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Aの街(3)


「クレアさんて、カッコイイ!」


 ミヨが目の色を輝かせながら喋る。

 僕達はファミレスに来ていた。お腹がすいたからというのと、落ち着きたかったからだ。

 せっかくだからここでしか味わえないようなお店にしようかと考えたが、メイド喫茶はあまりにも飲食の値段が高かったので、やめた。


「私も武道とかやって、強くなれないかなぁ」

「やめとけって。クレアたんは人の域を超えた強さだからね?」


 ミヨが興奮気味に言う。僕はそんな妹を引き留めに掛かる。徒労に終わる道へ妹を進ませてはいけない。

 

「クレアさんみたいなお姉ちゃんが欲しかったなぁ……」

「あたしもミヨちゃんみたいな妹が欲しいな」


 対面して座っているミヨとクレアたんは二人してにんまりと笑う。とっても良い笑顔だ。


「お兄ちゃんも格好良かったよ。さっきの時」

「そうね、タイゾーにしては中々上出来だったわね」


 二人の笑顔はいつの間にか僕に向けられていた。え? 僕、そんなに良かった?

 困るなぁ、でへへ。クレアたんに好かれ、実の妹にも好かれ。こりゃあ参ったぞ、これだからモテる男は困る。


「もしかして……クレアたん、僕に惚れた?」 

「惚れんわ!」


 クレアたんはそこ勘違いすんな! という顔で突っ込んだ。やっぱ、そこはダメなんだ……僕は冥界の死神に死の宣告をされたようにブルーになった。


「ちょっと僕、トイレに行ってくるね」


 そう言ってクレアたんとミヨを残し、席を立つ僕。

 男子用トイレで用を足し、席に戻ろうと店内を歩いていた――そのときだった。

 店内の一席に、見知った顔を見つけた。


「え――」


 目線の先に居たのは、工藤さんだった。工藤明日香。僕のクラスメイトであり、僕が初めてデートをした女の子であり……初めてこっぴどく騙された、女の子だった。

 工藤さんは他二人の女の子と一緒に席に座っており、仲良さそうに喋っている所だった。

 そんな彼女を見つめていた僕。不意に視線を逸らした工藤さん。

 ――僕達二人、目が合った。

 二人して固まる。……なんで、彼女がこんなところに? あれかな。もしかして、彼女達は物珍しいアキバを散策しに来たんだろうか。詳しい事情は解らない。

 工藤さんも物凄く驚いた表情をしていた。他に座っていた女の子にはばれていないようだったが。

 ……僕は彼女から視線をそっと外す。やたらにもやもやした気分になった。あーあ、今まで楽しい気分だったのに。

 僕は平常心を保ち、元の席に戻る。クレアたん達におかえりと出迎えられた。


 その後、しばらく僕達は楽しい会話を繰り広げ、店を後にした。帰り際、彼女の方は振り返らなかった。

 入り口で代金精算を済まし、僕らは店を後にする。


「牧場くん!」


 お店を出て、数歩。突如後ろから……懐かしい声が響いたのだった。


「あ――工藤、さん」

「そ、その……謝らせて欲しいの!」


 いきなり一人で店を飛び出してきた工藤さんは、くしゃくしゃに歪んだ顔になった。悲痛な表情で叫ぶ。

 ミヨとクレアたんは何事かと驚いていたけど、後ろの方でそっと話を聞いていた。


「その、あの、許してもらえないかも知れないけど……。あれって、あの罰ゲームって、私の友達が考えたことで! 私、本当はやりたくなんてなかったんだけど、どうしても断れなくって――、牧場くん、学校にも来なくなっちゃったし……」

「……」


 工藤さんは下を向いて話を続ける。その表情は重く、見ているこっちが痛々しくなるような感じだった。

 ちらっと見ると、クレアたん達は遠く離れた場所から僕らを見守っていた。どうやら事情を察してくれたみたいだ。


「皆が結果を報告しろって言うから、恥ずかしくて断っちゃったけど、私、本当は――」

「いいよ」


 僕は彼女の言葉を遮るように呟く。


「もう、いいよ。解ったから」


 僕は努めて優しい表情を出すように頑張った。彼女は涙目でこっちを見ていた。

 ……ああ、彼女もずっと心を痛めていたのか。いやだねぇ、すれ違いってのは。ほんと、嫌になる。


「でもごめん、もう工藤さんとは普通に付き合えないと思う」

「あ――」


 僕は真面目な顔で、それだけははっきりと告げる。

 工藤さんの表情が瞬時にして曇ったけれど、僕は怯まずに言葉を続ける。


「別に工藤さんのことが嫌いってワケじゃないんだ。でも、僕にはもう、好きな人が居るんだ」

「……そっ、か」

「うん、その人は、強いんだ。凄く。大きな目標があって、その信念に向けて頑張っているからだと思う。僕には真似できそうもない、そんな――憧れるような人だ。僕は今、その人しか見ることが出来ない」


 僕はありのままの自分の想いを吐露した。偽りはない。過小表現、誇大広告無しの、僕のあるがままの答えだ。

 

「だから、工藤さんも気にしないで欲しいんだ。僕は今、元気だから。学校も……そのうち、行こうと思うし」

「あ……」


 僕の話を聞いて、工藤さんの表情に少し明かりが灯った。やっぱり、彼女には笑っている姿が似合う。

 


「また、学校でね」

「うん、ばいばい。またね」


 工藤さんは目に涙を貯めながら、小さく僕に手を振る。良かった。これできっと……僕と彼女のわだかまりは消えたんだ。

 僕は笑顔で工藤さんに手を振り、その場をゆっくりと離れると、遠くで待っていたクレアたん達に合流し帰路についた。
























『バッカじゃないのアンタ(お兄ちゃん)!?』


 帰宅後。「帰ったら話すよ」と二人に言っていた僕は、工藤さんとの事のあらましを語った。

 するとクレアたんもミヨもありえないと言った感じで、僕を非難するのだった。


「な、なんでそんな二人して……」

「良いじゃん、付き合っちゃえば良かったじゃん! 何が悪かったのさ!」

「そうよ、せっかく上手く話がまとまりそうだったじゃない! アンタ究極の馬鹿なの!?」


 ミヨとクレアたんの口から罵声の雨が飛ぶ。いや、愛のある罵声だけども。

 二人の言い分は工藤さんと付き合えば良かったのに、という物だった。

 しかし、そんなことはできない。中途半端な気持ちで付き合うなんて、それこそ失礼だ。相手に申し訳ない。

 

「いや、だって今の僕は、クレアたん一筋だからさ!」


 僕は親指を立ててニッと笑ってみせる。すると二人の顔が呆然と真顔になり、汚物を眺めるような物に変わった。


「クレアさん、一緒にお風呂にでも入りませんか」

「良いわね、そうしよっか」


 急に笑顔になったミヨとクレアたんは顔を見合わせると、そそくさと僕の部屋から退室してしまった。


「え、ミヨ? ちょっと、クレアたん。どうしたのさ! ねぇったら!?」


 叫ぶ僕。しかしその声に二人が反応することはなかった。

 あれ――僕――なんだか、すごいやっちまった感があるぞ。うん、大丈夫か? なんか、人生における重大な選択肢を間違えてしまったみたいな、この不安感は一体何だろう。

 その後結局、僕の胸に去来する虚無感はしばらく続いたのだった。

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