら王様が対角線上にならないから、安心ね。
「さあ、いつでも掛かってくるが良い。俺は優しいからな、お前から攻撃させてやろう。降参するのなら今のうちだがな」
槍を縦に持ち、構えも取らない兵士。恐らく私を舐めきっているせいである。
私は右手の拳をくるくると軽く回すと、少し力を込めて空に拳を放った。
「がっ!?」
拳が伴った空圧は真っ直ぐに兵士に吸い込まれるように飛び、彼の巨体を押し飛ばした。
衝撃を食らった兵士がそのまま後ろに大きく倒れる。
空圧のため見た目は透明。相手にとっては何が起きたのか解らないはずである。
その光景に城内がざわめき出す。
「て、てめぇ……ふざけやがって!」
兵士が激昂したのか、真っ直ぐに私へと突進してきた。ふん、始めからそうしろっての。
その手に持っていた槍を突き立てる。が、私はそれを紙一重で横に避ける。
それを見た兵士はすぐさま手元へと槍を戻し、再度突く。
雨のような槍の閃撃が舞った。
「く、くそっ、なぜ当たらん!」
兵士は次々に槍の一撃を繰り出すが、いっこうに当たる気配はない。
それもそのはずだ。私には“見えている”。その一回一回の攻撃の軌跡が。
私の目は異常なくらい動体視力が強化され、槍の一閃が視認出来る。
また、その攻撃の乱舞を回避する動きも常人には真似できないだろう。
相手が『1』動く間に私は『5』動くことが出来る感覚だ。
攻撃の最中、突き出される槍の柄を私はがしりと掴みとる。
「う、動かない、だと……!?」
兵士の顔に驚愕の色が浮かぶ。
それもそのはずである。鍛え上げられた兵士が両手で御している長槍を、女である私が片手で止めているのだ。
私はそのまま左手でも槍を掴み取り、両腕に力を込める。
「せやっ!」
私はその槍ごと男を空に持ち上げた。半円を描くように後ろの地面へと男を叩きつける。遠心力を伴って叩きつけられた男の衝撃は多大な物となり、城内に轟音が響いた。
「ごはぁっ!」
鎧を着ているというのは、外部からの攻撃に対しては確かに強いだろう。
しかしこのように地面に叩きつけられた場合、鋼鉄の壁に身をぶつけるようなものだ。
槍から手を離した兵士はよろよろと地面に手をつき、立ち上がろうとする。何が起きたのか信じられない様子だ。
顔を上げる兵士。その視線の先には――
くの字に折れ曲がった槍の姿があった。
私はそれをぽいっと兵士の元に捨てると、からんからんと小気味よい音が鳴る。
「ひ、ひいっ!」
兵士は完全に戦意を喪失したようであった。腰を抜かし、化け物と対峙したような恐怖で顔をひきつらせる。
槍はもちろん私が曲げた物である。
この力を手に入れてから私は鋼鉄の棒を曲げられるようになったし、硬貨を指で変形させられるようになった。
「門番の兵士さんもこれを見せたら通してくださいました」
そう言って私は槍を指さし、屈託のない表情で笑う。
城内は静まりかえっていた。皆が皆、目の前の光景に認識が追いついていないようで固まっている。
ところがその静寂もすぐに一変し、ざわつきへと移る。
「ベルクさんが、やられただと……」「なんだあの力は!」「だ、誰も勝てねぇよ!」「あ、あいつが魔王なんじゃないのか!?」「可憐だ……」「あの子なら俺達を救ってくれる!」
途端に五月蠅くなった城内。思い思いの言葉を発してざわついている。
それを見かねた王様は両手で城内の人々を静まらせ、再び閑寂な空間が戻った。
「クレアよ。そなたの力は本物のようだ。お前になら魔王の討伐を任せられる」
「は、手荒な行為に及びましたこと、失礼申し上げます」
「よいよい、こちらこそ無礼な真似をしてすまなかった」
兵士をいなした結果、王様は完全に私の実力を認めてくれた。
人々は私の見る目を変え、英雄のような扱いとなる。
私はその場で、弟の捜索を願い出た。魔王を倒す代わりに、弟を見つけるのを手伝って欲しいと。結果、世界は混乱に包まれている状況、特定の人間に人員を割くわけにはいかないとの答えだった。しかし、魔王を私が倒した暁には、その提案も飲んでくれるそうだ。
一筋の希望に包まれた人々を残して、私は城を後にするのだった。
「行くのか、クレア」
旅立ちの日、私はバイス先生に会いに行った。
この力を手に入れた日、その強大な能力に先生は心から驚いていた。
同時に、自分の生徒が手の届かない所に行ってしまったような寂しさもあったかも知れない。
「はい、魔王はあたしが必ず。それに、弟を探さないといけないので」
今の自分はこの力によって裏打ちされている。噂による魔王の強大さを打ち破れるとしたら、きっと私しかいない。王国軍の人間ですら私に全く敵わないのだから、いかにこの力が化け物じみているかが解る。
私は先生としばしの間、話に花を咲かせた。
思えば、この武道場には本当にお世話になった。これからは一旦離れることとなるが、いつかはまた戻ってきたい。
その時は私はここで武道を教える側として働きたいとも思っている。
武道は素晴らしい物だと、後の世代に伝えていきたい。
私は先生との話に区切りを付け、身を翻して歩き出そうとする。
「クレア」
その背を、先生が呼び止めた。
私は振り返って、先生の顔を見据える。
「辛くなったらいつでも戻れ。お前一人が頑張る必要は無いのだからな」
厳しい顔のまま、先生は言い放った。
「はい!」
私はそれに大きな返事で返すと、街の外へ向けて走り出す。
広大な世界へ、魔王を倒して弟を探し出す大きな目標へと、私は旅立った。