第8話:王子、新しい価値を創造する
「三割のリストラ」という九条の宣告から一週間。
アルファ不動産の空気は、かつての淀みとは違う、
鋭い緊張感に包まれていた。
九条は最新のクラウドシステムを導入し、
全社員の挙動を分単位でデータ化。
無駄を徹底的に排除する「鉄の規律」を敷いた。
「羽柴くん……みんな、怯えているよ。
僕のせいで、こんなことになったんじゃないかって……」
佐藤さんが、震える手でマウスを握りながら呟く。
一太郎は佐藤さんの肩に手を置き、力強く頷いた。
「佐藤殿。恐怖で民を縛る術式は、短期的には出力を上げますが、
長続きはしません。九条殿の計算には、
決定的な『変数』が欠けています」
「変数……?」
「『信頼』という名の、最も強力なパラメータです。
佐藤殿、現場の皆さんに声をかけてください。
九条殿のシステムには見えていない、
『顧客の本当の悩み』をリスト化してほしいと」
一太郎は自らもデスクに向かい、キーボードを叩く。
九条のシステムが「過去の数字」から未来を切り捨てようとするなら、
一太郎の組む術式は「現場の知恵」から
新しい価値を創造しようとしていた。
そして訪れた、中間報告会。
九条は、無駄のない洗練されたグラフを提示し、冷淡に告げた。
「人件費を三割削減すれば、利益率は十五%向上します。
これが、この会社が生き残るための唯一の解です」
役員たちが頷きかけたその時、一太郎が挙手した。
「……待たれよ。九条殿。
その計算は、社員の『モチベーション低下による顧客離れ』と、
『現場でしか気づけない修繕の兆候』をコストに換算していますか?」
「……何?」
九条が眉をひそめる。
一太郎は、佐藤さんと共に作り上げた新しいシートを展開した。
そこには、清掃員や現場の営業マンから集めた
「物件の細かな不具合」や「入居者の家族構成の変化」といった、
九条のシステムでは『ゴミ』として捨てられていた情報が、
一太郎の関数によって見事に構造化されていた。
「九条殿の案では、短期の利益は出るでしょう。
しかし私のプラン――『おもてなしのデータ活用案』**なら、
社員の雇用を守ったまま、入居率の維持とトラブルの未然防止により、
五年後には九条殿の予想を上回る二十%の増益を達成します。
……佐藤殿が蓄積してきた『人の心の動き』は、
決して無駄などではありません!」
モニターに映し出されたのは、複雑な計算式が織りなす、
温かな未来のシミュレーション。
一太郎の「魔法」は、冷たい鉄を黄金に変える錬金術のように、
数字に命を吹き込んでいた。
「……羽柴一太郎、君は……」
九条の顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。
役員たちの視線が、九条の「冷たい正論」から、
一太郎の「希望ある論理」へと移り変わる。
その夜。松代さんの家で、
一太郎は松代さんと共にお茶を飲んでいた。
「上手くいったわね。でも一太郎、九条はまだ諦めていないわよ。
あの子は、負けることを極端に嫌う子だから。
次に来るのは、正論じゃなくて『力』かもしれないわ」
「……力、ですか」
一太郎は、月明かりに照らされた自分の手を見つめた。
魔力はなくても、この手にはキーボードという名の剣があり、
隣には信頼できる賢者がいる。
「いかなる術策が来ようとも、民(社員)の居場所は、
私が守り抜いてみせます」
一方、暗いオフィス。一人残った九条が、
モニターの光に照らされながら冷たく呟いた。
「……ならば、根底から崩させてもらうよ。羽柴くん。
……これを見たら、どうするかな?」
暗いオフィスに九条の顔だけが浮かんでいた。
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