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Raid on satan(1)






《この世に魔王が現れる少し前の回想》








 一突き。二突き。

 一蹴り。二蹴り。

 何も無い空間に拳を突き出し、足による蹴りを浴びせるというのは地味な物である。しかし日々の鍛錬とはそういうものだ。

 別段面白いわけでもない行為を何千何万と繰り返し、それによって培われた努力が身を結んで力となる。

 人間の体というのは面白い物で、使えば使うほど良くなる。それは体も頭も同じ事が言える。

 勉学に勤しむことによって新たな数式を見つけ出したり、ぎこちない体使いでも毎日練習すれば舞踊を習得することが出来るように人は成長できる。

 ただし修練するというのは中々に大変であるため、途中で心を折ってしまう人も多く居るけれど。

 私は昔から頑張るというのが好きである。

 頑張るというのは辛いことと戦うという意味があるのだろう。陰鬱な気分から始まって、希望に向かう言葉だ。

 例え目の前に困難が訪れようと、頑張り続ければいつかは報われる物だと私は思っている。


「ふむ、クレアよ。中々に筋が良くなってきたな」


 老年の厳格な声が私の耳に届く。

 それを聞いて私は動かしていた体を一旦止め、その人の方に体を向ける。

 バイス・ルドウェン先生。

 私が教えを扱いている武術流派の先生だ。

 年は六十を迎えたばかり。頭髪は抜け落ちてはいないがその短髪は既に全体が白である。

 顔には真実を見通すような淡い色の瞳と深いシワが多く見られる。

 がっしりとした体格で背はあまり高くないものの、威厳のある風格の先生だ。

 そんな先生の元、私は今日も鍛錬を行っている。

 私と先生、それ以外の門下生も麻作りの修練服を着て稽古に励んでいる。

 此処、バイス武術道場は三十人程度の門下生を抱えている拳法のみの流派。木造の広間に十数人の門下生が立ち並び、それぞれが型を取って動いている。


「本当ですか、ありがとうございます」

「うむ。しかしまだまだ甘い部分が多いな。改良の余地はいくらでもある」


 考え込むように目を閉じ、苦言を告げる先生。相変わらず手厳しい。


「しかし、クレアよ。お前は弟と二人暮らしをしているそうだが……家の仕事が回らないのではないか?」


 ふと思いついたように先生が口を開いた。家計と武道との両立は上手くいっているのか、という意味だ。


「正直言うと、あまり裕福と言えるような生活は出来てないですね。日々の生活で一杯一杯で」


 私は溜息を漏らす。食費はかさむし、弟の学校の授業料だってバカにならない。

 朝から昼間は仕事をし、夕方はこうして武道に励む。夜は学校から帰ってきた弟を交え、家のことをやる日々だ。

 少なくとも、楽な生活ではない。でも充実感はある。そういう日々。


「でも武道はやり続けます。武道は、あたしを高めてくれますから」


 大変だけれども、私の好きなことだからやり続ける。もう武術の稽古は生活の一部だ。私とは切っても切り離せない感じなのだ。


「それに、人間て暇な時間が増えると、結局だらだらと過ごしちゃいません?」

「ほう……それは言い得て妙だな」


 先生が私の持論に感心するように頷いた。

 私はどちらかと言えば行動する派である。暇な時間があるのなら、何かをやっていたい気質。武道もそうだけど、体を動かすことが好きなのだ。


「ま、両立出来る理由の一つに先生の授業料が良心的っていうのがあるんですけどね」

「ふふふ、よく言うわ」


 白い歯を剥き出しにして笑う先生。私はこうして先生とも気軽に話をする。

 稽古をしている最中は厳格な先生だけれど、それ以外は割かし大らかで優しい。


「金がないからといって、変な仕事には手をださんようにな。……最悪な場合、手伝ってやらんでもない」

「え、変な仕事の紹介をですか?」

「違うわ!」


 私の冗談に先生は喝とでも叫ぶように突っ込んだ。先生、案外面白い。

 

「お前の腕は買っている。弟子として、働かせてやらんでもないということだ」

「あ――」


 先生の言葉に、一瞬呆然とする私。

 要するに、私がもし職を失ったら先生の下で教育側として働く道を示唆してくれるということだ。

 ……有り難いなぁ、本当に。先生には感謝してもしきれない。

 私は深々とお辞儀をしてお礼を告げた。

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