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Aの街(2)

 僕とミヨ、そしてクレアたんは三人揃って電車に乗り込んでいた。

 理由はもちろん、アキバへと行くためである。

 クレアたんはまず外の世界が余りにも自分の知っている世界と違うことに驚いていた。

 レイド・オン・サタンの世界は中世ヨーロッパのような木造、石造りの建物が建ち並んでいる。

 それに比べたら住宅街が所狭しと建ち並ぶ僕の世界は彼女にとって幾分か不思議であろう。

 道行く人々も皆一様にクレアたんをじろじろと見ていた。そりゃまあ、いきなり見かけたら驚くよなぁ。

 まず銀水色というべきサラサラの長髪の時点で目立つというのに、服装も黒い布服を着込み、その上にまるでピッコロ大魔王が着てそうな白いローブだものなぁ。あのとんがった肩当てみたいなのは無いけど。ある意味レインコートっぽい衣装と言えなくもないかな、無理か。

 というわけで、駅に辿り着くまでに大量の人から視線を浴びるわ、着いてからも目立つわで、目的地へ行くまでが鬼門であった。


(……なんか、すんごい見られてるわね)


 電車内でクレアたんがぼそっと呟いた。

 それもそのはず。椅子に座っている人、立っている人、皆がそれぞれこっちに視線を向けたり戻したりしている。何、この居たたまれない空気。……そういや、こんな感じの雰囲気、前にもあったなぁ。


(お兄ちゃん……やっぱり無謀だったんじゃないかな)

(いや、大丈夫だよ。変な人がいるとしか思われてないからさ)

(それが嫌なんだよう!)


 ミヨは早くも帰りたそうだった。頑張れ妹よ、人はこうやって成長していくのだから。

 僕達は周りの視線という強敵の攻撃をなんとかかいくぐり続け、ようやく目的地へと辿り着いた。

 駅構内を渡り、改札口を通り、外の世界に触れた僕は言いしれぬ達成感に包まれた。


「着いたー!」

「ここが……アキバ」


 思わずガッツポーズをする僕。クレアたんは辺りをきょろきょろと見回していた。

 さすがに人ごみが凄い。点在する電気系統のショップには大量に人が入っているのが見える。

 それと、さっきまでよりもある意味で熱意のある視線に包まれた気がするが、気にしないでおこう。

 僕らはとりあえずぶらぶらと歩き、ゲームショップに入った。


「ほら、クレアたんのゲームがあるよ」

「やっぱり自分が写ってるってのは変な気分ね……」


 クレアたんはゲームの箱を手に取る。でかでかと表記されたゲーム名の周りには各々のキャラクターが描かれている。その中にはもちろんクレアたんの姿もあった。

 僕は辺りを見回す。するとミヨが物珍しそうにフィギュアコーナーを眺めていた。全身が漆黒で統一された長い刀を持つ女のフィギュアが佇んでいた。

 お値段は一万円しないくらいである。思うのだけど、こういうフィギュアって一体一体手作りなのだろうか。どうやってこんな複雑な形を大量生産するのだろう。

 

「すごいねぇこれ、物凄い細かく作ってあるんだね。そういえばお兄ちゃん、部屋にフィギュアって飾ってないよね?」

「クレアたんのフィギュアはまだ発売されていないんだ。出たらそれはもう、今すぐにでも!」

「この世界は謎だらけだわ……」


 感嘆の声を上げるミヨとは逆に、クレアたんは頭を抱えていた。恐らく現実逃避の一種じゃないかと思う。

 まあ、逆に僕が二次元の世界に行ったりなんてしたら、悩むかな。……大喜びする気がするんだけれども。

 ……僕は三次元に絶望したみたいな心を抱えておきながら、なんで三次元になったクレアたんに大喜びしてるんだろう。

 いや、クレアたんは元々二次元の世界の人なのだから、正確に言えば2.5次元なのではないか? そこんとこ、どうなんだろう。

 

 僕らは店を出た。通りをぶらぶらと歩き、次はどこへ行こうかな、なんて考えていた時のことだった。

 

「すみません! 余りにも素晴らしいコスプレなもので! その、写真撮ってもよろしいでしょうか!?」


 カメラを手に持った青年が僕らに声を掛けてきた。緑色のバンダナを頭に巻き、少し小太りな脂ぎった顔。ヨレヨレに草臥れた衣服。昨今では珍しいとされるいかにもなオタクだった。

 どうやらクレアたんの写真を撮りたいらしい。素晴らしいコスプレってか、まさかの本人だものなぁ。カメラマンが見逃すはずもない。周りに居る人も「あれはレベルが高い!」みたいな表情をしているし。


「ね、お兄ちゃん、まずいよ!」


 どうしようかと悩んでいた僕だが、気づくと服の裾をミヨがちょいちょいと引っ張っていた。


「え?」

「ほら、クレアさんの証拠、残っちゃうじゃん! 写真なんて撮られたら!」

「あ――」


 やべぇ。なんでそれに気づかなかったのか。

 この世界に存在しない人物の写真が形となって残るって、よく考えてみると確かに良くはない。

 それが原因でとんでもないトラブルに巻き込まれるという可能性も、考えられなくはない。


「お願いします! 一枚だけで良いんで!」

「えっと……」


 僕はカメラマンを前にたじろいでいた。……どうする?

 なんか周りにもカメラ持った人が集まってきてるし。このままだと明らかにまずい。

 

「クレアたん、逃げよう」

「えっ?」


 僕はクレアたんの手を握って走り出した。うわぁ、クレアたんの手、暖かいなりぃ……じゃなくて。

 ミヨの方にも気を配り、僕達三人は逃走を図った。

 この人ごみである。上手く人の間をくぐり抜けて逃げれば振り切れるはずだ。

 前に見える曲がり角を次々に曲がり、僕達は裏路地のような場所へと逃げ込むことで難を逃れた。


「な、何だったのよあれは……」


 僕らはなんとかカメラマンから逃げ果せた。

 僕とミヨはぜーはーと大きく息をついていたが、クレアたんはまるで疲れていないようだった。


「やっぱりクレアさんが目立つとまずいね。……逆に危ないんじゃないかなぁ、アキバ」

「僕もこのチョイスに失敗を感じてきたよ……」


 二人してアキバに出かけたことを後悔し始める。なんという浅はかな考えだったのだろうか。

 周りを見る。……裏路地。裏路地だけあって、薄汚い。建物の間に位置しているだけあって狭く、所々にゴミが落ちている。

 華やかな都会の裏側には、こうした場所があるのは当然だ。


「これからどうしようか?」

「うーん、そうだなぁ」


 ミヨが問う。今後の行き先に不安を感じているのだろう。まあ、あんなことがあった後だしなぁ。

 そろそろお腹がすいた。飲食店にでも入ろうか――そんなことを考えていた僕に、また難は訪れた。


「やあオニーちゃん。ちょっとお願いあるんだけどさぁ」

「俺達にお金貸してくんないかなぁ?」


 僕らに二人の人間が近づいていた。お兄系の服に身を包んだ黒髪の短髪男に、ホスト風味の長髪の男。

 彼らの発言を聞いた限り、僕達にとって良い人というわけではなさそうだ。

 ――オタク狩り。それに近い人種だろう。アキバのオタクをターゲットとするカツアゲ野郎ってヤツだ。


 ……僕のことをお兄ちゃんなんて呼ぶのは、ミヨだけでいいというのに。


「お金無いんだったら、そっちの二人を預けてくれてもいいよ? 俺としてはそっちの方が嬉しいんだけど」

「――っ!」


 短髪男の心ない発言に、ミヨが僕の陰に隠れる。……ミヨを怖がらせやがって。

 

「ミヨとクレアたんに手ぇ出すな!」


 自分でも信じられないくらいの怒号が出た。――若干足は震えていたけれども。恥ずかしい。

 しかし、中学生であるミヨに、コスプレイヤー(に見える)クレアたんに手を出すか。悪趣味な奴らめ。


「羨ましいなぁ、両手に花じゃん、ボク」

「う!」


 ホスト風の男に胸倉を捕まれた。くっそ、退かないぞ、僕は。せめて二人がどこか遠くへ逃げるまでは……


「ねぇ、ミヨちゃん。あたしってさ、目立たなければいいんだよね?」

「へ? あ、ええ。そうですね」

「ここって、目立たないよね?」

「えっと……まぁ、目立たないですね」


 何やらクレアたんとミヨが後ろで話していた。と思った途端、僕を掴んでいた男が吹っ飛んだ。

 ……あ、そうか。僕、心配する必要ないじゃん。

 吹っ飛ばされた男はそのまま強く建物の壁に全身を強打し、物言わぬ体となった。


「!?」


 いきなりホスト風の男が吹き飛んだことに驚きを隠せず振り向いた短髪の男。

 しかし、気づくとその後ろに一瞬でクレアたんが移動していた。見るとクレアたんの右手首から指先までにどす黒い謎のオーラが立ちこめていた。


忌是通スタン


 そのままクレアたんが手刀を短髪男の首にトンと軽く当てる。すると男は目の光を失い、全身の力を失ったようにその場に倒れた。

 さっきまで威勢の良かった男二人組は、一瞬の内に喋ることも動くことも出来なくなっていた。


「さ、離れましょうか」


 クレアたんはニヤリと笑い、淡々と言い放つ。僕とミヨはしばらくその光景に呆然としていたが、頭が認識に追いつくとクレアたんに付いていくように裏路地を後にした。



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