決戦前夜
「やっぱり、クリアしたら戻ってこなくなるのかなぁ?」
夜、僕はいつも通りパソコンに向かってゲームをしていた。
それを横で眺めていたミヨが思うままに言う。
「……さぁ、どうだろうね」
連日のプレイにより、ゲームの方は魔王との決戦前まで進んでいた。
ミヨが案じているのは、このゲームをクリアするとクレアたんは今後どうなるのか、ということだった。
ゲームのクリアを区切りとして、もう戻ってこなくなる可能性があるんじゃないかと言っているのだ。
「お兄ちゃん、なんだか元気無いね?」
ミヨが心配して声を掛けてくる。僕は努めて「別に、いつも通りだよ」と返す。
心なしか、自分でも気づかないうちにネガティブオーラを出していたようだ。
「あー、お姉ちゃん欲しいなぁ」
「それは……お母さんにもう一踏ん張りしてもらうしかないな」
「いや、物理的に絶対無理だよねそれ!?」
中々のオーバーリアクションを見せる妹を尻目に、僕はゲームを終了する。
と同時、部屋の中にクレアたんが颯爽と現れる。
「よし、魔王まで後少し」
クレアたんが拳をぐっと握りしめて独り言を呟く。
ここまで特に不自由もなくやってきた。一度エンディングを迎えた僕にとっては二週目のプレイであるし、ボス等の対処法は掴んでいる。
クレアたんが負ける道理はない。
「いよいよですね、クレアさん」
「そうね。さすがに緊張するけど……あたしはやってみせる」
負けられない戦いを前に、強く意気込むクレアたん。
……やっぱり強いなぁ、クレアたんは。
それからというもの、僕達は三人でいつものように雑談を交わし、眠くなったというクレアたんの意見を尊重してお開きになった。
クレアたんはいつもミヨの部屋で寝ている。ベッドに二人並んで寝るという姿は中々に微笑ましい。ちなみに寝ているクレアたんの寝顔は、わかりやすく言うと天使。
いや、普段からずっと天使だけどね。
クレアたんがミヨの部屋に入る間際、僕は穏やかなトーンで呟いた。
「……ねぇ、クレアたんさぁ」
「んー?」
「クレアたんが魔王を倒してさ、世界が平和になっても――」
僕は家の天井を見上げ、少しの間物思いに耽る。
視線を下ろしてクレアたんに向き直り、そっと口を開けて。
「また、僕の部屋に戻ってきてくれる?」
願うように、告げた。
「やだ」
「ええっ!?」
「あははっ、冗談よ。心配しないでも、遊びにくらいは来てあげるから。その時はあたしの弟も連れてきてあげるわ」
本気で驚く僕を前にクレアたんは指笑する。
また、やってくる。何気ない発言だけど……それはつまり、絶対に魔王を倒して弟を見つけ出すという意志が込められているような気がした。
それを聞いて安心した僕はクレアたんと手を振って別れ、自室へと戻った。
「クレアたん、頑張ってね」
「クレアさん、ファイト!」
「任せときなさいって!」
翌日、気合いを入れるクレアたんを前に、僕とミヨは応援の言葉を投げかける。
僕はゲームを起動する。すると同時にクレアたんの姿はフッと音もなく消え去る。
クレアたんと僕による、魔王討伐が始まった。