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Raid on satan(2)

「たっだいまー」

「お姉ちゃん、お帰り」


 小汚いテーブルクロスが掛けられたテーブルの元、椅子に座って弟が私の帰りを待っていた。

 リック・リフィール。私の弟。十二歳。

 私と同じ銀水色で短めの頭髪。他人に威圧感を与えない素朴な顔立ち。

 贅肉のない細い体つきで身長も同じ年代の子に比べて小さい。


「お姉ちゃん、疲れてない? 今日は僕がやるよ」

「いいから、あんたは座って待っときなさい」


 変に気を遣う弟を前に、私は率先して夕食の支度を始める。

 洗濯、お風呂の用意等、帰ってきてもやらなくちゃいけないことはたくさんある。

 あまりにも疲れている場合にはリックにも手伝ってもらうのだけれど、だいたいの場合は私がやってしまう。


「今日の学校はどうだった?」

「うん……それなりに楽しかったよ」


 私はスープの容器をかき混ぜながら適当に話を持ち出す。

 すると弟からは元気のない返事が返ってきた。

 

「……本当に? なんか無理してない?」

「えっ、そ、そんなことないよ」

「……なら、いいけどね」


 曲がりなりにも私の弟であるわけで、挙動を見ていればどんな気分なのかは大体解る。

 でも本人が話したがらないのならあえて突っ込む必要も無い。


「お姉ちゃんは、すごいよね。何でも出来て」

「なによ。やぶからぼうに」


 いきなり弟が目の色を輝かせて尊敬するように言う。

 不意を突かれたせいか、なんかちょっと照れてしまう。


「僕、将来はお姉ちゃんみたいに立派な人間になりたい。優しい人って呼ばれて、頼りがいのある男になってみたい」

「何それ。好きな女の子でも出来たの?」

「ち、違うよ! 僕にそんな女の子なんて出来るわけが……」


 リックは顔を赤くし両腕を大げさに振って否定する。

 随分と自分に自信がない模様だ。そんな弟の頬を私は肘で小突いてやる。


「うりうり。そんな根暗野郎だと彼女が出来ないわよー?」

「バカにしないでよぉ」


 嫌がる弟を前に、私はニヤニヤしながらからかう。

 私には両親が居ない。だからこうして毎日を弟と二人で過ごしている。

 とても楽な生活だとは言えないし、寂しくない……とも言い難いけれど、弟と過ごす日々も楽しいものだ。


「純粋に、強くなってみたいんだ。だって強かったら、色々な事からたくさんの物を守ることが出来るじゃない。僕は、強くなってみたいな」


 スープを口にしながら、リックが喋る。

 弟の語る理想を聞きながら、私はふと思いついた言葉を口にする。


「ねぇ、リック。本当の強さって、何だと思う?」

「え?」


 いきなりの問いに、弟は頭を悩ませていた。

 何を突然言い出すのと言いたげな顔は、しばらくして真顔に戻り出す。


「それはやっぱり、今言ったように何かを守るような純粋な強さじゃないかな」


 リックはちょっと悩んだ末に答えを出す。

 私はそれになるほどねぇと相槌を打つと、弟を見据える。


「あたしの考えは、ちょっと違う」


 私はずずずとスープを一口啜り、言葉を続ける。


「私は、どんなに苦しいことがあっても――明るく前向きに生きていくような姿勢を言うんじゃないかなって、思う」

「あ……」


 弟が何かに気づいたように驚く。

 私が思う強さの信念はそれだ。何度苦汁を舐めさせられようとも、常に立ち上がるような自分でいたい。そういう人間はきっと、間違いなく強いはずだ。


「まあそれはそれ。リックの言うような強さももちろん大事ね。だからあんたも武道、やりなさい」

「そ、それは遠慮しとくよ」

「えー、なんでよ」


 言ってることとやってることが違うじゃない、と私は弟にぼやく。

 その日も一日、談笑に終わるのだった。

 

 





「あんた、それどうしたの?」

「えっ?」


 ある日、弟に異変があった。

 帰宅した私は弟の顔をよく見てみると、頬の下に痣が出来ていた。


「こ、これは別に……何でもないよ」

「何でもなくはないでしょう。ちょっと、見せて」


 私は強引に弟の顔を寄せてまじまじと見つめる。

 明らかな青痣が出来ていた。


「学校で誰かに殴られたの?」

「……」


 ばつの悪そうな顔でそっぽを向く弟。何かあったに、決まってる。それでもリックは口を割ろうとせず、黙ったままだった。


「……言いたくないんなら追求しないけど。ちゃんとお姉ちゃんに相談しなさいよ。虐められたりしてるんなら、あたしがぶっ飛ばしてやるから」


 私の言葉を受けてリックはこくりと頷いた。

 内心、心配で心配でたまらなかった。だけど弟の手前、私が気丈に振る舞わないといけないと思い、私は明るい態度を装った。







「ねぇ、お姉ちゃん。ごめんね」


 またある日。リックが食卓中に呟いた。


「いきなりどうしたのよ」


 いきなり謝られて訳のわからない私は弟に問い掛ける。

 ただ、リックは今日とても元気がない様子だった。


「僕、お姉ちゃんみたいに強くないみたい。弱いし、すぐ泣くし。……辛いことからはすぐに逃げたくなるような奴だし。家の仕事だってお姉ちゃんに任せきりで――」

「だーかーら。家のことは大丈夫だって言ってんでしょうが」


 陰気臭い弟を前に、私は少々荒めの言い方で告げる。


「それに、あんたは弱くない。あたしが保証する」


 私は弟の手を握り、厳しくも愛情を込めた瞳で見据える。

 納得したように頷く弟を見て、私はほっと胸をなで下ろした。





 


 とある日の晩、私は夕食を作り始め、家の仕事を片付け、やることを終えた。

 だけど、弟がいなかった。帰って、来ない。

 普通ならば私が家に帰ってきた時にはもういるはずなのに。寄り道をするような子ではない。

 まさか弟に何かあったのではないかと心配する私は家を飛び出して捜索しようと考えた。

 すると、いきなり家の扉が開いた。


「すみません、失礼いたします」


 見覚えのある人だった。そうだ、リックの担任の先生である。

 紫色の長髪にメガネを掛けた若い女性の先生で、随分と申し訳なさそうにしている。

 私は何事かと思ったが、とにかく先生を招き入れ、話を聞くことにした。


 リックが、いなくなったらしい。

 午前中の授業と授業の合間の休み時間、ふらっとどこかに姿を消し、そのまま戻らなかったのだそうだ。それで心配になって、先生は家を訪ねてきてくれたという。

 私はここぞとばかりに、リックの様子が最近おかしいことや、痣を作って帰ってきたことを先生に問い詰めた。

 すると先生はリックが学校で集団の男子に虐められていたことや、自分の家が姉と二人暮らしで貧乏だということを馬鹿にされていたのだという事実を語った。

 私はどうにか出来なかったのかと怒り心頭に発したが、先生は何度も謝るだけで埒があかなかった。

 とにかく二人で弟を捜し出すということになり、私は街の中を駆け巡った。

 石畳の街路を、あてもなく。

 当たり前かも知れないが、全然見つからない。何せまるで情報がない。

 弟が行きそうな場所に心当たりがないし、道場や仕事場を訪ねてみても、やっぱり居なかった。

 バイス先生も協力してくれたが本人を見たことがないのでいかんせん頼りにはならない。

 自分と同じ髪色の少年だということだけを告げると、私はまた一目散に走り回った。

 人に聞いては人に聞く。目撃情報がないかを確かめる。また探し出す。

 私は走り回って、もう既に息が上がってしまっていた。

 見知らぬ家の塀に片手を付いて上がった息を整える。


「よー綺麗なお嬢ちゃん。今一人ぃー?」


 わからない。なんで、どこに行った?


「この近くにいいお店あるんだけどサァ、一緒に飲まなーい?」


 私に相談しろって、言ったじゃない。あの馬鹿。

 どこをほっつき歩いているのか。一体、今、どこで、何を……


「いやぁ、こんな綺麗な子に会えるなんて、お兄さん感激♪」


 大体の場所は回った。どこだ、他に、何かリックが行きそうな場所……思いつかない。

 とにかく、行けるところはしらみつぶしに探して――

 

「というわけで俺と一緒に朝まで飲も」

「るっさいなっ!」


 私はさっきからああだこうだとうるさい目前の青年をぶん殴った。

 顔を殴られた青年は弧を描くように宙を飛び、遠くの地面に叩きつけられた。

 そのまま、青年はぴくりとも動かなくなった。


「……え?」


 何、今の。

 私の拳はそりゃあ、鍛えているから普通の人よりは強いけど。あんな、男一人を吹っ飛ばせるような力なんてあるはずがない。というか男の力でも無理だろう。

 何事かと混乱する私は自分の拳を見る。


「――ッ!?」


 右手の拳の周りに、黒い蜃気楼のようなオーラが立ち籠めていた。

 

「こ、これは――」





 ソノ、チカラデ


 マオウヲ、タオシテ





「え……?」


 突如、私の脳内に木霊するように無機質な声が届いた。

 魔王を倒して、と。

 力。そう、私はこの瞬間、力を授かったらしい。

 常人がいくら努力しても辿り着けない境地に一瞬で私は辿り着か“された”



 その後、この世界に喧噪が巻き起こるのは、そう遠くなかった。 

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